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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

忙しくて早送り視聴になってしまうことも多いこの頃。でも、面白いドラマには、リモコンの早送りボタンから手を離す力がありますね。


「とめはねっ!鈴里高校書道部」、終わってしまいましたね。6回って、あっという間です。湘南が舞台で、書道甲子園で「希望の轍」を書くということで、サザンのこの曲がずっと流れていて、とっても幸せな気分でした。あの「轍」の字は、形といいかすれ具合といい、見とれました。主人公2人の淡い恋というのも、よかったなあ。


「ハンチョウ」、前回の誘拐と点滴はブラッディマンディか!と思いました。でも、このドラマの面白さは、途中で犯人の予想はついても、その過程や人の気持ちの描き方が観どころなので気にならないところですね。金子課長、口が軽すぎ~。須田(塚地)の食いしんぼキャラはハマってますね。


「コードブルー」、山Pとリリーフランキーが親子?と最初は思いましたが、ツーショットを見ると、なんだか似ているような気がして不思議。しかも滑舌が悪くて台詞が聴きとれない所も似ている~^_^; 「一生懸命やったことが、成功すれば勇気ある決断、失敗すれば人殺しと言われる。」という藍沢くんの一言が胸に突き刺さります。患者の身になり過ぎることの落とし穴。いろいろ考えさせられる、深いテーマです。


「まっすぐな男」、あぶなっかしい鳴海が気になってしょうがない健一郎。2人がくっついても、あまり幸せになりそうもなく、佳乃の方が落ち着いた暮らしができそうなのに。佳乃といるときの健一郎に、鳴海関係の電話がかかって来すぎで、気の毒~。でも、鳴海が産みたいという気持ちには初めて共感しました。大変そうだけど。


「不毛地帯」、スリリングな展開ですね。あの手この手で、核心に迫っていく感じが、ドキドキします。しつこい新聞記者(安部サダヲ)がいつも鬱陶しく感じていたのですが、真実を見極めた彼がどういう記事を書くのか、ちょっと気になります。


「宿命」、早送りが止まらない…。あのお母さんはひどいなあ。息子のためというより、自分のためでしょう?どこまで暴走するのやら。


「ヤマトナデシコ七変化」、4人のサービスカット?ですよね。宮尾俊太郎さんの鍛え抜かれた体の前では他の3人はちょっと気の毒に感じました。どこを見てるんだって話ですが^_^; この物語で一番好きなのはスナコちゃんだなあ。しかも、お化粧したりドレスを着たりしてない、黒マントの姿が一番魅力的。


「ブラッディマンディ」、藤丸と音弥、なんて弱いんだ。2人いるのに、女の子1人にやられてしまうなんて。もうちょっとこの2人をカッコ良く描いてくれると、楽しみになるんだけど。


「君たちに明日はない」、主人公の幼馴染の飲み友達、結構好きです。「婚活」にも出ていましたね。そしておもちゃ作りのヤマシゲさん、素敵~♪夢を売るお仕事にはああいう人が、確かに必要ですね。


朝ドラ「ウェルかめ」、勝乃新のキャラがとっても好きで観ていたので、波美とつきあってデレデレになり、キャラが変わってしまわないことを願っていたのですが、大丈夫だったのでよかったです。世間の常識にとらわれない、自由な発想で生きているところが面白くて、波美といいコンビです。

ゾメキ解散は、切なかったですね。商業本位のトクジョーには、負けてほしくなかった。すだち農家のおばあちゃんの言葉が印象的でした。すだち作りには終わりがない。収穫して終わったと思っても、次の季節に向けて、終わりは始まりでもあるのだと。

北海道旅行のチケット、周り回って、波美の両親の所にカムバック。結局両親が行くことになって、結婚して初めての旅行に、電話口で嬉しそうにため息をつくお母さん。よかったね~。

クランクアップしたみたいですね。そうか、もうそんな季節。


その時観て感じた時に書かないと、忘れてしまうものですね。もう少し、あった気がするんですが。そろそろ終わりに向かって、ドラマがどう進んでいくのか。オリンピックに気持ちが二分しているこの頃ですが、これからが面白い時期なので、見逃さないようにしないと!

「検索ちゃん」が終わってから爆問さんにはご無沙汰していましたが、何日か前の午後、『爆笑問題のニッポンの教養』のアンコール放送がやっていて、途中からですが見入ってしまいました。


「わたしはここにいる」というタイトルで、目が見えず耳も聞こえない東大教授、福島智さんの回でした。


福島さんの話す語調には聾を感じさせるイントネーションはありましたが、ほとんど気にならないくらいで、話す速さと、無駄のない言葉の選び方、論旨の的確さにびっくりしました。前を見るくりっとした瞳には何も映っていないようで、声のする方に向いています。隣にいる女性が、彼の両手に自分の手を重ねて、彼の指をキーボードを叩くように、動かしています。指点字というのを、初めて目にしました。


障害と健常者の境目は?という話題で、「ぼくもタマ1個なので、障害者です。障害者手帳は持ってませんが。」と話す田中さん。「ホ―キンスみたいな人を見ると、障害があっても彼の偉大さは変わらない。」というような例を出す太田さん。


それに対して、「障害というのは社会が決めるんです。」と福島さん。彼は1983年(だったかな)障害を持ちながら首都大学東京に入学して一躍時の人になったそうですが、そのとき困ったのが、彼にアパートを貸してくれる人が全然見つからなかったことだそうです。障害者手帳も、社会が障害というものを定義しているひとつの例だとか。普通の人と同じように何かをしようとして、立ちはだかる社会の壁。それは、健常者にはなかなか見えないものかもしれません。


ホ―キンスを挙げた太田さんに対して、「それなら、才能もなく天才でもない、普通の障害者はどうですか。社会のお荷物?生きている意味などないのでしょうか。」と、福島さんは尋ねます。


そこで彼が例に出したのは、ナチスドイツの収容所に入れられたことのある、フランクルという人の本に書いてあった、「絶望=苦悩-意味」という公式でした。絶望+意味=苦悩と変換すると、意味のない苦悩が絶望で、それに新しい意味を見出すことが出来れば、それは絶望ではないと気づいたそうです。


誰もが生きているだけで意味がある、価値があるのだという結論に達するまでの、障害を持っていることのどれだけの悩み苦しみに、長い年月、この人は自分の心に自問自答していたのだろうということが思われて、話を聴きながら少し涙ぐんでしまいました。


その話に心打たれたのは、自分に生きている意味があるのかという問いかけは、障害のあるなし関係なく、先が見えない今の時代に生きる多くの人の心の深い所にも、存在しているように感じるからです。


答えが出なくても、苦悩することに意味があると思えば、絶望しなければ、それは明日につながるんだよという、メッセージをもらった気がしました。


田中さんが、背伸びせずに自分の感覚に引き寄せながら話しているのもよかったし、太田さんが言葉を選びながらも、自分の心にある正直な気持ちを伝えようとする様子も太田さんらしいなと感じました。自分に正直であろうとすることは、意外と難しいものです。


健康な人にはどうしたって、障害のある人の気持ちも生活も、わからない部分が多くて、どう接するのか悩むことが多いのですが、理解することがすべての始まりなんですね。


思い出しながら書いたので、正確ではないかもしれませんが、印象に残ったので書き残しておきます。

次長課長のオールナイトニッポンモバイル、どうしても聴きたくて機種変更をしようとお店に行ったのですが、どうやらラジオのパケット料金はハンパなく高いということを初めて知り、くじけています。


定額制だったら、何の問題もないんですが。


auなので、♪ガンガンメールしてもタダ!という宣伝文句に希望を託していたのですが、プランEという無料電話の付いていないプランに加入すると、定額制がついていて、パケット代の方は使った額に応じて、料金が加算(上限4400円)されていくというしくみだそうです。


ラジオは容量が大きいので、1回ダウンロードしただけで上限まで行くだろうとのこと。


月々使用量が2500円の私にとっては、基本料約1200円と4400円、プラス1回(約5分)100円ずつの課金(1ヶ月2000円くらい?)、合計5100円の使用料増加になってしまいます。なんてお高いコンテンツ!


…無理だ~(T_T)


音もクリアだし、保存して移動中に何度も聴けたらいいなあと思っていたのですが。


そうこうするうちに、もう今日は3回目なんですね~。


やはり娘にダウンロードしてもらうことにします。