http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090330k0000m040089000c.html
派遣村 ブラジル人ら窮状訴え
住居や仕事を失った人からの相談を受ける「トドムンド浜松派遣村」が29日、浜松市で開設された。市内に住むブラジル人も多く訪れることが予測され、ポルトガル語で「みんな」を意味する「トドムンド」と名付け、ボランティアの通訳ら15人が外国人に対応した。
「派遣切り」などに苦しむ人を支援しようと、司法書士やボランティア関係者が企画。この日はブラジル人など外国人55世帯と日本人53世帯が相談のため訪れ、「子供が3人もいるのに所持金が100円しかない」「仕事がしたい」と泣きながら話すなど、深刻な状況を訴えた。炊き出しもしたが、会場となった公園の使用規制のためテントを張った宿泊などはできない。
浜松市はこの日、日曜日にもかかわらず生活保護の受付窓口を開き、約40件を受理した。また、失職などで住居を失い路上生活を余儀なくされた人たちも、市社会福祉協議会から貸し付けを受けるなどして全員が住む場所を確保したという。
榛葉隆雄村長は「休日も市役所の窓口を開かせたことや外国人登録者でも生活保護申請を受理させることができたなど成果があった」と話した。派遣村は30日も同市中区中央1の東ふれあい公園で、午前9時~午後3時の間に開かれる。【瀬上順敬】
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どうか、ミクシィのこのニュース記事の日記が、
前回の年末年始の「派遣村」のように、非難・バッシングの日記で
埋め尽くされないことを願う。とくに外国人排斥に近い論調も加わる
ことがなように、願う。
外国人労働者も、日本の労働者も大変な時期だ。
マネーゲームの失敗からくる世界の恐慌と不景気に
「労働者」や「不安定雇用者」たちは、国境を越え
絶望の淵に立たされている。
東京で起きた「派遣村」の活動が、今度は浜松と地方へ広がった。
このようにより地域社会に根付く活動として、より充実した「きっかけ」に
なって欲しい。
今はどこの地方自治体も、中小企業も雇用を増やすことは不可能に近いかもしれない。
しかし、少しでも「余裕」の、少しの希望の「余裕」でもある会社や団体は
なんとか新しい働き口を分け与えるよう、協力していただきたい。
そのためにも、ローカルな人々の信頼とつながりが必要であると思う。
それこそ、地域社会の経済を安定させるために、この活動をフルに利用する
「きっかけ」にならなければならない。
「炊き出し」や「生活保護」ももちろん、セフティネットとして、希望の再分配として、
重要な役割を担い、必要なことを理解していただきたい。
そして、地方自治体は職業訓練を含めた、新しい雇用の対策、政策に性急に対応して
もらいたい。
また、「生活保護」と聞くと、目くじらたてたり、「派遣村」と聞くとサヨク臭いと
アレルギー反応を起す、人々もどうか理解を示していただきたい。
われわれは「資本主義」社会を少なからず、受け入れて、存分に活用しながら
生活している。それを「恩恵」と呼びたいのなら、そうよんでも構わない。
「資本主義」の特徴は未来に「投資」ができることである。
そして、新しいことをすることで、市場と需要を開くことができるのである。
そして、それで人々の希望を作り出す。
これが成り立つために重要なのは「信頼」である。資本主義は「信頼」によって成り立つ。
いま、ひととひととの「信頼」が試されていると言えよう。
もちろん、排他的競争と、無限の資本の自己増殖欲望と無意味な剰余価値を生み出す
弊害があるのだが、
今は昔のように、ひととの「つながり」が弱くなった。ポストモダンかなんだか知らないが、
近代的「縦のつながり」も「横のつながり」も希薄になった現代社会、個人がバラバラに
なり、自己中心的に狭まった「親密圏」においてのみ生活し、
それに執着する「個人化」してしまったのである。
そのなかで、新たな人々との「つながり」を模索するのは、重大な課題であるだろう。
私たちは試されているのである。
もちろん、私が言う「つながり」とは偏狭なナショナリズムに満ちた国境で、線を引く
人々の「連帯」のことではない。
この人と人との新たな「つながり」が、新しい「信頼」を生み、「希望」を生むよう
に、未来への希望含みの「投資」を通して、
新しい「市場」=マーケットと「需要」が生まれるだろう。
そして、「雇用」、安定した「雇用政策」の道が開かされるのではないだろうか。
私が今までに書いたことは、空虚な楽観論に満ちているかも知れないが、、
この「派遣村」の活動を非難し、バッシングする人間よりは「生産的」なことを
していると自負する。
もし、この活動に批判的な人々のなかに「正社員」や「雇用者」がいるのならば、
自分の仕事や労働時間をシェアし、分けることで多くの「雇用」を生むように
協力してもらいたいものである。あるいは、現実的な打開策を考えてもらいたい。
また、ゼノフォビア(外国人嫌い)や移民排斥の人々は
いかなる経済政策をすれば、グローバル経済の原則から
解放され、日本の経済、地域社会の経済がどのようにして内需のみで、
安定するのか、その硬い脳みそをこねくり回していいアイディアを出してもらいたい。
ただ、それだけが腹痛に悩む大学院生で、ヘルパーバイトをしている人間の
今日の願いである。