先日の講演会で聞いた話を前にも記事に書きましたが、もうひとつ印象的な話がありました。
教育の「教」という字の成り立ちは、偏の方は机に向かって勉強する子どもの姿で、つくりの方はそれをムチを持って見張る大人の姿なのだそうです。educationという単語が日本に入ってきたとき、この字が当てられて、福沢諭吉がその考え方に大反対したそうです。
一方、「育」の成り立ちは、下の月(にくづき)が身体を表し、上の部分は、逆さにして書くと子どもの「子」という字になります。これはお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんを表しているそうです。
赤ちゃんは生まれる時、誰から教えられるわけでもないのに、自ら頭を産道に向け、両手を縮めて、陣痛に合わせて横に回転するそうです。だから、がんばっているのはお母さんだけではなく、生まれる子どもも協力してやっとこの世に生まれてくることが出来るのだそうです。
親は子どもに強く出てしまって一方的な関係になりがちだけど、子どもが育っていく時、お互いを理解して協力する関係が大切なんだなあと感じました。
ということを、今、受験で神経質になっている子ども達との会話に生かせるかなあと考えている所です。
「カッチカチやぞ」とか、「やっちまったな~」など、この頃お気に入りのフレーズで笑いをとるくらいなんですけどね。