ANTIFA★黒い彗星검은혜성  だにえる단열の一言。 -19ページ目

ANTIFA★黒い彗星검은혜성  だにえる단열の一言。

韓国籍在日朝鮮人3世、いわゆる「在日コリアン3世」のだにえる단열が大好きな『日本』について書く、そんなブログです。
ANTIFA★黒い彗星CHE★gewaltの新しい一歩のブログでもあります。いつまでも大切だよ。

遅ればせながら、新年のあいさつ申し上げます。

今年もよい年になりますようにと、V6010158.JPG なぜに東京タワー?

とにかく、なるべく更新しますので、読んでいる方は今年もよろしくおねがいします。


しかし、新年早々大きな事件が起きましたね。  

先週ライブドア本社や堀江社長の家などを強制捜査をうけ、

昨日、風説の流布と偽計取引の容疑で堀江前社長ら四人逮捕、

ライブドアの株は暴落。大変なことがおきました。

ライブドアとの関連が気になるエイチ・エス証券の副社長野口氏は自殺

混乱はこれからも続きそうだ。

 時代の寵児、勝ち組の代表ともてはやされ「ホリエモン」と親しみ込めて呼ばれる

堀江前社長。去年の夏には選挙に出馬し、無所属ながら自民党、武部幹事長の応援で

亀井氏に善戦するも惜しくも落選。しかし、小泉首相のが推し進める改革。その改革を

支持する若者代表としてホリエモンは自民党の見事な広告塔であったことは間違いない。


このライブドア事件は自民党の直接的な責任、道義的責任あるかないかと野党が追求して

いるが、それだけでなく、今回の事件は自民党、小泉首相・竹中が推し進める改革が、下流

社会という本にもあるようにこれから格差社会が深刻化していくことだけでなく、勝ち組で豪

華な生活をするヒルズ族の代表だったホリエモンが一晩で拘置所で麦飯を食らう生活に一変

した。このことはこの勝ち組社会?格差社会が多大なるリスク社会であることを見せてくれた。

勝ち組だったホリエモンの没落は今の勝ち組至上主義の時代におおきな警鐘を鳴らしている

。主婦や小学生が株を売買し、フジテレビと自民党が好きなニート・フリーターが増えるこの

時代のながれはいや~な感じである、なぜそうなのかはよくわからないが、、、

とにかく、これからブログをなるべく更新し、これからもっと精進していきたいです。

先月、友人の引越し手伝いをしたお礼に鳥肌実の「鳥肌黙示録」

を貰いました。

爆笑まではいきませんでしたが、クスクス笑わされました。

ありがとう。でも、女性もこういうの好きなのかな?

あまり、シモネタは感心しませんが、私なら女性には勧めません。

ただ、このCDは友人の彼女が選らんでくれたらしいので、

ちょっと驚いています。

とくに廃人演説がいいです。馬鹿さ加減が、 でも、なんで私が鳥肌を好きなのか、自分でも説明に苦しみます。

もう三ヶ月以上もブログを更新していませんでした。

なぜ更新できなかったのかはいつか書きますが、

今まで、沈黙していてごめんなさい。

自分が蒔いた種を、収拾することができず、自分のブログなのに

見ることも気が重く、更新できませんでした。

でも、なんとかまた書きたいと思います。

よろしく、お願いします。

わけではありません。

でも、とくに書くこともないようで、

今日も家の中一日中いようと思ったのに、

外出しました。勉強しに。あまりできなかったけど、

外の世界は刺激が強すぎる。

今日のような休日は家にずっといた方がいいと思う。

問題は気持ちの持ちようだ。

今自分が幸せだと思うのなら、

それは幸せなのかも知れない。

気持ち。大切に。

あの虹の向こうには何が待っているのだろう。

先が真っ暗でも、行ってみなきゃ分からないこと

だってある気がする。

たとえ、今なにもなくてもこれからはわからない。

あの虹の向こうへいつか辿りつけたらなぁ。

V6010168.JPG

自立反対 2005.7.15

「応益負担」に不安広がる 障害者自立支援法案が衆院通過
神戸新聞 - 2005年7月15日
衆院で十五日、障害者に福祉サービスへの負担を求める障害者自立支援法案が可決された。サービスの利用が多い重度の障害者ほど、負担が重くなるしくみで、障害者や家族らに不安の声が広がっている ...
「自立支援」法案 衆院で可決 しんぶん赤旗

googleニュースでの抜粋。

障害者の友人と13日抗議に行った。でも、負けるのは予想していたので、

正直、しんどかった。この日は衆議院厚生労働委員会で可決された。

なんどか泊り込み、座り込みに参加したが、可決された後、どうしようもない思いが私を襲った。

悲しかったし、すぐ議員会館前で抗議のシュプレヒーコールをしたが、

虚しく響くだけだった。何人か警察が制止に来た。

誰かが怒った声で、「今日は日本の福祉が死んだ日だ。」と、叫んだ。

帰り道、私は友人の顔をまともに見れなかった。

彼の家で夕飯を頂いた。彼の妻のお風呂介助をする看護学部の女の子の

おかげで夕飯のとき明るかった。

良かった。でも、15日衆議院可決、通過。

日本はこれからどうなってしまうのだろう。日本の福祉政策は韓国のそれに

比べれば、素晴らしく充実しているのだが、これからは分からない。

これから障害者の社会保障は地域格差がひどくなるだろう。

しかし、この法案はすごい名前である、障害者の自立を促す法案とは、

お金をカットすることだけじゃないだろうに。偽善で、無責任で、欺瞞的な法案

であるし、名前である。

すっかり、自分が4年生であることを忘れていた!!

サークルとかも大事だし、友人関係も大事で、政治的なことを考えるのもいいけど、

今まで、自分のやるべきことに逃げてばかりいて、ヤバイです。

精神的にいろいろ参っていたけど、このしんどさの原因は卒論とか、学業のプレッシャー

ではないだろうかと考える。

今日は珍しく2ちゃんねるの哲学板をROMっていたが、(今まで2ちゃんは3~4回しか

見たことがない)どうも好きになれない。どうもあのノリはついていけない、、、、

卒論のテーマは私・他者・記憶だが、これを考えれば考えるほど、

私の小さな脳みそは爆発寸前で、いろんな嫌な記憶がフラッシュバックする。

他者、他者性を考える。それに関係ある文献を読む。ネットで調べる。

今日一日中、外に出ず、そんなことをやっていた。

なんか最近人に頼ってばかりの自分は今まで、多くの人に迷惑ばかりかけていて、

反省するばかりである。そして、トラウマ(嫌な記憶)が私をメランコリーにさせ、

ネガティブなものの考え方しかさせないようにする。

ヤバイ、ヤバイ。でも、問題は気持ちの持ちようである、

メランコリーな状態を早く抜け出して、

冷静沈着で快い気持ちを持てば、考え方も希望的になり、

意欲を高め、行動に移してくれると今実感している。

そして、必ずいい結果が待っていると信じている。

楽観的に考えて行きたい。そうしなければ、、、笑顔、笑顔。と、

レヴィナスの本を読みたいと思う。あと、バルトも。

嫌な記憶を葬らなければ、ネガティブな思いを。

私はいま喪に服している。

もちろん、記憶を忘れたいというわけではない。

それを嫌だと思うこと、その思いを葬るのである、

亡霊のように私に付き纏わないようにするため、

過去や過去の自分を否定するのではなく、

それをまっすぐに見つめ、反省し、それに対して責任を

果たしたい。いま、私に残されているのはそれしかない。タイトル未設定

ね、デリダさん。



なんか書こうと思いましたが、

眠くなったので、

やめます。

眠い。

おやすみなさい。V6010168.JPG

破壊王が亡くなったらしい。

中学2年のころ、地元でサインもらった。握手もした。

そのころ蝶野正洋と並ぶ新日プロレスの看板スターだった。

まだ小川直也が出てきていない時期。彼の全盛期というときだった。


40歳、若すぎる死、、、、


ご冥福をお祈りします。


私もあなたのように負けても、たくましく、

怪我にも耐える強い精神力を持ちたいです。


夢をありがとう。


誰かが死ぬ。会った事のある人が死ぬのはなにか喪失感に苛まれる。


なんか高校時代、友達に人を利用するのではなく、

人を目的にしろと言われた。カントだったか忘れたが、

哲学者の言葉らしい。

しかし、私は人と人の間で目的にする

ということが意味不明だと思う。

利用するとは何か?目的にするとは?

社会いや世界は人やその他多くのものが入り乱れ、

戯れて存在する。そこには一切の同一性もないのであり。

差異と反復だけが、この世界を織り成すと思う。

人を利用してはいけないというのは倫理規範としていい響きである。

しかし、普通、人を利用しようと思って利用する人はまずいないだろう。

そこにはよほどの悪意が必要である。

後であの人のこと利用したのかなと気づく場合もある。

この時は反省して、人を目的にし、手段にしないことを考えるのだろう。

しかし、どう目的にするのだろうか。私は長年これが疑問だし、

意味不明だった。

憧れるのか?その人にあやかることか?尊敬する?

そもそも利用する、手段化することと目的化することでは

十分な対立項ではないと思う。

そして、誰しも気づかないうちに人を利用していて、後になって

悪いなあと思うだろう。

ある一組のカップルがいたとしよう。

このカップルはお互いがお互いを利用している。

お互いの足りないものを補うために、

ひどい場合は彼女がいる、

彼氏がいるというオプションとして付き合う場合もあるだろう。

しかし、ホントに互いに愛し合うカップルがいたとしても、

お互い目的化しているとしても

利用していることは否定できない。

結局、人間関係において目的化することと手段化することを

切り分ける必要性もないし、その実態もよくわからないものである。

反省してもその先が見えてこないのである。

利用したと反省するのもいいけど、

この利用する人間関係において、相互利用していれば

とくに問題はないと思う。

ただ、一方だけが利用した、利用しようとしたのなら

これはとてつもない罪悪感を感じるひとも多いだろう。

一人よがりはつらいものである。

つたない文書でごめんなさい。



確か幼少のころ教会に行っていたとき、「主祈祷文」というのを礼拝の前に暗唱させられた。

そこで「神よ、試さないでください。ただ、悪から救ってください」というフレーズが出てくる。

しかし、私は最近、自分で自分を試していることがある。

試練を自分で作ってそのときの自分の信念や気持ちえがどう変わるか、どう耐えられるか

実験のようなことをしている。

このブログを作ったのもそうだし、先週は本当いろんなことをして自滅した。

こういう自分に試練とういう実験を行うことは私が尊敬する哲学者たちが考える「他者性」を無視した

行為であったかも知れない。

この実験を行うためには一人では不可能で絶対他人を巻き込むしかない。そして、この実験は「私」と

「他者」への実験なのだ。

今わたしのこころの状態はどうだろう?

ちょっと落ち込んでいて、自己嫌悪だが、これは私自身を正当化しようとする気持ちと、この実験に

巻き込んで迷惑をかけ、傷をつけた他人に対しての罪悪感が拮抗していて、それが私を葛藤させる。

きのう、迷惑をかけただろう他人から変われと言われた。

しかし、私もいろいろしている。周りのことを気にしないように努力している。

しかし、他人、友人に言われすぐ変わる、他人が望むように変わる

そこに私の主体性はいらない。

しかし、そんなものは気味悪いし、単純過ぎる。

変わる?そんな簡単に変わるわけない。

あまり他人に言いたくない言葉だが、自分が納得いかないなら嫌えばいい、

関係を破滅すればいい。

ヒトが自分が望むように変わることを望む前に

すべてのモノを無条件に受け入れる「歓待」のこころを持たなくては、

すべての私が発した言葉はすべて自分に返ってくる、帰ってくる。

上の言葉は私にも当てはまる。

まぁそんなことだ。自分の意図関係なしに存在それ自体がナイフのように他人を傷つける、

不快にさせることは

いくらでもある。j

自分の言葉には責任をもたなきゃ、だってそいつは帰ってくるんだもん。まるで、「亡霊」のように。