よくしてくれたという満足感 | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

先日、都内で救急搬送された妊婦さんが、受け入れ先がなかなか見つからずに亡くなりました。その旦那さんが会見した様子をネットのニュースとテレビで見たのですが、辛い気持ちをこらえながらも医療関係者を責めないこと、この件で辞めてしまったりしないでほしいことを冷静に語っているの聞いて、強い人だなあと感じました。


救急車の中でずっと「痛い、痛い」と苦しむ奥さんを見ていて、どんなに辛くて早く助けてほしい気持ちだったことでしょう。たくさん病院があって、交通も便利な都会でこんなことが起きるとは。奥さんが亡くなるまでの短い時間が、この人にとってはきっと、凝縮された、あるいは永遠に続くかと思われるような、夢の世界のような体験だったのではないでしょうか。


「病院関係者を責めない、受け入れてくれた病院の人たちにはとてもよくしてもらった。」と旦那さんが言っていたのを聞いて、辛い経験で取り乱しているはずなのに、こんな風に他の人を気遣えることに、その人柄に触れる思いでした。


インフォームドコンセントという言葉はずいぶん前から言われていますが、医療事故などで訴訟が起こる時、お医者さんと患者さんの気持ちが通じ合っていないために感じる不満が、弱い立場の患者さんの身内側にあとまで残ってしまうことが、恨みの根っこにあるような気がします。

そんな風に感じたのは、自分の体験を思い出すからです。、ガンで闘病していた母の回復の兆しを見つけては喜ぶ私たちの気持ちを打ち消すように、楽観的にならないように、希望は持たないようにと悪いことばかり言って励ましの言葉を一度もかけてくれなかった主治医の言葉に、いつも心を傷つけられていたからです。


助からなかったけど、お医者さんが親身になってよくしてくれたという気持ちが患者の家族に伝われば、大事な人を失った悲しみとともに、できるだけのことはしてあげられたという満足感も残ると思います。納得できない死に際は、遺された人に死とは違う種類の苦しみを与えますから。


この旦那さんが救急医療の現状をわかっていたということもあると思いますが、関わってくれた医療関係者の人達の誠意が通じた結果だったのかもしれないとも思います。


訴訟を恐れず、生まれてくる命のために力を貸してくれる産婦人科のお医者さんが、これからたくさん出てきてくれたら、そして、そういうお医者さんが不安を感じずに仕事ができる環境が整ったらいいなと強く感じました。