先日、うちの次男(16歳)が電動バイクを買ってきた。
オーストラリア国内では普通のオートバイと同じ扱いで
免許も必要だし、車両登録も自賠責保険の加入も義務付けられている。
実際、彼は以前、レース用の小さめのエンジン付きのモトクロスバイクを

友達と乗り回し、一般住民から通報を受け警察に捕まっており、
その時に電動バイクもエンジン付きのバイクも同じだと説明を受け
次にもし同じことで捕まったら罰を科されると言われている。
にも関わらず、親の制止も聞かずにバイクを個人売買で購入し
また公道で乗り回すつもりらしい。

 

 

そのことで妻と頭を悩ませ、どう対処したら良いものかと。
話をしても話にならない。ただの電動バイクだと。みんな乗っていると。
確かに乗っている子供たちはよく目にする。それを厳しく取り締まらない
警察にも問題はあるとは思う。
警察も通報やら苦情やらがない限り動かないと言うような感じではある。
でも一回捕まっているのだから、
その辺の子とは違うと言っても聞く耳がない。
仕舞いには声を荒げ怒鳴り散らしてくる。
それは許せないとこちらも熱くなり
取っ組み合いになる。
と言った具合だ。

 

 

その騒動の後、晴れない気分のまま愛犬の散歩の時間になったので
いつものようにしばらく歩いていると、見慣れない看板が目に入った。
それが冒頭の写真。"SON" が目に飛び込んできた。

 


どうも聖書の中の一節らしい。

For God so loved the world, that He gave His only begotten Son,
that whosoever believeth in Him should not perish, but have everlasting life.
— John 3:16 (KJV)
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。
それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つため
ある。』
— ヨハネの福音書 3章16節

 


キリスト教の教えの核心を表すとされる一文らしい。
”何か天からのサインなのではないか?”と妻と話して、
自分たちはやれる事はやっているし、できる最善は尽くしている。
息子からお金を取り上げて、監禁しない限り阻止することはできないだろう。
そうゆうことはやりたくはないし、やったところで逆効果だろう。
だからあとはもう息子の選択であって、捕まって罰を受けようが
事故を起こそうが、それは受け入れるしかないと言うことだろうと。
そんな息子でも愛し、見守り、赦すと言うことだろうと。


子育てって奥が深い。
放っておけば子は育つとは言うが、放っておく、”おき方”も
ただ放っておくだけではダメで、そこにはやはり愛が必要で。
見守るか。赦すと言ってもクソ生意気な態度はやはり腹が立つ。
自分自身の修業でもある。
店をやっていた時は育児は妻に丸投げ状態だったので、
次は私も子育て修業と言うことか。
考えさせられます。