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はぐれパイロットの冒険 〜海外・アメリカ偏〜

日本でパイロットになる常道からはじかれてしまった。それでも諦めず、海外に渡り、なんとかパイロットになりたいと必死に挑戦し冒険してるもののブログ。

前回はオーストラリアでラウンドにでたってところまででした。


その生活は町から町へと移動し、ほぼ毎日テントをたててというものでした。
それが一番安かったからです。
今考えると、なかなか凄いでしたねw

時には、次の町まで行き着けず、荒野のど真ん中でテントで眠ったなんてこともありました。
ほんとはこれは法律で禁止されていたのですが・・・。
でもそのときの周りになんの光もないところでみた星空は最高のものでした。

そして、同じような人と出会い、話をしたり聞いたりして
日本にずっといたら経験できないようなことをたくさん体験しました。

それぞれの人の生き方や、考え方、常識。
自分が抱えていた常識というものが、いかに偏っていたのかものだったか。

生き方は一つではない。

何が正しくて、何が悪いなんてことはない。
ただなんとなく流されて人生を決めていくのではなく、
いかに自分で決断し、自分らしく生きる。
自分の人生なんだからちゃんと自分で選択して生きていこう。
そう思いました。



そしてあるとき、ある田舎町の片隅で、ヘリコプターが離陸していくのを見かけました。
それはDr.ヘリで、僕は目が離せませんでした。


そして、忘れていたものを思い出したのです。




俺はパイロットになりたかったんだな・・・と。



パイロットの夢を諦めて、なにをしようかと考えてたとき、
なにか人の役に立てるものがいいなと思っていました。

人の役に立てて、ちゃんと実感できて、やりがいのありそうなもの。

そんなものはたくさんあるのですが、当時僕が漠然と思っていたものは
レスキュー系の仕事でした。
やっぱ体育会系ですねw


でもそのDr.ヘリをみたときそれがつながったのです。
パイロットでもありレスキューでもある。



そう、Dr.ヘリのパイロット。




それを機にその夢を新たに、抱くことになったのです。

そしてその夜に、

視力を悪くしたけど、なにかまだ方法があるのではないのか?
やれることがまだあるのではないか?
視力のことを言い訳に、諦めていただけではないのか?

なんてことをもやもやと考えていて、とりあえず


やれるとこまでやってみよう


と決心したのです。



つづく・・・


前回はオーストラリアにワーホリで行ったというとこまででした。


そもそも、なぜ海外に行ってみたかったのかというと、
単純にもっといろんなところを見てみたかったというのがありました(きれいごとw)

もともと新潟から東京のほうに出てきてたのですが、
今度は日本からも飛び出してみたくなったのです。


そしてなにかやりたいことも見つかってないのに、
ただいい会社に入るためだけに就職活動をすることになんか納得できなかったのです(こっちが本音)。
今となっては何を甘いこと言ってんだかと、しみじみと思いますがw

でも、あのときの感覚は今でも覚えてます。
周りが必死になってとにかくいい会社に入ろうと躍起になってる・・・。
頭では普通に大切なことだと分かってるんだけど、体がうけつけなかった。
受け入れられなかった・・・。
なんか違うと。
うまくいえないけど、なんか違う。



生産ラインにのっかってるように、同じような人生がどんどん作られていく・・・。
違うよみんな、ちゃんと自分の人生、自分で考えようよって叫んでた・・・。



でももとをただせば、パイロットの道を見失ってからウヨウヨしてたってことです。

そんで、自分探しなんて言い訳をしてかっこよさげに海外に飛び出したのです。
悪く言えば逃げ出したってとこです。

で、そっちでの生活はというと・・・。
考えられんほど楽しかった。
あんな生活はきっともう2度と送れないなw

ケアンズにいた頃は語学学校に適当に行って、そこで友達も出来て、毎日毎日遊んでた。
ひと月くらいホームステイしてたんだけど、
そこの家庭環境というか人間関係が昼ドラみたいになっていずらかった。
今となっては笑い話だけど、当時は辛かったなw
今日はその話は割愛。

ホントの意味で自分探しできたのは。

ラウンドと呼ばれるものにでてからだった。

それは、車やバスやらでオーストラリアを旅してまわるというもの。
バックパッカーズなんてやつらもそういうことやってる。
でっかいバックパック担いで町から町へと渡り歩いて旅してる。


僕は友達と二人で安い中古車を購入してケアンズをあとにした。


その旅が、僕の人生を大きく変えることになったのだ。

つづく・・・。
前回は、致命的な問題が浮上したってとこまででした。

そのことが原因で一度はパイロットの道を諦めてしまったのです。
その致命的な問題とは・・・

そう・・・


視力です。


当時、視力は裸眼で1.2とか1.5以上ある必要があったのです。
せっせと受験勉強に励んだせいでその肝心の視力を落としてしまったのです・・・。


つまりそれは、受験資格がなくなったことを意味してたのです。


とは言うものの、とりあえず大学にも入ることは出来たし、
これから先のことは改めて考えていけばいいやなんて、のんきな態度で大学生活を
送っていました。


とはいえ、当初の目的を失った僕は、ただなんとなく日々を送ってました。
サークルなんかにも入り、楽しい生活は送っていたのですが、
肝心の将来のことなど、まったくどうしていいものかまったく分からなかったのです。


そして漠然と留学を考えるようになりました。
そこで、いろいろ調べてみたら、留学費用のなんと高いこと・・・

家は普通に大学にはだしてもらえるくらいの恵まれた環境でしたが
さすがにその値段には引きました。

そんな折に、友達から安く海外生活が出来る方法を聞いたのです。


そう、


ワーホリです。


ワーキングホリデー。メインはホリデー(休暇)ということですが、
バイトもできるという、とにかく海外生活をしてみたいという人には
とっても魅力的なプログラムなのです。


これなら、とにかく安くすませられる

とうことで即決断。

学校には休学届けを提出して、大学3年生の課程を終了したところで
一路海外に飛び出したのです。


向かった先は


オーストラリアはケアンズ


つづく・・・