誰もが普通学級で学び育つために…(柿のたね通信1998年10月) 

※13年前の過去の記事です。

今年もまた就学時健康診断が実施されます。

実際子どもたちを振り分けるための進路指導はそれ以前から始まっていますが、ある意味でシンボリックな存在である就健に対して、私たちはこれまでも反対するビラまきを目黒区内全体で続けてきました。

子どもたちにとって社会生活の基礎となる小学校から普通学級で過ごすことは、誰もが地域で生きていくための第一歩として非常に大切なことだと思うからです。

そしてこのことは障害児とその親たちにも考えてほしい、そのきっかけになればと願っているからです。

現在目黒区では本人とその家族が強く希望するかぎり普通学級への入学は拒まないということになっていますが、それは受け入れるのとは程遠い隔たりがあります。

実際入学後も家庭はことあるごとに呼び出されて進路指導を受け、特殊学級への転級を迫られたりしていますし、学校での介助に親がでてくるのは半ば当たり前という状況が続いています。

もちろん中には懸命に受け入れようとする学校や担任の先生がいる場合もあります。

けれど校長の移動で状況が一変したり、学年が進んで担任が替わるたびに障害児とその家族は不安を感じなければなりません。

そして時には同じクラスの親からも、あの子がいると授業が散漫になるとか、親切にしているのに感謝もしない子はいるべきではないなどと中傷ともとれる非難を受けることさえあるのです。

表面的にはみんなで仲良くしましょうと呼びかけていても、学校のこうした対応に子どもたちの嗅覚はとても敏感です。

そして家族が疲れ果て、特殊学級に転入しようものなら学校はこぞって、本人のために家族が望んだことだと口を揃え、子どもたちにはやっぱりあの子は違う子なんだという意識が植え付けられていきます。

これは決して他人事ではありません。

その状況を黙認して障害児とその家族を追い込んでいるのは、その学校に通うすべての子どもたちの親なのですから。

沈黙は美徳ではなく、時として罪になることさえあります。

積極的に非難していなくても、それに対して異を唱えなければ結果は一緒です。

障害児のいる家族はいつも孤独と不安を感じています。

そんなとき同じクラスの親たちに、いっしょにがんばりましょうと声をかけられることが、どれだけ心強く感じることでしょう。

先生たちは替わることがあっても、子どもや親は基本的に6年間一緒です。

多くの場合それは中学校まで続いていきます。

そこで仲間を作り関係を育てていくことこそ、誰もが一緒に生きていくために必要なことではないでしょうか。

子どもたちもそんな親を見ながら成長していきます。

今の学校は障害児だけではなく、かなりの子どもたちにとって居心地の悪い場所になっていて不登校の数も年々増えています。

よく社会的弱者にとって優しいものはすべての人に優しいといいますが、よりピュアな子どもたちの社会である学校こそまさにそうあらねばならないのに、現実は遠くかけ離れています。

しかし、学校が悪い社会が悪いと非難ばかりしていてもなんの解決にもなりません。

どうすれば、子どもたちにとって居心地のいい環境になるのか、他人まかせではなくひとりひとりが真剣に考えて発言し、行動することが大切なのではないでしょうか。

いま沈黙するのは、子どもたちの未来を放棄することになるのです。

今年も就学時健康診断を考える集いを行います。

講師は、障害をもった子どもが通う小学校で仲間を作りながら頑張っている武蔵野市在住の宮崎真佐美さん。

テーマは学校に入ってからのあれこれについて、体験に基づいていろんな話をしていただきたいと思います。

そして是非みなさんの参加をお待ちしています。

活発に意見を出し合い、どうすれば現状を変えることができるのか、みんなで一緒に考えたいと思います。

よろしくお願いします。