今日、ふと見たテレビに、吉行淳之介氏の写真がアップで何枚も映っていたので、びっくりして観たら、NHKの「知る楽選」という番組に宮城まり子さんが出演していて、その話の流れで出てきたのでした。
なんて優しい目をしているんだろうと思います。
中2の国語の教科書に載った、『童謡』という作品が、私の吉行氏との出会いでした。文章を読むとき、私は文体から入るのですが、今思えば、吉行氏の文体に一目ぼれしてしまったのです。感傷を排した乾いた透明な文章は簡潔で、じっくり読んでいくと、瑞々しく繊細な感性に心が揺り動かされます。
成人してからいろいろな作品を読み始めて、20代の頃、これからどういう生き方をしていこうか迷っていた時、不思議な事に沢山読んだ女性作家の作品よりも、吉行氏から生きる姿勢について教わった気がします。
結婚する時、自分の部屋の本を処分していくように言われて、泣く泣く集めた本を古本屋に持って行きましたが、捨てられずに持ってきた12冊のエッセイ集だけがうちにあります。
そのエッセイ集に入っている『甲羅に似せて』という題名のエッセーから、このブログのタイトルをつけたので、いつか吉行氏について書こうと思いながらも、あまりに思い入れが強くて、なかなか書けないでいました。
家庭に入ってからずっと本を読む事から遠ざかっていたのが、数年前に、宮城まり子さんが書いた、『淳之介さんのこと』という本をブックオフで見つけ、夢中で読みました。読みながら、号泣と言ってもいいくらい泣きました。
私にとって、吉行氏は過去の人になっていて、幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし・・・という、静かな最後をイメージしていたのが、宮城まり子さんの目を通して語られる肉親の死は、そんなものではなかったんだと知らされ、ずいぶんとショックを受けました。
宮城まり子さんのおかげで、そういう肉親しか知りえない吉行氏の様子を知る事が出来た事を、感謝しながらも、今になって考えると、そういうことを公表する事は、果たして吉行氏の望むことだったのだろうかという気持ちも、同時に持ちました。
けれど、個人の力でねむの木学園というものを創り、今もずっと続けている彼女のパワーはすごいなあと思います。なぜそんなことができるんだろうと、何度も思いました。
「いつもやめたいと思っている。」と言う彼女の言葉に、そういう葛藤の中で、「途中で投げ出さない」という吉行氏との約束を守ってここまで続けてきたのはすごいとしか、言いようがありません。
自分以外の人のために働き、頼りにされる事は、自分ひとりのために生きるより大変だけど、幸せなことなのかもしれないと、彼女を見ていると感じます。そんな彼女を、吉行氏は愛したんでしょうね。
いつか、ねむの木学園の隣にある、吉行淳之介文学館に行ってみたいなと思っています。