C+O2→CO2+Q(cal)
酸化によりエネルギーを得る化学反応は、石炭や石油、天然ガスといった炭素燃料を燃焼して人々の暮らしに役立てる際に、また生体が食物から得た炭水化物、脂質、蛋白質などを酸化して生命活動を営む上でも重要な化学反応である。
ただ、上記の熱エネルギーのすべてが、自由に使えるエネルギー源となるわけではない。
外部に散逸する熱が発生することなどを考慮すると、発熱反応により発生するエネルギーの一部が「仕事W」として利用できる。その効率を高めるために技術開発が進められている、また、排出される有害物質による健康被害、散逸する熱による温暖化を抑制するためにも技術開発が進められている。
大学の化学では、物理化学や生命科学分野において、自由エネルギーであるとか、エントロピーであるとかいった概念を用いて議論が進められている。T⊿S=⊿Qなどと等号で表されているならばまだしも、不等式で表現されてくる場合があり理解を困難にしている面がある。また、高校の物理で学ぶ「自由エネルギー」は、物理化学における自由エネルギーとは異なり、分子の運動エネルギーや回転エネルギーだけを考え、化学的なエネルギーを含まないものとなっている。このようなことも学習に混乱をきたす一因となっている。
以下では、自由エネルギーがどういった概念であるのか、トランポリンの比喩等を用いてできるだけ直感的に理解できるよう簡単に説明してみたい。
木の枝1にサルがいる。その木の下にはトランポリンの上で寝ているサルがいる。木の枝1からサルが地面に落ちている木の実をとろうとしてトランポリンにめがけてジャンプした。トランポリンに着地したサルに代わって、トランポリンに寝ていたサルが飛び上がった。寝ていたサルは木の枝1より低い木の枝2の位置まで到達した。
2匹のサルの体重が同じだとすると、位置エネルギーの減少分はどこにいったのか?
空気抵抗による摩擦熱として散逸したり、トランポリンに着地したサルも少しは飛び上がってしまったりしてそのエネルギーに使われてしまったと考えられる。
木の枝1にいたサルの位置エネルギーすべてが、トランポリンに寝ていたサルに伝達されるわけでなく、位置エネルギーから熱エネルギーや仕事に使われたエネルギーを差し引いたエネルギーが、自由に使えるエネルギーということになる。
内部エネルギーの変化すべてが、他の仕事に使えるわけでない。内部エネルギーの変化から、それに伴って外にした仕事、散逸した熱を差し引いたものが、自由に使えるエネルギーだということになる。売上のすべてが利益でない。諸経費を引いたものが自由に使える予算である、といったかんじなのである。
*たとえば、窒素と水素からアンモニアができる反応は発熱反応である。
この反応に伴って発生する熱は、内部エネルギーの変化のみに由来しない。
1モルと3モルの反応により2モルのアンモニアができ、結局4モルから2モルに総モル数が減少。標準状態、理想気体としてP⊿V=⊿n・RT<0
⊿H=⊿U+P⊿V(⊿U<0)は外からされた仕事を含んでいる。
ここからさらにT⊿Sを引いた⊿G(<0)を自由エネルギーという。
これが負となる方向に化学反応は自然に進行する。
自由エネルギーは各物質のその時のモル濃度によっても変化する。
太陽が放出するエネルギーにより植物は、CO2とH2Oをもとに光合成(同化)をすることによって糖を合成している。植物は光合成により合成された糖を異化(酸化)することによってよエネルギーを利用することができる。
草食動物は、角に葉っぱが生えているわけでもなく光合成はできないので、植物を食べて、植物が合成したエネルギー(糖分など)を横取りして、エネルギーを得ているともいえる。肉食動物は草食動物などを食してエネルギーを得る。動物もこのようにして消化・吸収した糖分などと、呼吸によって血液内に循環する酸素とが反応が結合して、植物と同様酸化によってエネルギーを利用する。
地球のエネルギーは、石油や石炭、天然ガスなどとして蓄えられており、人間がこれらを利用して、つまりこれらを燃焼(酸化)してエネルギーを得ている。
いずれも、酸素と結合してエネルギーをつくる過程において、CO2を排出する。これは地球温暖化につながるといわれている。太陽は生物界にエネルギーという恵みを与えてくれている一方で、様々な副作用もある。心身の健康のために、太陽を浴びましょうと生活指導されるが、一方で過度な日光照射は特に中年期以降お肌や目に悪影響を及ぼしかねない。太陽のエネルギーは、太陽が燃えている(核融合している)限り絶えないが、地球のエネルギーは有限である。SDGの観点からもどのようなエネルギー政策がのぞましいか考えていく必要がある。
物理化学のエネルギーは「安定」に、エントロピーは「自由」に関連している。これらを包含する概念が、後に学ぶエネルギーもエントロピーも含んだ自由エネルギー概念等ということになる。前者は範囲を決めれば極値が一つだけ定まるが、後者は一つに定まるものではない(一か多か、普遍性か多様性か)。おおよそ自然も社会も、統一性・秩序と多様性・自由がせめぎ合っており(どちらか一方に過度に振れると不安定化)、双方を調和させつつも最大化しようといった方向に進むものと考えられる。