何もかも捨てて、記憶の遠くに追いやってしまえばいい。
直視するには生々しい感情から抜け出す為に、
蓋をした時期があって、
忘れたフリをした時期があって、
なにもかも捨てた時期もあった。
あなたとは音楽を通じて出会ったから。
音楽を通してよみがえる記憶がある。
音楽を通して湧き上がる想いがある。
初めてもらったMD。
それまでの私が、全く触れてこなかった音楽がたくさんのMD。
あのとき、何も知らずに聴いていたものが、
やがて普段から聴くものに変わって、
そして決して聴かないものに変わってしまった。
だから忘れてた。
不器用な文字であなたが一生懸命書いてくれた、インデックス。
そこにあったもの。
C/O/T/D
coalter of the deepers の曲。
すっかり忘れてて、
毎週楽しみに見ていたアニメのEDが耳について、
アーティスト情報を見て、
あなたが書いた 「C/O/T/D」 の文字を思い出した。
あのときあなたがくれたMD、
もう一度聴き直したいと思っても、
今はもう、無い。
音源を探すことはできても、
世界にたったひとつ、
気になる人に自分を知ってもらおうと、
あなたが作ってくれたものはもう、無い。
こんなに晴れた空の下、あなたは何をしてるかな。
不健康な生活のまま、相変わらず楽器を片手に悩んだりしてるのかな。
離れ離れになったさみしさも、今では思い出。
こんな風に不意に思い出のポケットに落っこちても、
記憶はしあわせに彩られてる。
音楽で交錯する過去と現在。
また、あなたの音が聴けたら良いのにと、少しだけ甘い感傷に飲まれた。
「私のお医者さん」
というセリフが飛び出して来た。
医師:ナイスミドル
患者:成人女性
対面での会話で出てきたセリフ。
「私の~」が付くだけで、ちょっといかがわしい気がした。
万人の医師であるべき存在が、「私の~」と専有されてしまうことで、プライベート感が出てしまうからだろうか。
「夜の~」を付けると何でもいやらしく聞こえちゃうっていうのの応用版かもしれない。
「夜のお医者さん」
それは明らか過ぎる。
じゃあ、
「俺のお医者さん」
これは、どんな女医が現れるのか期待するかも。
腐女子であれば女医である必要は無いのかも?
そんなくだらないことを連想しつつ、純粋に発されたセリフに「私のお医者さん」という文句はINかOUTか考えるのであった。
