ちりとて 総集編 後編 | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

この日の裏番組の「はなまるカフェ」に羞恥心が出るということで、娘に絶対録画するように言われ、30分ほど録画が途切れてしまいました。

こんな日に限って悲しいです・・・しくしく。


草若師匠が倒れたところで切れて、再開した時は喜代美ちゃんに赤ちゃんができていたので、その間、何が放送されたのかなあと、頭がフル回転。糸子さんと正典さんの出会いのシーンはやったのかな、ひろしは出たのかしら、そしてやさぐれA子は?四草さんの「行くなっ!」は?・・・総集編にするにはずいぶん中身が濃いですね~。


後編出だしの部分、天狗芸能での落語会に喜代美ちゃんがビビって、出て行く決心がつかないでいるときに、草若師匠が言った一言にじーんときました。


「ようみんな揃うて、またここへ来られたな・・・夢みたいや。」


最初に喜代美ちゃんが徒然亭に来た時から考えると、ほんとに夢みたいなことですね。

そうやって、人はひとつひとつの努力を積み上げて、大人になっていくんだなあ、その積み上げたものを振り返ってそれを自信に変えながら、またその先を歩いて行くんだなあと思いました。


落語会をやり遂げた喜代美ちゃんは、「今年、除夜の鐘がなったら年季明け。そしたら、アパートを出ていかな、あっか~ん。」と、草若師匠に言われてしまいます。除夜の鐘とは粋ですね。

一緒に録画を観ていた娘が、「前にこれを観た後、お母さん、口真似してあっか~んって、ずっと言ってたよね。」と一言。・・・覚えてないんですけど。


大晦日の寝床での、草々さんと喜代美ちゃんの言い争い。喜代美ちゃんが突っかかってくるので、草々さんが切れて怒鳴ります。

「お前のいない部屋で、お前の縫うた座布団なんか見て、暮らしたないからや!」

忘年会の席で、みんなが聞いている前で繰り広げられる、突然のラブシーン。

そして、告白のタイミングで、それを遮るかのように鳴り始める除夜の鐘。


私には、ここが一番の見所でした。


普段は頑固でおこりっぽいけど、そんなに感情をあらわにしない草々さんの、目ン玉むき出して口が半開きの、有り余る感情が外に向かって噴き出している感じが、喜代美ちゃんに対する気持ちを物語っていて、すごくよかったなあ。改めて見ると、その演技の迫力に惹き込まれます。


帰り道、傷心の小草若さんに声をかけて、「おごりますよ。」という四草さん。

思えばこの頃から、あれっ、この人ってそういう人だったんだと、四草さんに対する見方が変わったのでした。


アパートの壁けりこわし事件から2日後の結婚式までの流れも、すごい展開でしたね~。そりゃ、不安にもなろうっていうものです。


考えてみると、この辺で、喜代美ちゃんをめぐる、一つの物語が終わったという感じがします。


この後、話は徒然亭をめぐる大きな流れを軸に、その時々にスポットライトが当たった登場人物が主人公になっていく形で、最後に向かって物語が進んでいきます。


その1人ずつのエピソードで心に残るのが、順ちゃんとA子のお話です。


人の助けなど借りずにしっかり生きている順ちゃんが窮地に陥った時、喜代美ちゃんに言った「怖いんや。」という搾り出すような順ちゃんの一言。自分ひとりで背負おうとして、ほんとはどうしたいかと聞かれ、友春さんとの結婚して食堂を継ぐ事になるのですが、誰もが自分と向き合い、人生の壁を乗り越えて自分の道を切り開いていくのだなあと感じました。


そして、喜代美ちゃんと一番かかわりの深いA子の、再会したときの変わりようには、運命の不思議を感じました。なんでもできる、うらやましい存在だったA子が、実は喜代美ちゃんが思っていたような子ではなかったこと、良い子であり続けなければという呪縛に苦しんでいた事を知ったことは、大きな驚きでした。

A子も、自分のやりたい事を見つけて、小浜で自分の道を歩いていきます。


そして、常打ち小屋もできて、妊娠がわかった喜代美ちゃんは、落語をやめて、自分の子と落語の修業をするお弟子さんたちのおかあちゃんになる道を選ぶのですが、これは、後半部分の一番のサプライズでした。


不器用な喜代美ちゃんが、落語を抱えたまま子育て人生に向かったときどうなるかは、彼女の妄想の中に十分表現されていたし、子育てとおかみさん業だって、楽なものではないのですから、それはありだと思います。


でも、とっさに「え~っ?」と思ってしまうのは、女だからといって特別扱いせずに仲間に入れてくれた兄弟子達や、女性が落語家としてやっていくために創作落語という道を考えてくれた亡き草若師匠のことを考えると、休むんじゃなくて、やめてしまうの?そんなに簡単にやめてしまえる程度のものだったのという疑問が湧いてきます。


引退したからって復帰もあるわけだし、今の気持ちで言っているんだろうという解釈で、私は自分を納得させたんですが、そこだけは、ちょっとひっかかるものを感じています。

子どもは巣立っていくものだし、先々、気が変わらないとも限らないしなあ・・・なんて。


最後に分娩室に運ばれた喜代美ちゃんに向かって、草々さんが廊下で叫ぶ愛宕山のくだり。

ああ、また出会いました。感情が内側からワーッと押し寄せるような、草々さんのあの表情。赤ん坊の泣き声を耳にして、顔をくしゃくしゃにした子どものような泣き顔に、いろいろな感情が押し寄せて、こちらも泣かずにはいられません。


従来の朝ドラのヒロインと違って、不器用でダメキャラの喜代美ちゃんでしたが、総集編を見直して、喜代美ちゃんってほんとにダメキャラだったのかしらと、彼女の性格について考えました。


確かに不器用だったわけですが、ダメな自分を人前で見せ慣れていたから、ここぞという時の開き直りがすごかったですよね。あそこまでいくと、ひとつの個性だと思います。

それに、要領よく立ち回ることができなかったせいで、時間はかかるけど、自分にとって何が本当に大切なのか、じっくり考えて、ちゃんと結論を出せるようになったんじゃないでしょうか。


その人にとって欠点と思えることでも、その人を作っている大事な部分で、裏返せば長所でもあるんですよね。

自分のやりたい事を貫いて生きてきた、喜代美ちゃんの生き方は魅力的だなと思います。

彼女の生き方が周りの人に影響して、周りの人の生き方が今度は彼女に影響を与える、その細やかな描き方にも魅せられて、毎朝、テレビの前に釘付けでした。


そして、落語やら塗り箸やら焼鯖やら、物語の脇役達にも、興味津々です。小浜にいつか行ってみたいなあ。

喜代美ちゃんや兄弟子達にも、また別の物語で出会いたいなあなどと思いながら、楽しい時間はあっという間に終わってしまいました。