藤原緋沙子『夜明けの雨 聖坂 春』~人情江戸彩時記~(新潮文庫表題『月凍てる』)を読んで | 日々感じたこと・読んだ本

藤原緋沙子『夜明けの雨 聖坂 春』~人情江戸彩時記~(新潮文庫表題『月凍てる』)を読んで

藤原緋沙子先生の『夜明けの雨 聖坂 春』を読みました。

~人情江戸彩時記~というタイトルをもった4部作のひとつで、出版は

新潮社より「月凍てる』という表題でまとめられています。

 

藤原先生の江戸後期の市井の女医・千鶴子を主人公にした一連の傑作時代小説『藍染袴御匙帖』のうち手元にある文庫を読み終えてしまったので、先生の他の小説も、ということで、地元の「不便な本屋」で見つけてきた古本。

一冊100円ということで即購入しました。

 

さて、結論から申しますと、上述した『藍染袴御匙帖』よりはやや硬質な文体かなと感じで、その理由がわかった瞬間に息をのみました。

これはあくまで私の推測なのですが、

「な、なんと、書き分けているのか・・・」

という驚きです。たとえば同じ時代小説の池波正太郎先生や、藤沢周平先生の文にもこのような驚きは感じたことがなかったから、これは発見でした。

思うに、千鶴子さんが主人公の時は、情景・風景描写もすべて、彼女の目線で書いている。つまり、目の前の光景の中で、彼女が注目するものを、彼女が感じたように書かれているから、そこは良い意味でほどよく女性的で、私などは、その優しく穏やかな情景描写が気に入ったのです。一方、主人公が男性になるこの作品では、同じ光景を見ていても、やや、端正でハードボイルドなのです。

 

その違いは、最初の18行で感じました。物語がはじまって最初の18行を、会話などがいっさいなく、歩いている主人公吉兵衛の心情に沿った感じで目に映ったであろう周囲の自然を描いているのですが、その描き方が、たぶん仮に同じ道を千鶴子さんが歩いている時に描かれるものとは違うなと。

 

そして、千鶴子さんを主人公にした作品に負けず劣らず、良い文章だったのです。

~人情江戸彩時記~シリーズを読むのも、楽しみになってきました!

 

物語りの中身については

貧しい長屋で育った男が自らの精進もあり大店の跡継ぎに養子となりおさまったが、

彼を取り上げてくれた先代主人がなくなり、義理母から苛められ、妻にも冷淡にされ、ばったり会った昔の悪友に知らされて、一時は付き合っていた幼馴染の女を訪れる・・・というものです。

物語は主人公の心情の揺れ幅が大きいのも特徴となっているため、ラストシーンの主人公の決断を思わず応援したくなりました。