こんにちは!

ローフード発酵LAB
料理教室Happycheesekitchen 主宰
料理家の安藤千英です。
 
ちょうど3年前の今日。
 
私の人生を変える出来事が起きました。
 
産まれた時の体重3750gの女の子
5月末の誕生日で、2歳。
とにかく、おしゃべり!
そして、元気いっぱい!
 
何の問題もなく産まれてきた娘です。
 
五体満足。。。
当たり前であり、一番幸せな事。
 
所が
 
私の一瞬の気の緩みから、
事故を起こしてしまいました。
 
当時高校3年生だった長男に
ご飯の支度をする間、見てもらっていました。
 
おちびちゃんが楽しみにしていた
リボンパスタが
ちょうど茹で上がりました。
 
ざるにあげようと鍋を流しに移動する…
その瞬間。
 
満面の笑みで、部屋に入ってきて
「マミーィ💕」
 
と言って私に抱きつきました。
 
「あ!危ない!」
 
そう叫んだ時、そのパスタの鍋が
娘の頭の上から…
 
 
大急ぎでお風呂場に連れていき
シャワーで水をかけ
 
「救急車呼んでー!!」
 
と、叫びました。
 
 
 
 
それから、大学病院へ行き
数週間、ハイケアと言う病棟で
24時間監視の病室での治療でした。
 
はじめの数日は
高熱との戦い。
生きるか死ぬか。
 
ピッピッとモニターで心拍など
いろんな装置がつけられていました。
 
入院した次の日からは、
お風呂で全身の洗浄。
 
包帯でぐるぐるに巻かれた顔、身体、手、足。
 
あんなに笑っていた娘が
おしゃべりだった娘が
発する言葉は
 
痛いよ
マミーィ助けて
 
力ない声で
 
 
地獄ってどんなとこだろ
神様っているのかな
死ぬって…
 
毎日毎日そんなことばかり考えていました。
 
疲れ切った私は、たまに病院から出て、
ほんの数時間自宅へ帰ったりしました。
 
痛い痛い、こんな時間もずっと痛みと戦っている娘のことを思うと、自宅に帰って息抜きする私は逃げているのか?とか。
 
娘は、入院以来ご飯も食べません。
 
うどんはどう?たべる?
 
そう聞くと
「うん。」
と言うので、下の食堂から持ってきて食べさせていました。
 
でも、3本くらい食べて
「もういらない」
 
毎日そんな感じでした。
 
皮膚の再生で顔は一番にきれいになりました。
 
唯一、私の母が持って来た
大好きなアンパンマンの絵が載った
魚肉ソーセージや
アンパンマンの絵が載った
チョコレート菓子
それだけは興味を示し食べました。
 
小児病棟へ移りました。
相変わらず喋りません。
食べるのは↑お菓子だけ。
 
1ヶ月後、退院。
しかし、毎日お風呂に入れなければいけません。
でも、私はその時はまだ傷口を見る事が出来なかったのです。
 
見ると胸が苦しくなり、息もできない。
 
医師に相談し、毎日大学病院で洗浄してくれることになりました。
 
3ヶ月は通いました。
 
ある日、お誕生日のご褒美にと
アンパンマンミュージアムへ連れて行きました。
 

「アンパンマン!」
そう言って、買ってあげた
アンパンマンパンをパクリ!!
 
ミュージアムの中にあるレストランへ入ると、
首の下から見える包帯にびっくりされたスタッフの方々が、窓際の席を準備してくださり
アンパンマンやバイキンマンなどのキャラクターを連れて来てくださいました。
 
今まで、自分から食べようとしなかったのが
ここで初めて食べてくれた♪
 
ミュージアムに住もうかな‼︎と思うくらい
嬉しかった!
 
(そうそう!1年後同じレストランへ行ったときに、スタッフの方が駆け寄ってこられて
あれから、伝説なんですよ!とおっしゃいました。アンパンマンのおかげで食べなかったご飯食べるようになったって。四国の方のミュージアムでも、ちびちゃんのお話をされたとのこと。
今年も、行かないとねっ)
 
家に戻っても、実は私がダメだったんです。
 
それは、キッチンに立つことが出来ない。
鍋やお湯、キッチン。
それはあの日の出来事に繋がるもので
涙があふれてくる。
 
だんだん痩せていく娘。
 
でも、アンパンマンミュージアムで
嬉しそうに食べていたパン!
 
「人間の体は食べたもので出来ているんだ!」
「この子の体も食べたもので作られているんだ!」
 
娘の姿を改めて見つめて気がついたことでした。
 
それまで、なんとなくやっていたマクロビを
しっかりと勉強し直しました。
 
でも、なんか変わらない。
 
そんな時に出会ったのがローフードでした。
 
自分自身の体もみるみるうちに
蘇るような感覚!
 
娘の肌の再生のために!
笑顔のために!
とにかく、毎日が必死になっていました。
 
もちろん、現在もそう。
 
あれから3年。
 
毎日、火傷の跡、ケロイドの激しい痒みは続いています。
夜中、しっかりと眠れない。
寝付くまで、胸をさすってあげています。
 
昨日は
「この火傷のところ、取って!」
と言われちゃいました。
 
何も答えれません。
 
以前の私は、こんな話出来ませんでした。
それは、
“かわいそうに”
と言われたくないから。
 
娘は、かわいそうな子でもなんでもない!
私がこの傷をゼロにするのだから!!
とにかく、気持ちを奮い立たせて
必死でした。
 
ローフードを初めて
レッスンをするようになった頃から
火傷の話をするようになりました。
初めは、泣いちゃってだめでした。
 
でも、それでも話しました。
それは、過去の出来事だと認識して
次へと向かうため!
 
今の私があるのも、娘のおかげ!
娘のために、娘の肌の再生のために!
 
それが私の原動力となっています。
 
今まで、普通の主婦をしていた私。
娘の為にと必死になってやっているうちに
いろんなものが繋がって
今の形になって。
 
 
今年の冬からまた新しい治療が始まる予定です。
まだまだ、ゴールではありません。
先のことは全く見えません。
 
この、人生を変えた日を私は何度もやり直したいと思いました。
目が覚めたら夢だったらいいのにと。。
 
でも、向き合わなければいけない。
向き合うことによって、強くなる。
前に進める。
 
時は戻らない。
 
身体を張って教えてくれた娘のために!
 
また、新たな決意をしました!
 
Yuyu頑張ろうね!
 

 
ちょっと長かったけど
 
最後まで読んでくださりありがとうございました!