享年91歳。
参列した親族のすべて、弟さん妹さんたちも皆「声を荒げたところを見たことが無い。」と口をそろえて言ってた義父。
穏やかな人柄は私らが訪問したときに限らず、また高齢になってからのものでも無く、常日頃からそうやったんやね。
昨年12月に腰が痛くて立てない、と入院してから3か月。
「いい時に逝ってくれたよね。そういう人なんだよ、この人は。全部わかってたんじゃないかしらね。」と義母も感心するように、本当に私たちにとっていい頃合い(と言うのも変だけど)だったように思う。
最初の入院ではコルセットだけ作って特に治療は無く、そのままリハビリ目的で病院併設の介護老人保健施設に入所。
歩けるようになってもならなくても3か月後には出ないといけないということで、次の施設の検討も始めた。
1月に発熱したため病院に転院され、医者から覚悟するよう言われるも、胆管炎の診断が付き、手術で事なきを得た。
2月に施設に戻り、3か月のカウントがリセットされて良かったよと主人から冗談も出るくらい回復していた。
驚くことに、2度目の施設入所では、歩けはしないけど自分の足で立てたりもしたようで、立てなくなっていたのも胆管炎が原因だったんじゃないかな・・・と自立歩行の望みも抱いたりした。
ところが3月6日からまた発熱し、病院に舞い戻り今度は肺炎という診断が下された。
9日の時点で、医者から「一両日中・・・」と言われ、11日にはモルヒネを投与し「あと数時間・・・」とまで言われたが、頑張って、頑張って、頑張って15日朝に逝去。
主人や義姉2人は実家近くの病院に行ったり来たりがずっと続いていたし、私たち親子も時間の許す限り顔を出していたから、きっとこういう状態が長引けば、疲れが出てきて色んな意味で文句や愚痴も出ていたかもしれへん。
みんなが出来るだけのことをしたと自己満足出来るくらいの看病を必要とし、そしてそれほどみんなの迷惑にならないようなタイミングで逝ったんだよね、お義父さん。
すごいよ。
心細いだろうからと、義父母に内緒にしていた主人の単身赴任も、昨年の春には任を解かれ自宅通勤していたからこそ、まめに足を運べたし、昨年秋には主人も息子もそれぞれ新車に買い替えたおかげで、親戚に向けての体裁もいいし、足の確保もたやすいというあれやこれやが、ほんと見計らっていたかのよう。
あとは、一人残った義母のことが心配だけど、同居というのも現実的じゃなく、当面は出来るだけ声をかける、顔を見せるようにするしかないかなぁ・・・