先日職場で若い同僚たちが、演歌を自ら聞いた事がないと話してて、
「そりゃそうだろう」と思ったけど、彼らの親も演歌は聴かないと言う。
彼らの親といえば、若ければ40代〜で、もしかしたら70代の場合もあるかな?
私は演歌がキライ。
天城越え…すごい怖くて気持ち悪い。
なに、あの執着。ストーカー以上?
テレサ・テンの歌も共感できない。
自分勝手な男に、そばに置いてと請う気持ちが理解できない。
Mっけがあるのだろうけど、なぜあれほどこの歌が好きな人が多いのだろう。
私なら見切りをつける。
っていうか、自分勝手だなー!とか、私粗末に扱われてる!?って思った時点で冷めてしまう。
不倫と言っても、気持ちが割り切れないのか人というもの。
結果的に不倫となってしまう事はあるし、悲しい別れも、人を傷つけてしまうことも、時にはやむを得ず、理屈通りになど生きられないものだと言う事は、よくわかっているけれど、
なぜこれほどまでに沢山の人に共感されるのか、主婦にも受け入れられているのかが謎。
さらに、不倫の歌を好んでカラオケで歌う人達が、芸能人の不倫となると一転して「許せない」と非難するのが又、よくわからない…
芸能人とはいえ、恋愛感情は時に制御しきれないことは、私は理解できるのだけどなぁ。
そういえばカラオケの定番の演歌に新しい曲ってないよね。
さっきたまたまテレビで「北酒場」が流れたけど、確かにバブルの頃はこんな出会いや、成り行きが結構普通だったかもしれない。
酒場で一夜の恋を期待するような。
うっかりそんな相手と勘違いされないようにと、気を付けるのも常識だったように思う。
今はどうなのか知らないけど、今の若い人はもっと用心深く自分が傷つかないように、損をしないように、恥をかかないように、そしてマナーを守り他人を不快にしないように気を付けてる人が多いような気がする。
その分、簡単に恋愛や結婚の流れに辿り着きにくいような…?
そういう意味では、演歌のノリも役割があったのかもしれないなー。
恋愛や人生のあれこれを、全肯定できるパワー。
あんな恋もこんな出来事も時にはあるよねー
衝動的に流されちゃうことあるし、
失敗しちゃったり…
騙されて捨てられちゃったり
不倫で不幸ぶったり、
周りを不幸にしちゃったりの後悔なんかも…
マァ色々あるけど、
歌になぞらえ酔って歌い上げちゃえば、よくあることの一つだよ。
みたいな、肯定感。
みんな失敗しながら、自分の幸せの形を探してる。
ダメと言い切らず、みっともなくてもあれこれやってみて良いんじゃない?
未練引きずっても良いのよー。
そんな演歌をみんなが歌うことで、大丈夫👌
な、感じ。
だから、繰り返し失敗しても、失恋ばかりでも、みんな生きてこられたし、アタックを繰り返してトライできたし、
そして、自分を捨てた恋人を殺さずに済んだのかもしれないね。
今は、自分が傷ついてまで恋人が欲しくもないと言うし、自分を傷つけるものが許せない人も多い。
演歌の世界に浸ってしまえば、泣いて歌ってスッキリ出来ることなのに、演歌を歌わないから逃げ場がみつからないのかも。
演歌とは…
未練がましい自分
振られて惨めな気持ち
割り切れなさ
恐ろしいほどの執着心、
又は軽薄な欲望や、その場しのぎのアバンチュールを欲したり、
不倫にはまって戸惑ったり。
そういったあれこれ、
つまり情けない人々の普遍的な営みを励まし、笑い飛ばしたり、酔ってみたり…
なんだかんだ肯定し許し合って生きていこうと言う
そんな役割があるのかもしれないですね。