「風のガーデン」最終回 | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

主題歌「カンパニュラの恋」の、心の奥に深く沈みこむような切ない歌声に包まれて、普遍的でいてなかなか直視できない「死」というテーマにじっくりと向かい合うようなこの物語は、観る方にもそれなりの心構えを求めるところがあって苦しいのに、見ずにはいられないようなところがありました。


貞美が病魔に侵されて、先にガンで死んだ二神に、早くこちらにおいでと夢の中で何度となく誘われてうなされる様子や、最後、口がまわらなくなりながら、中学の頃の話を貞三さんに訥々と語る様子が、なんだかリアルで、胸に迫ってきました。死を前にして、人は子ども時代に帰るものなんですね。


やっ戻ってきた息子を看取らなければならない貞三さんの悲しみは、どんなだったのでしょうか。


以前、かわいがっていた犬が死んでしまって犬を抱きかかえながら悲しむ岳くんに、貞三さんは言いました。

「かなしいというのは、いとしいと同じ意味なんだよ。愛しいから悲しいんだ。」


訪問医をしていた貞三さんがあるお宅で、死に行くお年寄りの往診をしていた時、「今旅立とうとしています。そばに来てあげてください。」と、家族に呼びかけるシーンがありました。「旅立つ」というのはいい言葉ですね。そうして奥さんや子どもや孫が、お年寄りの顔を撫で、手を握り、足をさすってあげて、亡くなった時、「よくがんばったね。」と言いながら、みんなで拍手をしてあげたのです。


住み慣れた場所で、身近な人たちに囲まれてゆっくりと一生を終える。なんでもないことのようでいて、今の時代、なかなかできないことです。病院のベッドでされるようなモノ扱いに心の奥で傷つくこともなく、人間的な尊厳をもって死に向かい合えることは、とても幸せなことだと思います。


貞美もそんな風に、静かに死んでいきました。


色とりどりの花が咲き乱れるガーデンが映し出されるエンディングに流れる曲が、「カンパニュラの恋」でなく、「乙女の祈り」であったことに、何とも言えない清々しさを感じました。死に行く人がいて、芽吹く命がある、そんな希望に心を向けられる終わり方でした。


岳くんは、最後に遠く離れてしまって、かわいそうな気がしましたが、貞三さんの判断は確かに正しいと思います。死んだと思った父親がまた現れて、もう一度死んでしまうのは、残酷すぎます。

最後のお別れのとき、岳くんが最後に見たガブさんの姿は、ほんとに何かこの世のものとは思えないかわいらしさ(他にことばが浮かびません)でした。あの姿だけで、十分かもしれません。


誰の身にも、等しく訪れる死。この物語を、緒形さんはどんな思いで、演じていたんでしょうか…。