父の容態も落ち着き、数ヶ月。

介護棟で落ち着きました。



問題はミトン〜! 



あの分厚いミトンを使ってでも、

経鼻栄養補給チューブを抜いてしまう

技術を身につけてしまった!



ミトンを外して手を拘束されていたりすることもあり、これは仕方ないなと。



話してわかる状態ではないから。

安全を考えてだから。

紐じゃないし、きつくないし、

多少の動ける遊びはある。



介護士の方も父の手を拘束をする時は、

必ずミトンを外してくれているので

ご理解いただけて、とても嬉しいなと

思って過ごしていた数ヶ月。



朝、父のいる病院の主治医から電話




「様子は見てたんですが、

以前と同じ症状が出ているので、

前回と同じ救急病院に救急搬送します。


今回は範囲が広いので四肢の切断もあると思いますので、向こうの先生とよく話し合ってください」


と言われた。



その時私はフラ(フラダンス)のスタジオにいて、着替えも済ませ、あと数分でレッスンだった。



同じクラスの仲間に事情を説明し、

また着替えて車に乗り、

途中で母を乗せて急いで救急病院へ。




父は前回と同じ、検査に行くまで救急外来の小さなベッドに寝かされていた。



バイタルチェックをしたり、血液検査も終わり、場所を移動する前、


父と2人だけになったひと時があった。




すごく不思議なひと時だった



私が一方通行に父に話をしていた時、



父の顔がふっとシャンとした顔になって


でも昔のような優しい顔で




「もういいかな?」と。




はっきり聞き取れなくて




「え!なんて言った?

      もう一回言ってみて?」



と言うとにっこり微笑んで




「もういいかな?」



とはっきり言った。






「何言ってんの!まだ頑張りなよ!」


と、大きな声で言うと




「そうかぁ」と父。




その後、カーテンが開き、看護師さんが

ストレッチャーに乗せてくれて

検査に運ばれた父





あれ?話がつながった?


父が話を理解してる!繋がってる!



と、気が付いたのはちょっと後だった。



「何弱気になってるのよ!」とその時は


カツを入れたいくらいだった。



今考えると不思議な時間だった…。