希『今日も来ない、か……』
私はいつも政宗と会っている場所で、
そっとため息をついた。
あの日以来、何度かここに足を運んでいる
ものの、政宗とは顔を合わせていない。
(忙しいのかな。それとも……この間、あんな
ことがあったから……?)
政宗『オレはただあんたを抱きたいん
じゃない。身も心も、オレのものにしたい』
『いつかあんたがオレを求めて……オレなし
じゃいられなくなったら、そのときは
抱いてやるよ』
(あんなこと言ってたけど、私がなびかない
から面倒になったのかも……)
私はもう一度、小さく息を吐き出すと、自分
の城に向けて馬を走らせ始める。
(私……いつの間にか、政宗が来るのを楽し
みにしてる)
何だか悔しいけれど、それを認めない訳には
いかなかった。
数日後。父上の城で茶会を催すことになり、
私も出席することになった。
濃姫『今日はお客さまもいらしています
から、きちんとしてちょうだいね』
用意されていた着物に着替えると、母上は
満足げに頷く。
濃姫『綺麗だこと。こうして着飾れば、姫
らしく見えるのに……』
希『ありがとう。でも、こんな堅苦しい
格好するのは、今日だけよ』
仕方ないとため息をつくと母上とともに、
私は茶室に向かった。
茶室に入ると、壁際にずらりと風格ある
武将たちが並んでいた。
その中に見知った人顔を見つけ、私は思わず
立ち止まる。
政宗『……!』
彼も、私を見て目を見開いていた。
政宗『(希……)』
声には出さず、政宗の唇が私の名前を呼ぶ。
(ああ……知られちゃった)
いつまでも隠しておけるとは思っていなか
ったけれど、予想より早くその時が訪れて
しまった。
(できるなら、『敵の娘』だと知られてしま
うのは、もう少し先で良かったのに……)
私は視線を政宗から外すと、茶を点てるため
に釜の前に座った。
点前が終わり、全員に茶を振る舞ったあと、
招待されている武将が一人が口を開いた。
信玄『まさか信長殿にこんな姫がいたとは
……知りませんでした』
信長『ああ。何しろお転婆な姫で、この城
に閉じこもっているのが性に合わないよう
だからな』
『これまではなかなか表に出す機会がなか
ったのだ』
信玄『しかし……お美しいですね。お点前
も素晴らしかった』
希『恐れ入ります』
信長『ハハッ。武田殿は娘が気に入ったか』
父上が不快そうに笑うと、武将--武田信玄が
照れたように頭を掻いた。
(この人が、武田信玄……)
政宗『けれど、なぜ今になって、姫を正式に
お披露目しようと思われたのですか?』
それまで黙っていた政宗が切り出す。
信長『どういう意味だ?』
政宗『実は……先日、ある噂を耳にしまして』
信長『噂?』
政宗『はい。信長殿が引退を考えている、
と……』
政宗の言葉に、私は目を見張った。
(まさか父上に正面から聞くなんて……)
信長『ハハッ。ひどい噂だな』
『残念ながら、私はまだそんなつもりはない』
政宗『そうでしたか。私はてっきり、姫の
結婚相手を探して』
『家督を譲られるつもりなのかと思って
いました』
信長『フフ……それに見合うだけの度量を
持った男がいれば、そうするかもしれんな』
腹を探り合いのような会話が続く。
私は堂々とした態度で父上に接する政宗を、
半ば驚きながら見つめていた。
(父上の前では萎縮してしまう武将もいるの
に……この人はいつもと変わらない)
(やっぱりすごい人なのかも……)
茶会が終わり、私は場内を歩いていた。
廊下の角を曲がろうとしたところで、向こう
から知っている声が聞こえてきて、
思わず陰に身を潜めて覗いてしまう。
政宗『……な、構わないだろう?』
女中『でも、そんな……困ります』
そこには若い女中の肩を抱き、顔を寄せて
囁きかけている政宗の姿があった。
私は思わず、その場を逃げ出した。
政宗『オレはあんたが気に入った。オレの
女になれよ』
(きっとあんな言葉も、色んな女に掛けて
いて……)
しばらく歩いたところで、私は立ち止まって
壁に手をつく。
(馬鹿みたい。……何を期待していたんだろ
う、私)
すると、いきなり背後から口を塞がれ、
そのまま強い力で引っ張られて近くの空き
部屋に連れ込まれた。
希『なっ……』
部屋に入ったところで、口を覆っていた掌
が外される。
振り返ると、そこにいたのは、いつもの通り
の皮肉な笑みを浮かべた政宗だった。
政宗『よう』
希『っ……!』
当たり前のように笑いかけてくる政宗を見て
いたら、先ほどの怒りがよみがえってきた。
希『離してよ!』
政宗『おっと』
私が振り上げた手をたやすく掴み、政宗は
もう片方の手を私の身体に回す。
政宗『何するんだ、いきなり。しばらく
会いに来られなかったから怒ってるのか?』
希『馬鹿言わないで。あなたの顔なんて、
見たくない』
政宗『オレは会いたくて仕方なかったけど
な』
希『本当に調子がいいのね。女なら誰でも
いいくせに……』
私が叫ぶと、不意に政宗の表情が真剣みを
帯びる。
政宗『……どういうことだ?』
希『さっきまで、女中の肩を抱き寄せたり
してたじゃない……』
『私でなくても、誰にでもああいうこと
するんでしょう?』
胸の中のモヤモヤをすべて吐き出すように、
声を荒げる。