佐賀県鳥栖市の実話に基づいて作られた映画です。


音楽を愛し、ピアノを愛した若者二人が特攻隊となり

いざ突撃となったとき、最期に思ったこと。

それは「死ぬ前にピアノを弾きたい」ということでした。


純粋に音楽を愛する前途ある若者が自分の死を覚悟して

最期に弾いたベートーヴェンのピアノソナタ『月光』。


当時の特攻隊の無謀さ、残酷さ、そして無情さ。

更に特攻隊で生き残った者の、その後の辛い運命。

『月光』の音楽と共に胸にズンと重く響いてきます。


「僕も特攻隊になりたいです」という小学生に

「君たちがならなくていいように、僕たちが行ってくる」

という言葉に胸が締め付けられました。


お国のため。まるで死が栄誉であるかのようだった時代でも

特攻隊の人びとは命の重みを強く感じていたでしょう。

『平和』を願っていたからこそその命を捧げたのでしょう。


血で争うことのない平和な世界を、願って止みません。

若くして散った人々のためにも、平和であって欲しいですね。


この作品、ぜひDVD化されると良いのですが…。

ジョゼはあくまでも恒夫との別れを覚悟していたんだ…。

そういう恋愛って切ない。苦しい。

それでも好きにならずにいられない。


自分が障害者である事で、恒夫がそれを背負えないことも

全て知っているからこそ、結婚を否定し車椅子を拒むのだろう。

少しの間だけでも、一緒にいれる時間は触れ合っていたい。

そんな気持ちが溢れてきて、とても切ない。


最初に体を合わせる時の「ヤベ。オレ、泣きそう」

という恒夫の言葉がなんとも言えないんだよね。

しかも、なんて楽しそうなベッドシーンなんだろう!!


「帰れと言われて帰るようなやつは帰れ!」と言って泣くジョゼ。

固く心を閉ざしたジョゼが、最初に見せた心の内側。

なんか私までウルウルときてしまったよ。


「俺が逃げた」


恒夫の言葉にはリアリティがある。

ハッピーエンドよりずっとリアリティがあって、だからこそ辛い。

きっと、こういうものなんだ。


せめて、歩道で泣き崩れる恒夫に救われた。

恒夫は本気でジョゼを愛していたんだ。

同情などではなく、ありったけの愛情で。


ジョゼはまた深い海の底に戻ったのだろうか。

でも最後車椅子で風を切って進む姿に、少しだけ光を見た。

初恋と音楽。そんな映画。

だけどその中に、歴史的・社会的背景も示されている。


「音楽は楽譜じゃない。耳と心で感じるもの。」

その言葉通り、トレーラーの中でのセッションは素敵♪♪

あのマヌーシュ・スウィングのセッションは生演奏なんだとか!!


スウィングギターの名手である、チャボロ・シュミットも

マックスのギターの先生、ミラルド役で登場。

こんな先生に教えて貰えたら幸せだよねぇ~☆


ロマ民族というジプシーたちの文化や悲しい歴史も盛り込み

その中において、ミラルドの死というものを描いている。


初恋のほろ苦さや切なさと、音楽の素晴らしさ。

その中に、ロマ民族の過去と未来を映し出しているのは

この作品の監督トニー・ガトリフ自身がロマ民族だからなのだろう。


古きものを守りつつも、新しい時代へと変貌を遂げようとする人々。

その中で、死者の事を語らず、その人の遺品も残さないという

ロマの人たちの掟の中から、スウィングはミラルドの遺品である

ギターの焼け残りを、マックスと共に川へと流す。


最後の水色のドアを閉めた後の窓にいつしか張り付く手のひら。

この「スウィングの手のひら」という間接的な描写によって

ミラルドとマックスとの別れに対する精一杯の悲しみが伝わってくる。


ミラルドが教えてくれた「おまじない」を試すマックスと

それを手伝うスウィングが作ったピラミッドに

チョコチョコと歩み寄るハリネズミの映像がカワイイ。


ここら辺、初恋のほのぼのした雰囲気が映像として表現されいるし

ミラルドが天に召されるときの空を飛ぶシーンも素敵だと思う。


この監督、色んな意味で間接描写がとても上手いんだなぁ。

きっとミラルドは、音楽と共に精一杯の人生を送ったのだろう。

舞台ほどの臨場感はないにしろ、素晴らしい音楽でした。

クリスティーヌにエミー・ロッサムを起用したのは大正解。
天使のような歌声、美貌、愛らしさ、優しさ、従順さ。
この雰囲気をかもし出すのは、彼女の素質あってこそです。

主要な3人。ファントム、クリスティーヌ、ラウルは
吹き替えなしで、実際に自分たちで歌っているのだそうです。

ファントムの底から響くような強い声も良かったのですが
ラウルの若々しくも甘い歌声も役にはまっていました。

昔はファントムのように、生まれ持った病気などのせいで
サーカスなので理不尽な生き方を強いられている人も多かったのです。

ただ、これが『エレファントマン』と違うのは、彼が心まで病んでいた事。

幼少の頃の愛着形成がないまま、思春期を虐待で傷つけられ
そして大人になっても地下で孤独に過ごしているファントム。
そんなファントムは、愛すること、欲することへの執着心で
自分自身の中の心を燃やしきってしまうんですね。

クリスティーヌへの愛は本物であり、だからこそ彼は
ラウルの元へ行くことを赦し、自分自身が消える道を選択します。

最後、ファントムのオルゴールをクリスティーヌの墓前に置くラウル。
ラウルも感じていたんでしょうね。自分への愛とは違った彼への愛。
それは父親を慕うような感情。それを彼女が持ち続けていたことを。

そしてファントムも、ずっと彼女を愛し続けていた…。
静かにその象徴ともいえる、黒リボンの赤いバラが映し出されます。

ラストシーンで映画館の中は号泣する人たちがたくさんいました。
でも私は主に音楽に気をとられていたからか、泣き所が分からず
一度も涙が出ませんでした。それよりも音楽に興奮していました。

久々に音楽による興奮を味わった作品です。

ところで、カルロッタ役のミニー・ドライヴァーがどうしても
紅白で派手な衣装を身にまとう小林幸子に見えたのですが…。

「感動もの!」ではないんですね。意外だった。
宣伝で観た時は、てっきり感動ものの映画だと思ってた~。

でも、人の心の交流の温かさに溢れている映画です。
それぞれの心の寂しさを埋める愛情、友情。交流。
色んなものが空港の中に詰め込まれていて、面白かったな。

私の大好きなキャサリン・ゼタ=ジョーンズも出ていたし♪
キャサリンはやっぱりカッコイイ!!しかも可愛すぎるっ!!!

「彼は空港(そこ)で待ち続けた。約束を果たすために・・・」

というキャッチなんだけど、この「約束」って何なんだろう?
って思ってたんだよね。後半になってその答えがようやく分かるの。

たくさんの人たちの手助けを借りて、その「約束」を果たした後の
映画のラストがあっけなくて驚き。え?え?もう終わり?って(笑)
いや、でもあの終わり方でくどくない所が良かったのかもしれないな。

トム・ハンクスのつたない英語がすっごくいいよ~。
しかもだんだん上手くなっていく過程がすごく上手い。

でも私が何より感動したのは、やっぱ音楽だね。
ジョン・ウイリアムスはやっぱりスゴイ!!素敵!!尊敬!!
カッコイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪♪♪

最初に出てくる澪の葬儀のシーン。
親戚たちの心無い言葉に傷付く佑司くん。

実際、本当にこういう事言う人たちっているんだよね。
「あの時ああしなければ」なんて、本人達が一番知ってるのに。

必ず戻ってくると言い残してこの世を去った母親を信じ
雨が降るのを楽しみにしている姿が健気で最初しばらくは号泣。
まだ他の観客が誰も泣いてないシーンで、号泣してしまった。

でもその後は、涙を誘おうという意欲が見えすぎて引いちゃったよ。

この映画の間、ずっと引っかかっていた。
喪失体験は苦しいものだ。なかなか受け入れられない。
時として人は、喪失体験により心を患う。

そんな苦しい体験を、なぜ2度も負わなければならないのだろう。

この物語では、戻ってきた母親は多くの幸せを残していく。
だけど実際にそんなものなんだろうか?

私も娘に会いたい。だけど、本当に会えるとなれば躊躇するだろう。
期間限定で会えるのならば、必ず別れはやってくる。

私なら、二度とあの苦しみを味わいたくない。
引き裂かれるような感情に、自分自身を失う日々が怖い。
あの頃と何も変わらず、狂気と背中合わせに生きている私は
今押さえつけている悲しみを外から眺めることしかできない。

竹内結子のわざとらしい演技にも、子役の下手さにもガッカリ。
映像は綺麗だけど、繋ぎの荒さにもガッカリ。

まぁ最終的には、SFタッチで観れば良い映画なのかもしれません。
でも私は、もう観ないな。

たぶん普通の人なら涙ボロボロですよ。「愛っていいわぁ~」とか。
ただ私がそんな風には思えなかっただけで、それなりにオススメです。

映画の宣伝ではホラーとされていたし、
レンタル屋でもホラーのカテゴリーに分類されているけど
この映画はホラーではありません。ヒューマニズムです。

実際私もホラーだと思って敬遠していたところを
ある人に勧められて、恐る恐る観たんですけどね。

第6感が働き、ゴーストが観えてしまう男の子。
彼の行動を心の病と思い、治してあげるために関わる医師。

その二人の間に生まれる信頼関係で
男の子は自分の力を前向きに捉える術を知ります。

自分が持ってしまった力のために、すれ違う人間関係。
友達とも、学校の先生とも、そして母親ともすれ違ってしまう。
その母親の苦悩を察し、嘘をつく主人公に心が痛みます。

相手を信じるって大切なんですよね。
だけど、自分の中の標準的な感覚を超えた部分って
やっぱりなかなか信じられるものではないと思うんです。

全てを話すこと。それも相手を信じるからこそ、できること。
それを受け止めること。それも相手を信じなければできません。

固く結ばれた夫婦の愛情。そして親子愛。友情。
自分が変わることで変化する周囲の対応。景色の見え方。
色んな思いの詰まった、本当に素晴らしい映画だと思います。

そして最後の最後。
このストーリーの仕掛けには驚きました。
・・・最初から、少年は知っていたんですね。

何度も観たいと思える映画に、久々に出会いました。
ハーレイくんの演技がまた泣かせます。

突然この世を去ってしまった息子…。
残された家族の痛みが、よく描かれた作品です。

精神分析医でもある父親が言う。

「ある患者とは壁を作り、ある患者にはのめり込んでしまう。
 僕はもう、患者との境がなくなってしまったんだ。
 このまま分析医を続けていくわけにはいかない。
 それが、患者にも僕にも一番良い選択なんだ。」

子供の死という重荷を抱えながら
臨床現場にいる者として、グサッと来る言葉です。

静かに流れる映画の中に、ものすごい痛みが走ります。
それでいて、お互いを思いやる葛藤が温かく、
実際に我が子を亡くしている私には辛い映画でした。
だけど、自分を理解してくれるような映画でもありました。

最後の海辺を歩くシーンは、新しい方向性を暗示する気がします。
私も行きました。最初の気持ちの整理をした日、日南の海へ。

息子の彼女の存在で、家の中に光がもたらされる。
亡くなった子供の、自分の知らなかった面を垣間見た嬉しさ。

その気持ちが理解できて、私個人としては苦しくもあり
それでいて温かい気持ちにもなる、複雑な映画でした。

私は個人的に、グイドみたいにベラベラ喋る男の人って苦手なので
最初のうちはちょっとイライラしちゃう部分もあったんだけど
グイドとドーラが結ばれてからは、映画に引き込まれてしまった。

家族を守るために、グイドが最期までつき通した嘘が
すごく悲しい。すごく切ない。でも、すごくあったかい。

叔父さんの、ユダヤ人としての誇りを感じる最期。
全てが嘘だと思いたかった。

グイドが殺されたのも嘘だと思いたかった。
戦車に乗ってくるのが、グイドであって欲しかった。

そこにあるのは優しい嘘だった。
迫りくる恐怖を子供に与えないように、つき通した嘘。
最期まで子供の前でおどけてみせたグイドが悲しかった。

道に迷い、たくさんの死体を目の前にしたグイドの目や
「これが夢だといいな」と呟くシーンが印象的。

とても深い映画だと思う。
明るい言葉の裏に、とてつもない悲しみをしのばせてある。

本当にああやって殺されていった人たちがいる。
ただ人種が違うっていうだけで…。
子供を守れなかった親も、たくさんいる。

自らの意志でなくとも、ユダヤ人をドイツ軍に売ってしまった。
おじさんの中には、そんな気持ちが渦巻いていたのかな。

当時のパリの人々の生活を、何気なく映し出しながらも
それぞれが抱える問題を、うまく描写している映画だった。
静かに流れる映画なんだけど、ハラハラしてしまう。

家族をなくしてしまった子供たちを、救おうとする人々。
そして、それを追う人々。誰が味方で誰が敵なのか…。

そんな、人を信じられない世界だった時代に
反発を繰り返しながらも、本物の親子のように結ばれていく
この4人の絆というものも、よく描かれていると思った。

自分の家族を、ナチスに売ってしまった人でありつつも
自分を命がけで救ってくれようとする人でもあるという
ものすごい葛藤の中で、一人の子供に芽生える信頼感。

救ってくれたのは、それを生業にする仲介人でもなく
政府に通じる偉い人でもなく、普通のおじさんだという所が良い。

そして、それを何気なくサポートするたくさんの人々。
当時、このような温かい気持ちも残っていたのかな。

ナチスものの映画は今まで色々見てきたけれど
この映画は今までと違った、なんとなく新しい視線だった。
もちろん、そんな綺麗ごとじゃないんだけど…。

最後、シモンと交わす言葉が、とても印象に残った。
「おじさん、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」

シモンたちとの交流の中で、おじさんの心に芽生えた
新しく、温かく、強いものを凝縮したシーンだと思う。
そしてそれが、おじさんの最後の行動に繋がったのだろう。