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この土の器をも―道ありき 第2部 (新潮文庫)
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久々に読み直した一冊。
『氷点』などの小説で知られるクリスチャン作家・三浦綾子の自伝。
”道ありき 第2部”とあるのは、『道ありき』が脊椎カリエスの闘病と洗礼を受け結婚するまでの自伝、
結婚から『氷点』入賞までが『この土の器をも』になるからです。
(さらに『光あるうちに』が第3部となり、『草のうた』は子ども時代の話となっています)
わたしは大学時代からこのエッセイが一番好きで、卒業論文を書いていたときも何度も読み直したのですが、一番好きなのが以下の箇所。
従妹の結婚式に招かれた綾子さんのスピーチです。
「わたしは十三年の間、臥ていました。いつなおるか、わからない病気でした。もう駄目かもしれないと思いました。そこに三浦が現れ、いつなおるかわからないわたしに、結婚すると言いました。(中略)それから足かけ五年、三浦は待ってくれて、病弱の、何の取柄もない、美人でもない、二つ年上のわたしと結婚してくれました。マリちゃん、長い人生には絶望と見える時があるかも知れません。でもマリちゃん、その時には、今わたしの言ったことを思い出してください。そして長い間臥ていたあの綾子が、踊れるほどになったということを思い出してください。」(このあと余興で踊った)
卒業論文を書いていたとき見かけた水谷昭夫という方の評で、このスピーチこそ三浦綾子の「なぜ書くか」というモチーフだという旨の記載があり、なるほどと思った記憶があります。病気だったわたしは癒されて、踊れるほどになったのだ、どうか絶望しないで欲しいと。このスピーチで従妹の披露宴会場でお酌をしていたホステスをも感動させたというのも、弱い立場や過酷な立場にある人へ、過剰な励ましになることなく、希望の光となったからなのでしょうね…。
今回読み返したかったのは以下。
「三浦のみそ汁のおかわりを取りに、階段を降りていたとき、足もとがふらついていたのだろう。三段ほど勢よく踏み外して、いやというほど尾骶骨を打ってしまった。痛いなどというものではなかった。(中略)
その時から、わたしは三浦と頭を並べて、床に臥した。仰臥はできない。腹這いになったままの何日かがつづいた。するとある日療養時代の友人から、葉書きが来た。
「三浦さんは急性肺炎、綾さんはけがをして臥ておられる由。あなた方は何かにたたられているのではありませんか」
クリスチャンはこんな感じ方をしない。既にわたしはすべて神の祝福の中にあると思っていた。」
先月夫が入院・手術をして退院してきた横で、わたしも自分の病気で体調が悪くなり、ふたり寝ていたことがありました。まさに三浦夫妻と同じ状況だったのです。
まさに夫婦共倒れ、かと思ってしまうところですが、この文章や、色んな友人の祈りとがあって、神様の導きを忘れずにいられたと思ったのでした。夫の入院手術については、夫の比較的休みを取りやすいこの時期に、神様が備えて入院させてくださったんだと思えるようになったのです。
前半は結婚観や、新婚時代の話が多く、これから結婚される方に読むのにもいいのではと思います。わたしは三浦綾子さんの作品を引用した本を、教会の結婚講座で読みました。それ以外にも、夫婦のあり方がとても優しく、ときに厳しいので、夫婦のあり方を考えさせられる本でもあります。エッセイですが、友人や色んな人が登場する物語のようになっています。元小学校の先生なので、文章も簡単で読みやすくなっています。わたしのように三浦綾子さんのファンなら、作品の裏側であるとか、どういう思いで作品を書いたのかが分かって面白いことでしょう。






