第二話 etude


半月ほど、家具店のことは手つかずに過ぎた。
雑多なことに追われて
気持ちが滅入り始めていたが 
梅雨が始まる前に もう一度訪ねてみたいと思った。


夜のうちにメールをして
翌朝の9時には返事が来た。


『藤崎様

先日はご来店頂き
ありがとうございました。

私どもの商品を気に入って頂き
とても嬉しく思います。

ご相談のご予約を
第1希望の本日1時にお取りしました。
どうぞお気をつけてお越しください。』


カーテンが大きく揺れている。
濡れたコンクリートの匂いが風に混ざる。
雨が近い。
日中はもつだろうか。



店に着いたのは1時少し前だった。先日対応した、感じのいい女性店員の姿はなかった。


カウンターの向こう、
受話器を持ちながらメモを取る男性は、コットンシャツにブラウンの長いサロンを着けている。

その、誠実で爽やかな話し声が
まるで音楽のように店に流れている。

なぜ
懐かしいと感じるのだろう。


ぐるりと店内を見回す。
お気に入りの椅子はもうない。
代わりに安楽椅子が置かれていた。
背もたれに手をかけ少し押すと ゆっくりとスイングした。


クロージングトークを聞いて、電話が終わるのがわかった。
ブラウスの襟をなおし 少し勿体ぶるように振り返る。


「お待たせしました。お約束頂いた藤崎様ですね?」


こっくりと頷きながら
私の時間は静止した。


それは
記憶なのか
傷なのか…


「今、資料をお持ちしますのでこちらにおかけください。」


返事をしたつもりが
声になっている気がしない。

彼の反応を見て訝った。
気づかないのか
人違いなのか…。

だが


テーブルを挟んで向かい合い、差し出された名刺を見て確信に変わった。






デザインのこと
模型のこと
製作日数と料金
キャンセルについて説明され、木材はどんなものを好むか サンプルを見せられたが、心が定まらない。

彼の心地よい声が途切れた。

顔をあげた私を
真っ直ぐに見つめている。



「わかっているよ、驚かせてごめん。」



これは記憶だ。
再び動き始める希望を残し
引き出しの奥の奥に眠らせていた。



自転車置き場

昇降口

並んだ水道の蛇口

掲示板



教室


あなたの上履きは
いつも真っ白だったね。


席が隣になったとき
とても
うれしかった…。



「真尋 会えて嬉しい。」


散り散りだったピースが集まり始める頭の中で


まだ心が痛むことに気づいた。