甲羅に似せて -222ページ目

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

ブログネタ:コンビニが24時間営業じゃなくなったら 参加中
 昔、子どもとキャンプに参加した時、暗闇を楽しむという企画があって、各自、懐中電灯を持って、広場に集まって遊んだことがあります。何種類かの色紙を用意して、「みんな懐中電灯を消してください。これは何色?」・・・もちろん誰もわかりません。どんなに目を凝らしても、目の前にいる子の頭さえ見えないのです。その時、初めて闇が怖いと思いました。

 20年前、まだ結婚して共働きをしていた頃、仕事帰りに夕食の買い物をするのに結構苦労しました。だいたいのお店は7時でしまってしまうし、駅中の東急ストアでさえ、8時には閉店でした。そんなとき、9時までやっている八百屋さんがきらきら輝いて見えたものです。
 それが今ではだいたい9時までは大きなお店は開いているし、それを過ぎてもあちこちにあるコンビ二の光で時間の感覚が麻痺します。

 便利だけど、それがいいことかなあと、この頃よく思います。私の好きなお笑い芸人の人を始め、夜に働く人のためには必要不可欠で、全部やめてしまえとは言わないけれど、夜の街をあてもなくさまよっている人たちが、早くおうちに帰ろうと思えば、少しは家族団らんの時間が増えるんじゃないかと思ったり。お店が開いているということは、そこで働く人たちも夜通し働いているということで、それはちょっと自然に反することじゃないかと思ったり。だって、人の手当てができないから、今日はお休みという気楽な商売ではないとすると、いつも過労で疲れているのは経営者か、責任のある人たちだろうから、そういう人たちの健康や家族のことが心配です。

 便利なことが最優先で、ちょっと我慢したり工夫するという、それまで普通にやってきたことを怠けているようにも思います。

 コンビニ的便利さは、日本人の国民性に、意外と影響を与えているんじゃないでしょうか。戦争経験のある世代の人は過剰なくらい不測の事態への備えをしているのに対して、なんでも便利に手に入り、危険なことにも出会ったことのない世代が、どれだけ無防備で何の備えもないか、なにか事件が起こるたびに、「何故」という文字が頭に浮かびます。
 偉そうに言っている自分も、何か足りないと言ってはよくコンビニや99ショップへ走ります。

 でも、暗い夜道を歩いている時は、何かあったらコンビニに駆け込もうと思っている自分もいます。

 23時でコンビニがしまっても、大丈夫な社会になるといいですね。 

 今回は、病気のことがみんなの知る所となった草若師匠のほっとした優しい笑顔が見えて、よかったなあ、やっとここまできたなあという思いでした。


 小梅さんが師匠の付き添いをしていると、現れたのは和田家の人々。二手に分かれようとしたのにけんかになって・・・という話を喜代美ちゃんがすると、「おまえはほんとにおもろいなあ。おまえと話しているとほんまにおもろい。」」と笑って師匠は言います。それを聞いて、喜代美ちゃんは、小さい頃おじいちゃんに同じことを言われたのを、思い出します。

 「おかしい人間が一生懸命生きてる様子はほんとにおもろい。落語とおんなじや。」

 

 久しぶりにこの場面を観て、また涙ぐんでしまいました。おじいちゃんの、人間に対する温かい眼差しを感じて、じーんときます。


 「小さい時から見たり聞いたりしてきたことをしょうもないと思ってるかもしれんけど、それはほんまにおもろいんやで。」と、師匠は言います。


 それを聞いて閃いたのか、喜代美ちゃんは小次郎さんの宝くじをネタにして、即興で、落語をやり始めます。笑いながら師匠は言います。「それがお前の創作落語やな。」「お前の宝物や。大事にしいや。」

 無理にこうだと決め付けて教えず、自分の中から自然に出てくるように声をかける師匠の教え方はすごいなあと思います。ほんとに喜代美ちゃんは、落語の中から出てきた登場人物のような感じがします。

 お前の宝物や、というのは口癖でしょうか。弟子をほめる時、よく使いますね。自分の中にある、自分でも気づかない長所をそんな風に目上の人に言ってもらったら、その言葉こそ宝物だとも思います。


 そして、喜代美ちゃんの頭をなでるのもくせでしょうか。よく草々さんが喜代美ちゃんの頭を撫でていますが、自分も師匠にされていたので、自然と喜代美ちゃんにするようになったのかなあと思いました。若かりし頃の四草さんもされてましたね。

 私も小さい時、泣いてワーッとなった時、母親に頭を撫でてもらってイライラした気分がすーっと抜けていくのを不思議だなあと思った記憶があります。・・・なんででしょうね。スキンシップでほっとするのと、頭にはいろんなツボがあるというから、なにかそういう効果があるんでしょうか。

 言葉と態度両方で、しっかりと弟子達を教え、愛情で包み込んでくれた師匠。病気のことを考えると、それだけに辛くなってきます。


 師匠はドクターに、1日だけうちに帰してほしいと頼みます。

 数日後、家に帰った師匠は、紋付袴で弟子達の前で、一時間以上かかる大ネタ「地獄八景」をやります。最後に弟子達に稽古をつけるつもりだったんですね。病気がわかってからこれを聴く、喜代美ちゃんたちの表情は複雑でせつなげです。

 おかみさんが亡くなったときには逃げてしまった師匠も、今回はしっかり向き合って、1番大切な落語で弟子達に自分の生き様を見せてくれたんですね。庭先では、近所の人たちも聴いています。


 「その道中の陽気なこと!」という台詞に胸をしめつけられるようです。


 笑いながら泣いてしまうというか、泣きながら笑ってしまうというか、今回はそんなお話でした。笑うことと泣くことは、針の指す方向は正反対でも、感情が揺れるという意味で似ているのかもしれません。

 落語の中には、そんな風に、人間のいろいろな感情が、聴いているうちに湧き上がってくる面白さがあるんだなと思います。ただ面白いだけでなく、その中には、器用に生きられない人たちの日々の姿が描かれていて、共感したり自分のことに引き寄せて考えたりする、先人の知恵と見守る眼差しを感じます。


次週は、哀しげな予告編でしたね。静かに待とうと思います。


大事なことを書き忘れました!トップページの鳥山明さんのイラストが復活してたんでした!!!


アメブロの人と打ち合わせしていたのは、きっとこの件だったんですね~♪もうなんだか前からあったみたいにしっくりきて違和感がありません。でもやっぱり明るい感じになりましたよね。HOMEだなあという感じです。


 このところ、神様からのご褒美がたくさんありますね。お誕生日効果でしょうか。


 このイラストを観たくて、3人さんが頻繁にきてくれることを願っています。


 男の子たちの夢が、大人の事情に勝利した瞬間ですねっ♪