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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

ブログネタ:寝てはいけない場面での眠気どうやってまぎらわす? 参加中
強烈な眠気というのは、若さの象徴ではないかと思います。

布団に横になった次の瞬間、朝だったという経験は20代まででした。

高校3年の時、前の日に徹夜でマンガを描いていたので、授業中突っ伏して寝てしまい、気づいたらみんなの机に乗っている教科書が、変わっていた事がありました。前を見ると、違う先生がいます。
目を覚ました私に、先生は言いました。

「受験勉強、大変だね。」

恥ずかしくて、顔から火が出そうでした。

今では、そんなに深い眠りにつけた当時を懐かしむくらい、寝つきは悪くなりましたが、眠気のある時は、手先を動かすと目が覚めるようです。近くにいる人の似顔絵を描いたり、折り紙を折ったり。

人の話を聞いているときは、話している人を見ていると、不思議と眠くなりません。

ホールズみたいなメントールも、効きます。筋肉痛の時、塗ったり貼ったりするものも、目が覚めます。

でも、本当に眠い時って、目が開いていても、脳はすでに寝ているんですよね。そんな状態にならないように、ちゃんと夜、寝ることが一番のような気がします。

Yahooニュースで、「ちりとてちん」DVDが売り上げ1位と聞いてびっくり!

やっぱり、この作品の良さを認めている人は多いんだなあと、実感しました。


でも、その前についていた「視聴率最低朝ドラ」という言い方にカチンときました。なんて失礼な。


視聴率表を見ると、明らかにそうなのですが、なんでなのかな?


録画して観ていた人が多かったんじゃないでしょうか。

私も、今は8時半にリアルタイムで朝ドラが観られますが、学生時代とか、OL時代の朝ドラは、観てないですし、朝の早いスーパーの仕事の時も見ていなかったし、その時間に家にいない人が増えていると思うんですよね。


でも、DVDを買った人は、録画しても観たいと思ってみていたか、お休みの時に観て面白さにはまったんじゃないでしょぅか。逆に、家にいて、その時間帯に観られる人には、興味を持たれなかったのかな。


凝った作りだから、わかりやすいのが好きな、年配の人にはわかりにくかったかも。逆に、細部まで気になる、ドラマ好きの人にはたまらなくツボだったんじゃないでしょうか。


そういう私は、DVDを手に入れたかと聞かれると・・・まだ買っていません。

全部買うと高いなあとか、買ってもそんなに見るかなと思ってしまって。

お恥ずかしいです。


前半を、もう一度観たいなあ。


秋葉原の大量殺人事件から2日目。だんだん、容疑者の生い立ちや、事件前の様子が明らかになってきました。


衝動的な犯行で、突然未来を奪われた被害者の人たちのことを思うと、気の毒で言葉もありませんが、こうした事件が起こっとき、この事件を引き起こしたのが、もし自分の子どもだったらと、どうしても考えてしまいます。


彼の両親も、まさかそんな事件を引き起こす事など、想像していなかったのではないでしょうか。一瞬にして加害者の親になってしまったショックは、いったいどれほどのものだったのか。


そして、テレビでは、卒業アルバムや文集が公開され、犯罪に至る心の闇をなんとか見つけ出そうと、いろいろな解釈をつけています。

あれは、なんとも後味が悪いものです。誰にだって、そんなことを思いもよらない、まっさらな幼年時代があるのですから。そこまで踏み込んで、言いたい放題をしてもいいものなのでしょうか。


「勝ち組の奴はみんないなくなればいい。」と思い、ワイドショーで大騒ぎになることを望んだ加害者。報道されたことから推測するしかありませんが、心を開いて自分の弱さを出せる友人や家族が、周りにいなかったのかもと思います。優等生だったのに、進学校で挫折して、その気持ちを引きずりながらも一生懸命働いていたのに、リストラ宣告で、自己否定されたように感じて、ショックだったのでしょうか。


「そんなことくらいで、甘い。」という識者の意見もありましたが、どうしていいかわからずこんな事件を引き起こしてしまった彼こそ、「なんでこんなことになってしまったんだろう。」と、途方にくれているのではないかと、思ったりします。


彼の成長に足りなかったのは、家族のつながりや愛情ではなかったのかなと、想像してみます。


そして、自尊感情・・・自分を愛し、自信を持つということが、人が生きていく上で、どんなに大切な事かということを、改めて思います。


家庭の中で、無条件に愛されて育つということでしか、それは生まれないんじゃないでしょうか。


以前、いろいろな国の子ども達に取材したアンケートを見たとき、「自分に自信がない」と答えた日本の子どもがとても多かった事が、印象に残っています。


成績の良い優等生を求める親の期待に答えようとがんばっているものの、要求のレベルの高さに自信を失っている子どもの姿が見える気がして。


だから、この事件から少しでも学ぶ事があるとすれば、危ないナイフは売らないとか、歩行者天国はやめようとかいう、対症療法的なことではなくて、愛情に満たされて、自分に自信が持てるような家庭をどうやって作っていくかということを、考えることが必要なんじゃないでしょうか。


でも、家庭って、どうやって作るか教わるものじゃないし、何が大切か、家族って何なのか、それぞれの家庭で考えてつくっていくしかないから、難しい問題です。


「家族は、お互いに期待する事が必要。」だと、何かの講演会で聞いたことがあります。

その人がいなければ困る、いたから助かったという、家族を実感できる役割が必要なのかもしれません。


それにしても、私と同じようにぞっとしている、同じ年頃の子どもを持つ親は、けっこういるんじゃないでしょうか。


同じ家に住んでいてさえ、年頃の子どもの心は、なかなかつかめないものです。