↑はまたまたネットブックオフにて送料調整のため、旦那に注文してもらったものです。
二つで400円。JUNONの方をぱらぱら見ましたが、か~わ~い~い~![]()
隣のTRIALと見比べると、変わったよな~と改めて思います。
大分間が空きましたが、続きをやります。
2002年は、実は空白なのです。もちろん、TVで姿は見ていましたが、殆ど記憶に残っていないのです。サッカーW杯の観戦や、懸賞で旅行に当たったりして、あまり家にじっとしていなかったというのもありますが、もうひとつの理由として、やたら喪服を着ていたという事があります。
身内の不幸がとても多く(2003年の夏頃まで続きます)一人っ子長男の嫁なので、色々とやらなくてはならない事も多く、とにかくバタバタしてたなという年でした。きっとTVもじっくりみる暇がなく、映像が流れていくという感じだったのでしょう。
ファン活動を始めてから、このあたりの空白を埋めるのにかなり時間がかかりました。リアルで覚えていない事がちょっと悲しかったりします。
ひと段落した頃に流れていたのが「Long Road」でした。もう2003年も秋になっていました。
私はその時、かなり落ち込んでいました。
2001年晩秋・実家の祖母、2003年初夏・旦那の伯母、この二人を亡くした事は特に辛い出来事でした。家族を増やそうとお医者様の元に通ったりと頑張っていましたが、結局二人に吉報を知らせる事ができなかった。私はおばあちゃん子でしたし、伯母は旦那の精神的な支柱でしたから、二人共特別な存在だったのです。
どうして皆にできる事が私にできないんだろう・・。私に何かいけない所があるからダメなの?と自分を責める日々。
二人の喜ぶ顔が本当に見たかった・・・。
そんな時流れてきたメロディー・歌詞、そしてすっかり大人っぽくなった3人。
目の前がぱあっと明るくなりました。なんてこの3人はキラキラしてるんだろう・・・。
「廻り道でも、迷ってもいい そこにだけ咲く 花を見つけるから」
・・・・私、私のままでいいの??そうか。人と違う「花」を持っていてもいいんだ・・。
まさに「背中を押された」瞬間でした。
TVから彼らの弾けるような笑顔を見る度、どんどん元気になって行きました。
また新たな気持ちでお医者様の所に行こうと思えるようになったのです。
慶太君の写真集で、その当時精神的に辛かったと知りました。
そういえば、明るい曲だけど、どことなく切なそうな感じがしたことを思い出しました。
それから5年たち、依然二人暮らしの日々ですが、この曲のおかげで卑屈にならずに生きてこれました。
今でも凹むとこの歌をおもむろに聴きだしています。
そして2004年。思いがけない出来事が私たちに訪れるのです。・・・続きます。
私がお邪魔しているブロガーさんがw-inds.そして音楽業界の事について提言をされています。
皆さんもよろしかったらこちらを見て頂いて、ゲストブックにご意見をお書き下ればと思います。
