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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

 川島さん、1位を取ることにだいぶプレッシャーを感じている様子・・・。井上さんも罪なお人です。せっかく3人いるんだから、そんなにがんばらなくてもいいんですよ~。自分が好きな事書いて、それをみんなが面白がってくれればいいんだし、いつでも完璧なんて目指してたら、仕事と両立できないんだから。


 幻の女子高生へのプレッシャーに負けて、グルメレポーターになったり、慣れない絵文字を使う必要もないと思いますよ。・・・ブログに対する先入観みたいなものはいったん捨てた方がいいような・・・。


 あの薪ストーブの炎みたいなの、面白いなあ。きっと、そういう、パッと現れては消えていくアイディアを記事にするコツがつかめれば、もうちょっと苦労しないで書けるかもです。・・・と、半分は自分に言い聞かせています。


 ネゴさんのバレンタインの思い出、リアルですね。そんなに心から待ち望んでいる姿に、チョコをくれた女の子は心打たれたのかも。一途に思えば、思いはかなうんですね~。


 私も、短い間だけどブログというものをやってみて、順位なんかも気になったりするんですが、面白いと思うブログは必ず上位にランクされているけれど、必ずしも内容と順位がリンクしてない場合もあるなあと、最近は思ったりします。内容がセクシー系だったり、記事の内容より更新頻度だけで勝負していたり・・・。


 でも、きっとそういうことはみんな感じている事で、ちゃんと自分が面白いというものを、自分のペースで書いていって、みんなも面白いと共感すれば、きっと気がついたら1位ということも、結果としてあると思うんです。


 気がついたら・・・っていうのがいいなあ。


 イベント情報とか、新番組やCMの出演情報とか、そういうのをいち早く教えてくれるとうれしいし、話題になるかも。


 プレッシャーは感じないで楽しくやってほしいけど、アイディアは3人でいろいろ出し合ったらいいんじゃないかしら。だめなら次、みたいな。


 川島さんが悩んでいるようなので、おせっかいと思いつつ、あれこれ書いてしまいました。


 もっと言えば、更新してくれるだけでいいんです。・・・これに尽きます。


 昨日は1日仕事だったので、友チョコ作りに大忙しの娘に、今年はひとりで作るように、テーブルにどーんとお菓子作りの材料を置いてでかけました。


 お昼休みにランチを食べ終わって地下街を歩いていると、バレンタインの出店が通路にずらりと並んでいます。見ていたら欲しくなって、あれこれ買ってしまいました。


 帰ってくるとチョコの甘い匂いがうちにたちこめています。森永のHPにあった、小枝チョコと板チョコを使った、小麦粉を使わないガトーショコラが、ちょうど焼きあがった所でした。


 ラッピングして、それを持って意気揚々と娘はスイミングに出かけていき、帰ってきたのは、夜9時半でした。


 そういえば、たしか学年末テスト2日目・・・。疲れて私は先に寝てしまったんですが、夜中の3時までノートまとめとかやってたようです。どれかひとつにすればいいのにと思うのですが、あれもこれもと欲張る気持ちがあるときの方が、バイタリティーが出るんだなあと感心しました。


 今は寝息をたててます・・・。


 関係ありませんが、この頃、資生堂シュペリエールのCMソングが耳について離れません。タヒチ80というフランスのグループが歌ってるんですね。今年の私のバレンタイン・ソングだな~なんて思いながら聴いてます。

 師匠は今、病院のベッドに横たわりながら、自分とかかわったいろんな人達について思いをめぐらして日々を送っているのかなあと思います。だから、あんな風にお見舞いに来た人にあったかい言葉をかけることができるんでしょう。


 小次郎さんに、自分にも運を分けてもらいたいと言って宝くじを頼むのを見て、ああ、そういえば小次郎さんは宝くじのような人だなあと思いました。なくても困らないし、はずれると損したなあと思うけど、もし当たったらと考えると、不思議な幸福感に満たされます。それはひょっとしたらほんとに当たった時よりもっときらきらした感じかもしれません。そういう、形のない幸福感のようなものが、小次郎さんの周りには漂っている気がします。


 奈津子さんは、そういう小次郎さんの存在を愛しているのかもしれませんね。この頃みかけなかったけど、女性落語家としての喜代美ちゃんをずっと追っていたんでした。撮りためた写真を師匠に見せながら、不器用でも一生懸命な喜代美ちゃんを見ながら、自分もがんばろうと思ったという話をします。師匠にとっても、初めての女の弟子なのに、おかみさんもいなくてとまどっていた部分を奈津子さんに頼る部分があったんですね。


 回想シーンで師匠が、喜代美ちゃんが不器用だからこそ、人の気持ちがわかるし、楽しい落語ができると、短所がその人にとっては長所でもあるということで喜代美ちゃんを励ます所、私もなんだか励まされます。


 今の時代、自分を好きな人って意外と少ないんじゃないでしょうか。優秀な人でも、自己評価が低い。競争社会だし、常に他人と比べることで自分の位置を確認しながら生きているから、人と関係ないところで価値観を作るのが難しい気がします。そうやって育てられているからそうなってしまうのかもしれません。

 子どもが育っていく時、こんなふうにいいところを見つけてあげて、本人にも気がつくようにほめてあげることができれば、みんな自分をもっと好きになれるのにと思います。


 人が元気になれる優しい言葉。そういう言葉が日本語には沢山あった気がするのに、この頃耳にする日本語には、なぜかあまり心にすっと入ってくる美しいものがないように思います。

 そのせいか、童謡や日本の古い歌の歌詞を聴いたりすると、こんなきれいな言葉があったんだなあと感動します。落語も、いろんな表現の中に、日本語ならではのいろんな味のある言葉やいいまわしがあって、受け継いでいってほしいなあと思うところです。


 創作落語をやっている横で「地獄八景」で盛り上がる兄弟子達を見て、「やっぱり私もやりたい。」と駄々っ子のように病室に入ってくる喜代美ちゃん、なんか、かわい~。気持ちを決めるのにずいぶん時間がかかる事です。師匠になだめられて頭を撫でてもらいながら、何を耳元でささやいてもらったんでしょうか。


 落語会前日、師匠は帰宅を許されて、夕食を共にして一晩徒然亭で過ごします。病室の殺風景な壁をずっと眺めていた師匠には、きっと目に映るもの、耳に入るもの全てがほっとできる貴重な時間だったでしょうね。


 「ほんまにおおきに。ありがとう。」

 師匠のそんな言い方は、まるで最後の帰宅のようで、胸が苦しくなります。