親友の結婚式・後編
中学時代、何をするにも一緒だった俺達三人。
今回結婚するA、インド兄弟相方のD。
Aが結婚する時は、結婚式でインド兄弟がネタをやる!…遠い昔の記憶であるが、俺は結婚式前日にその事を思い出したのだ!
ま~もちろん、前日の思いつきだしネタ合わせも当日だから、漫才はやらなかった。
すぐにDがスケッチブックをめくり、『ドッキリ』のネタバラし。
テッテレ~
ホッとするA。
俺はなぜこんなドッキリを仕掛けたかを説明し、漫才はやりません。これからちゃんとスピーチをしますと仕切り直した。
が、ま、普通にスピーチする気はさらさらなかった。
Dがスケッチブックをめくるとそこには…
『その時Aの人生は動いた!3大ターニングポイント!』のタイトル。
(このタイトルは、NHKの有名な歴史番組と、最近大人気のM子とA吉の番組からのパクリです)
Aの顔はひきつるというよりは、ポカーンとした表情に…(笑)
俺は友人代表のスピーチを頼まれた時から、話したい事が三つあった。まー、だから5分以上はかかるだろうな~と思ってたんだけど。
それは、たぶんAの友人としては一番長く、しかも近くで彼をみてきて、あきらかに彼が変わったなという瞬間があり、それを出席者の人達に伝えたかったのだ。
友人代表として。
「最初の私が思うAのターニングポイント!それは!(スケッチブックをめぐるD)高校受験…」
「失敗!」
一瞬の間があり、会場から笑いが起きる。うん、Aも笑っている。
「友人代表としてね、いい事も悪い事も言ってきますからね~!でもね、これは本当に彼の最初のターニングポイントだと思うんです!」
「なんの関係があるんだよ(笑)」
と、Aの上司部長さんからの突っこみ!(好意的)
「はいはい、それをね、これから語りますからね~!」
めでたい席で、受験失敗はまずいかとも思ったが…ま、掴みは悪くない。意表をついた。
高校受験、俺達三人は同じ高校を受験した。青森ではトップの高校。ちょっと危険だったけど、俺はどうしてもそこに行きたくて…本当は、もう一つ下の高校を三人で受ける話もあったんだけど、俺が突っぱねた。
だからかどうかはわからないけど、AもDも同じ高校を受験する事になったのだ。
そして、Aだけ落ちた。
今でも忘れられない。三人で発表を見に行った時の事。
受かった~!って絶頂をむかえた次の瞬間、Aの顔をみて凍りついた事を覚えいてる。
一番辛かったのはAだろう。
俺は、自分がこの高校に行くと突っぱねた事もあり、変な責任も感じたり…
でもそこからのAが凄かった。別の高校の特進クラスに入り、猛勉強。
正直、中学の時あまり勉強熱心に見えなかった彼からは、想像もつかない変わり様だった。
そこで彼は数学の魅力にとりつかれ、今の仕事にも繋がっている。
しかも、Aは猛勉強の一方で俺達と変わらず友人でいてくれた。
もし逆の立場であったら、俺は他の二人を遠ざけていたかもしれない。
「僕は、そんな彼に、器の大きさも感じました。高校受験は、失敗を成功に変えた、彼のターニングポイントだと思います。そして次のターニングポイントは…」
(スケッチブックをめくるD)
「お母さん」
この結婚式で、俺が一番話したかった事。それはAとお母さんの壮絶な闘病生活だった。
今日という幸せで、素敵な日にいたるまでには、Aの葛藤の日々があった。
実家青森で、癌と戦う母親のために、彼はありとあらゆる事をしてきたと思う。
癌について独学で勉強し、癌センターに足を運び、最新のワクチンがあると聞けばそれを取り寄せる。病気に効く水があると聞けばそれを探しに行き、
漢方やサプリメント…藁にもすがる思いで彼はお母さんの病気を治そうとした。
彼は決してあきらめなかった。
お母さんがもう末期で助からないと聞いたのは、お母さんが亡くなる直前だった。
俺は、てっきり回復してきているものだと思ってい…だって、Aは決してもうダメだと言わなかったから。
絶対に良くなる。少しずつだけど回復してきていると言い続けてきたのだ。
だから、実は医師にはもう助からないと言われていると聞いた時、俺もショックだった。Aのお母さんには、中学時代英語を習ったり、いろいろ世話になっていたので、俺も良く知っていた。
Aは俺にこんな事を言った。
「陽永ならどうしてる?…仕事辞めて青森帰って、側にいてやるよね…俺はそれができなかった。」
俺は、胸が潰れて何も言えなかった。初めて俺に、本当はもう母が助からないという残酷な事実を告げ、それでも気丈に振舞うAを目の前にし、自分は今一言でも発すれば、泣き崩れてしまいそうだったからだ。
「自分は、今だから言えます。そんな事ないよ。側にいてやれればいいってもんじゃない。慣れない仕事に必死になりながら、お母さんの事もあきらめなかったAだから、お母さんも最期まであきらめずに頑張ったんだと思います。」
実際に、時間さえあれば青森に帰るという生活をしていた。
何かを得るために、何かを捨てるという選択…年齢を重ねれば重ねる程、いろいろな場面で迫られるだろう。でも両方大切なものだったら…
俺は、先にどっちかを諦める人間より、大切なものを両方、必死になってとりにいく人間の方が好きだ。それでも、両手からこぼれ落ちてしまったものはしょうがない。
最初から何かを諦めて手に入れるものにどれ程の価値があるのか。
甘い考えだと笑われても、その考えは変わらない。Aが証明してくれた。
「慣れない仕事を必死に頑張りながら、母親と一緒に最期まで闘ったAを俺は心から尊敬します。そしてこの受け入れ難い悲しい経験が、またAを大きくしたのでないかと私は思います。…そして最後になります。三つ目のターニングポイントは…」
(スケッチブックをめくるD)
「Tちゃん」
これはもうオチを読まれていたかもしれないが、しょうがない。新婦のTさんである。
結構な頻度で部屋に飲みに来ていたAがパタリと来なくなる。間違いない…女やなぁ~( ̄▽ ̄)しかも、いつもなら、こんな子なんだけど、どう思う?的な、男子トークもない…これは、本物かもな~と…それが新婦のTさんだった。
こんな真っ直ぐで、周りが見えなくなるところがあるA。もちろん友人として支え合いながら生きてきたが…やっぱね、友人には限界があります。ちゃんとAだけを支えてあげられる存在が、Tさんだった。たぶん、彼女がいたから、お母さんの死という事実にも立ち向かえたんだと思う。
「二人はパズルのように、お互いを埋めあっていると思います。」
「え~大変長くなりましたが、これを友人代表のスピーチにさせていただきます。
どうも、インド兄弟でしたー!」
はぁ~終わった~友人代表スピーチ!
席につくインド兄弟。
「…陽永、20分近くしゃべってたよ」
と、D。
「嘘!…またまた~15分ぐらいでしょ!」
ま、15分でも長いんだが…事前に司会の方から、どんなに長くても10分以内でと言われていたから。。。
…完全に会場スタッフさん側からは迷惑なスピーチだったろうな…
チラッとAの顔を覗いて見る
顔は穏やかだった。
…セーフ!?
ま、一生に一度だしいいか!
その後も楽しくて、幸せな時間が続いた。
意表を疲れたのが、ウエディングケーキならぬ、ウエディングローストビーフカット(笑)
新郎がコックさんの格好をして、巨大なローストビーフに新郎新婦がナイフをいれるのだ!
あ!肝心のローストビーフが写真にうつってない!ごめんね( ̄▽ ̄)
その後、ちょっと酔いがまわったAの上司である部長さんがインド兄弟に近づいてきた!
怒られる!?と思いきや上機嫌で握手をしてくれた。
部長さんは、Aのお母さんの話を結婚式でしてくれた事が嬉しかったのだという。
ホッとした…
いい結婚式だな~
心からそう思える式だった。
ほろ酔い気分のインド兄弟。
「Dさ、一回なんかのコンテストに二人で応募してみる?インド兄弟で」
「おまえが本書くなら…ま、一回ぐらいでてもいいけど。」
「またおまえ喋らない設定?」
「いや、今度は俺にも喋らせろ!」
なんて話をしたりして…インド兄弟がどうなるかは、まぁ~また別の機会にでも。
家に帰っても、まだ結婚式の幸福感が抜けない感じ。
引出物にそえられた手紙が目に入った。
Aからだ。
そこにはぶっきらぼうな文字で、死ぬまで友達でいてな~と書かれていた。
いやいや、死んでも友達でしょ~。てか字下手過ぎでしょ~。
照れ臭いけど、素直に嬉しかった。だから、恥ずかしいけど、ブログにも載せた。こんな手紙もらう事なんてめったにないだろうから。
友達って数じゃないんだよな。
一生付き合って行きたいと思える友達がいる事に、感謝。
この先、俺やA、Dにどんなターニングポイントがあるのかわからない。
幸福なのもあれば、受け入れ難い悲しい出来事もあるだろう。
ただ、小学校から一緒だった奴らが、そのターニングポイントを迎える時に側にいてくれたら、これ程心強い事はない。
…後日、出席者の友人から写メが届いた。
P.Sいいスピーチだったけど、ネタ合わせする場所は、考えた方が良かったね。出席者控室から丸見えでした(笑)
…やっちまった。
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