二章
自己肯定感ゼロの僕がメンタルを強くする為にやってきた事

1回目の投稿からしばらく時間が経過してしまいました。。。。

今回のブログを書く経緯で自分の中でまだ心の整理が定まっていない部分もある事に気づき、投稿には少し時間がかかりました。。

少しずつ自分のペースで書き続ければと思います。


今回の投稿はメンタルを強くする為にやった事より、異国の国で15万円しかない中でどうやって繋げたかを細かく書きたいと思いました。




ドン底からの再スタート

15万円しかないけど、唯一この国で知り合いだった人に何も考えず会いに行きました。色々アドバイスを貰ったけど手持ち15万円が一気に5万円減って10万円に。。

働かないと。。。でも

仕事の探し方すら分からない。


とりあえず履歴書は汚い字で書いて、色々歩き回ってお店に募集の看板を見てどんな場所でも働こうと思った。

初めて入ったお店に言われたのが住所も携帯もない、そんな人は採用出来ませんと。

安易にその場で採用してくれると思ったけど、やっぱり甘かった。

当時はプリペイド携帯があったので、1分60円で携帯代5000円。。これでなんとか。。あとは住む場所。。


近くに大学があって、そこで寮に空きありの看板があって連絡しました。

学生専用と言われ、断られそうになった時にとっさに思ったことが、自分の事情を伝えたら何とかなるかなと僅かな希望を持ってお願いしてみた。

"この国に来たばかりで18歳です。働きたいけど住む場所が無いと働くことさえ出来ないので、なんとかなりませんか?と伝えたら "え?どういう事ですか⁉️今どこに居ますか?と聞かれ、家の前に居ますと答えたら、とりあえず今からそちらに向かうので少し待ってくださいと。


30分ほど待ったらオーナー夫婦が来て、自分の状況を説明したら、なんと特別にオッケーを頂きました。

しかも頭金や補償金も免除してくれました。

風呂トイレ共同で家賃が23000円。(払える。。奇跡だ)


この夫婦には命を救って貰った恩は一生忘れないと心に刻みました。


さぁ、これで仕事も絶対に見つかる!

それから2週間でフルタイムで働ける場所を見つけたけど、なんと給料が末締めの翌月25日払い。

働いた初日から55日後にお金貰える。。それまで何とか耐えないと。。


歓迎会や同僚との会食、家に最低限の家具を買い揃ったので、手持ちが3万円きってた。。やばい。


スーパーで賞味期限ギリギリのキムチを1キロ買って、米を5キロ。1日一食なら何とかなる。。

ラスト30日は1万円以下。1日200円の予算。

ご飯に誘われても断るしか無い。パン屋の捨てる物を寄付してもらったり、それでもお腹が減った時は米だけ炊いて近くのラーメン屋の店裏にこっそり行ってダクトから出てくる美味しい匂いを嗅ぎながらおかずにしてご飯を食べましたw


恥なんて一切思わなかった。

だって死にたく無いもん。

自分で選んだドン底に恥もクソもあるもんか。笑いたい奴は笑え。

これを将来ネタに出来るくらい成功してやる気持ちはあった


親に絶対に失敗すると言われた事が脳裏をよぎるたびに僕はその怒りのエネルギーを最大限利用して自分を追い込んだ。


給料も入って、やっと普通の暮らしが出来る事はの嬉しさ。初給料は10万円未満だったけど、貰えた事だけに感謝。これから働きながら自分の将来の目標を考えながら異国の国に少しずつ馴染んで次を意識。


この時はまだ自己肯定感がゼロだとすら理解しておらず、物事をネガティブに考えるのは自分のアイデンティティと思ってた。


とりあえずお金がもっと欲しかったので、掛け持ちもしました。

期間限定でパン工場の夜勤(22:00〜06:00)を週4。

そしてバーのカウンタースタッフ(20:00〜05:00)を週3。

フルタイムの仕事が週5で8:30〜17:30


月 8:30〜17:30 / 22:00〜06:00

火 8:30〜17:30 / 22:00〜06:00

水 8:30〜17:30 / 22:00〜06:00

木 8:30〜17:30 / 20:00〜05:00

金 8:30〜17:30 / 20:00〜05:00

土       / 20:00〜05:00

日                     / 22:00〜06:00


気づいたら1週間で100時間くらい働いてた。

平日の寝る時間は風呂の1時間と通勤移動中のみw

土日は死体のように寝てた。

身体ボロボロだけど、この時も親の言葉を思い出して、弱音を吐きそうな自分にひたすら追い込みをかけた。


3ヶ月で60万円ほど貯めた。

これでとりあえず不自由はしない。掛け持ちも辞めてフルタイムのアルバイトも次の正社員の仕事を探しながら辞める計画を立てる。


少しずつ自分のやって来た事への自信も増えて、でもどんなに頑張っても自分の事を褒める事が出来なかった(自分の事が嫌いだったから)。幼い頃から褒められた記憶がなかったので自分は褒めるに値しない人間だと信じてた。どれだけ頑張ってもどんどん自分を不安に追い込んで、怒りのみを原動力にひたすら前に進む事をしました。


この思考は20年間続きました。

怒りを原動力にする凄さはあの頃を思い返すとホントに凄いなぁと思えたけど、続かないんだよね。。ガス欠になったり、何処かで爆発したり、破壊行為を繰り返してた。でもその生き方した出来なかった。。ガス欠になる事も甘えと信じ自分の弱さを否定し続けました。。