恩師への応答責任 | ANTIFA★黒い彗星검은혜성  だにえる단열の一言。

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韓国籍在日朝鮮人3世、いわゆる「在日コリアン3世」のだにえる단열が大好きな『日本』について書く、そんなブログです。
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監視社会になっていく、世界の裕福な階層が必然的不安にさいなまれていく経緯で、権力は規律訓練型から管理統制社会に移行する形となり、リスクという概念が保険統計主義からの社会構成員としての連帯意識の高揚といよりはポストモダンの特徴というえる脱中心化、周辺化、によるさまざまな共同的、あるいは協働的コミュニティが解体されたり、アンダーグラウンドへ追いやられる形になっている気がします。

そして、リスクというのはネオリベのおかげで、自己責任としての対処が求められる現状、そしてセキュリティの民営化(プライベタリゼーション)による人々の信頼の構築の解体のための相互監視がますます進んでいる気がします。
なんだか、教科書的なネオリベラリズム解釈ですが、
確かに、物神化と呼べるようなフェティシュ的なものが提供してくれる選択肢を、消費文化を経由して、そこにアイデンティファイしてしまった私たちはそれを選ぶことで、自己満足、瞬時的な生き甲斐を感じてしまうかもしれません。
そして、ネオリベ権力はそれしか、市場原理できしか世界の安定を維持する選択肢がないとうそぶくし、無反省に上かのその言説を垂れ流している。そして、私たち人類の唯物史観でないにしろ、抵抗していた記憶、抵抗の潜在的能力への想起さえも不可能にさせてしまう現状があると思います。

先生のカーニヴァル化の意味がよく理解できませんが、鈴木謙介のそれだとしてら、そこに共同性と抵抗の運動の潜在性が潜んでいるとは思いますが、志向性やベクトルを変えない限り、秋葉原の殺傷事件と同類の犯罪のテロルでしか、われわれに課せられた抑圧への抵抗と発散、昇華ということはできないと考えております。

ただ、私は東浩紀の「動物化」のように、戦略として、植民地的誘惑を含めた、日本社会で自分のポジショナリティから来るアイデンテイティ維持のため(これもまた戦略的本質主義なのですが)に消費文化を積極的に感受している部分はあります。無反省に商品をつくる搾取された労働者を軽んじる気はさらさらないですが、今だ在日にとりまく、国家権力側の国民主義的、植民地主義的な日本のナショナル帰属への欲望を回避したいと思っています。

ただ、ネット上でのカーニヴァルは結果的に歪んだ形での発散でしかなく、それがナショナルな権力、ネオリベを推進する資本側に与えられた「戯れの空間」でしかなく、それは意図的につくられるのではなく、やはり構造的な権力と資本に包摂されてしまうことではないでしょうか。

ただ、現代社会を生きる人間にとって、自分の存在論的不安へを解消する一時的な特効薬として働くことは認めざる得ない事実だと思います。

しかし、別の形での共同性、<抵抗へ>の道筋を考えることがこれからの課題だと思います。