※この日記は2014年当時のものです

 

タイ在住1年半近くになりますが、心境の変化がありましてね~。

あんまりこういうことってブログに書いたことがないんですが。

 

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タイに住み始めて1年4ヶ月。

将来のことについてちょっと考えていました。

日本にいた頃の私は将来のこととか全然頭になくて、「まぁ何とかなるでしょ」っていう人間でした。

 

フリーター生活3年目でもぜーんぜん気にしてなかったし、貯金も年金も結婚に関してもホントにずぼらでした。

 

それでもそこそこの生活をやっていける環境で、とくに苦労はなかったので危機感も全くありませんでした。

今思えばそれこそが危機でしたね。笑

 

そんな中、陸に上がり始めた両生類のように突然タイに住み始めた私には、ほぼ100%の未体験ワールドが待ち構えていました。

 

住む場所、言葉、ビザ、保険・・・日本で当たり前だったものが「試練」に変わってしまいました。

特に、日本でもちょっとやっかいな「アパートトラブル」に遭った時は、言葉と人種の壁により、「スーパー試練」となりました。

引っ越し後にはアパートトラブルからは解放されましたが、今度は別のことが頭の中を占めはじめました。

 

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「ビザ」「仕事」「貯金」「年金」「保険」・・

タイに長く暮らしている日本人に出会い、このあたりの話を耳にするようになってからです。

 

それは日本にいた頃に思いつきもしなかったことなので、

「私もここにきてやっと将来をまともに考えるようになったか。すばらしい!」

と、自分に若干酔ってました。笑

 

しかしそれがまさかマイナスの方向に動いてしまうとは思いませんでした。

ネットでいろんな情報を集めるほど、やらなければいけないことがわかるようなわからないような。

氾濫する情報に翻弄されてどんどん悩みが増すばかり。

旦那の家族はいい人でしたが、プレッシャーもありました。

 

今の仕事の給料も満足でなく、貯金もなく、しかし将来のためにお金を貯めなきゃいけない。

これからは色々我慢してお金を増やさないと結婚も出産も老後もままならない。

仕事だっていつまで雇ってもらえるか保証なんてないし…。

 

ということで、、、突然、山は「噴火」しました。--;

 

 

「もう嫌だ」「何でも金金金」「こんな思いをするためにタイに来たんじゃない」「もう日本に帰りたい!

 

この頃タイ11ヶ月目。仕事の転職の時期でした。

このまま日本に帰ったって何も変わらないのはわかってる。

だけど大好きだったタイが「わけのわからないタイ」になってしまった。

やっぱり私には無理だったのかな。

 

そこで初めて「逃げたい」と思いました。

 

そんなふうに一人ヒステリーになっていたときの、タイ人の友人の言葉。

 

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「大丈夫。全部出来るよ。子どもだってその給料で育てていけるよ。タイ人なんてそれよりもっと少ない給料で家族全員を支えていたりする。それは普通のことだよ。」

 

誰かと比較して「あ、私は恵まれているんだ」という考えはあまり歓迎されるものではないかもしれません。

だけどそのときの私にとってこの言葉は、確実に勇気が出て前向きになるものでした。

 

その日から私は「先のわからない不安」に対して悩むのをやめました。

ふと空いた時間に思い出して悩んでしまっても、うまく付き合っていけるように。

周りのプレッシャーを受けすぎず、冷静でいよう。

 

そしてだんだんと悩むんじゃなくて、出来ることを考えるようになりました。

 

さらにその後、はっとする言葉に出会いました。

 

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「気にする必要のないことを気にしなければ、人生もっと楽になる」

 

これは仕事で取引先ややスタッフとのコミュニケーションに対する悩みが出てきた頃に、ネットで見つけた言葉。

私は昔から人の評価やちょっとした失敗をかなりズルズル引きずるタイプでした。

だけどいい結果なんて何一つ生まず、悩む時間が増えるばかりで。

わかっていたけどやめられない思考でした。

 

だけどこの言葉に出会って、「気にするべきことだけしっかり考える。気にしても無駄だと思ったときはもう考えるのをやめる」

と思うようになりました。

悩む、やめる、悩む、その波はまたやってくるような気がしますが、それはそのときに考えよう。

何も考えないわけではなく、無駄な悩みをなくす。

 

この思考、タイ人は自然と身につけているような気がします。

タイに住むにあたって大事な考え方なんでしょう。

だからこれからも・・・

 

マイペンライ精神でいこう!