"なっ!何よ これっ⁈"
体が凍える寒さも緩み、もうすぐ桜も開花し始める春近く。和む温かさ昼間に、なんともこの季節には合わない声が聞こえてきた。
リビングでくつろぐ俺はその声に一時びっくりするものの、それが我がパートナー殿の気づくと、今目の前に持っているエロ本に目を戻した。そりゃあ、びっくりするよな…あれじゃあな。とあることを思い出しながら口元が緩んだ。
ドタっドタドタドタっ。怒りにも聞こえるような階段の降りてくる音に、とっさに俺は目を瞑って、寝たふりをすることにした。ありゃあ相当お怒りだな…フッ。
"撩!ちょっと起きなさい!撩!"
"…んンン。…なんだよ。人が日頃の疲れを癒すために寝てたのに。
お休みタイムを邪魔する気か、おまぁは"
"何が…お休みタイムだバカ!
昨日だって依頼が男だってわかったら逃げ出したじゃないっ!あんたの場合、ろくに仕事手伝ってないじゃないのっ!
…そんなことよりっ。これはなんだっ!あんたの部屋掃除してたら、
こんなものが出てきたわよっ!"
"…んがぁ!耳元でそんなに騒ぐなっ!頭が痛くなるだろうがっ!
……ん?…んげっ!それは…昨日俺が買ってきたヤツじゃねぇか…。
かっ香、これには深い訳が…。"
怒り心頭なパートナー殿は俺を叩き上げるように俺を起こそうとしている。…正直昨日の今日だから、かなりきついが。
そんなこと俺には分かりきっちゃいることなのにこうされることが今の俺にとっては、嬉しいことだ。
そんな些細な気持ちも、今の香にはわかるはずもなく、俺も香とのノリに合わせて、その場をやり過ごしていた。
"…深い訳ですって!
これのっどこにっ!深い訳があるっていうのよ!
このドレス!明らかに女性のドレスじゃないのっ!これっ!
我が家計が火の車でありながらっ、
こんな高そうなモノ、よく買えたもんだわねっ!さぁ!白状しなさいっ!"
"…白状しろと言われてもなぁ~。
これを話すと…個人情報流出になっちゃうし~。…ん~じゃあ、一つだけヒントを与えようっ!
…これは明日パーティに着ていくキレイなお嬢さんに、プレゼントしようとして買ってきたモノ~♬"
"…何がヒントだ!もうっ!
はっきり言いやがって!この薄情も~ん‼"
ニヘラ照れ笑いを浮かべながら、
冗談を言ってくる俺に我慢の限界がきたようで超特大ハンマーが俺の上に振り落ちてきた。
…タハハ、イタタぁ~。…でも、まぁいい。あいつには少しでもわかってもらいたかったからな…それに…お前なら言わなくてもわかるはず…。さぁて、ナンパに行きますか。
俺は本当の内を隠しながら、ルンルン気分で歌舞伎町の街へと向かった。
"…まったく、もう何時だと思ってんのよ。夕飯作っておいたのに、まだ帰って来ないなんて…。
明日は依頼があるのよ。依頼当日に朝帰りなんてないわよね、もうっ。"
もう夜の21時は超えていた。まったく帰ってこないパートナーを、一人淋しく待っている彼女がいた。絶対ナンパついでにBARでも言っているんだろう、帰ったら許さないんだから。
…というが、内心は彼を心配しているのだ。
つい先日、彼から"一緒になってくれ"とプロポーズを受け取った。なかなか正直になれない彼の長い間待った、念願の言葉だ。
あのときは嬉しくてすぐ返事をしたのだが、彼がその後から何も変わらないの様子だ。だからいつ、また心替わりするんじゃないかと不安な気持ちで過ごしていた。そして、今日もいない…。彼女の心は辛かった。
"…もうっ。イライラするわっ。
…待ってても仕方ないわね。明日の依頼の支度でもしようかしらねっ。"
と立ち上がり、自分の部屋向かった。
実は言うと部屋に行きたくなかった…、あのドレスがあったからだった。全体が藍色で煌びやかな、ロングドレス。肩紐がなく胸と背中が強調されている。
普段見ることのない、ドレス。
あの男が買ったんだから、きっと彼女も相当な人なんだろう。
私にはあんなドレスはきっと…合うはずがない。と静かに扉を開けた。
窓のカーテンが開きっぱなしにしておいた部屋は、暗闇が月の光が部屋全体を照らしていた。そしてふとベッドの方に目をやると、あの男が選んだドレスがあった。昼間に見たあのキレイ過ぎるドレスも、月光に見出されているかように、怖いほど艶めいていた。
でもなんだか惹かれてしまいそう。彼女はそっと手にとって、これを着せる彼女は一体どんな人かと考えを巡らせた。
"…そう。きっと撩を愛していて、ずっと側で見守ってくれる人。自分に任せられないような、信頼のおける人なんだろうな。
…私にはその人の代わりになれないのかな?"
ふとその言葉で哀しみが感じてしまい、涙がこみ上げてしまった。
こみ上げてしまった感情を、取り払うように彼女はもう一度そのドレスを手に取り、自分の前にそっと合わせ、目の前にあった鏡にそれを映した自分を見た。
"…フフ。もしこれが私へのプレゼントだったら、こんな恥ずかしいのは着れないわねっ。
でも撩が…愛している人が、私がその人の気持ちだったら、このドレスは…。"
"…早速、気に入ってるようだな。
…恥ずかしがり屋のお嬢さんっ。"
誰もいないはずの静かな部屋に
ふとおちゃらけた声が聞こえ、後ろを振り替えると…出かけているはずの、
今夜も帰ってこられないはずの男が、
ドアの淵に腰かけ腕を組んで、立っていた。
…見られてた?彼女にあげるドレスを見て微笑んでいた私を。なんで気づかなかったのかしら、とふと恥ずかしい気持ちで声を失って彼を見ていた。
"ほれ。なぁにが恥ずかしいんだ?
…別にいいんだって、お前が喜んでも。それが俺にとっては嬉しいだぜ?"
…何言ってんだろう彼は。わたしが喜んでるのが嬉しいの?そんな昼間とは違う彼の淡く優しい表情が、どんどん近づいてくる。その度に心の高鳴りが強くなっていくような気がした。
"…もうっ!恥ずかしがりやで悪かったわねっ!そんなことより、なんで黙って見てたのよ!"
"なぁにって。…くくっ。
やっぱりお前、忘れてるみたいだな。
今回の依頼、わかってるか?
俺がだいっ嫌いの、お金持ちのご子息のガードっ。しかも、パーティだろうがっ。
お前…そんな形式的なドレスあまり持ってないんだろ?…ほらよく見ろ、俺はお前のパートナーなんだから、カラダのスリーサイズはちゃんと合ってるはずだせ?"
"何馬鹿なこと言ってんのよ!
このど変態っ!
…って、え?あんた…まさか。
…っえ?じゃあ、このドレス…!"
"…そうだ。言っただろう?
そのパーティに着ていくキレイなお嬢さん? "
どうやらあの喜びは、俺のプレゼントだと気づいたわけではなかったのか?
…トホホ~、ちょっとガッカリ。
でもあのとき…お前は俺の名を呼び、
別の愛する彼女の気持ちで、応えていた。別の彼女に成り切っても、本当にお前は…一途に俺のことを想ってるんだな。
そんな彼女なりの温かい気持ちに
心喜びを感じ、ちょっとスキの空いた彼女をそっとこの腕に抱きしめる。
この温かさをずっと、感じていたい。
"それを着て欲しいのは…
どんなもっこり美女ちゃんじゃない、
お前だけなんだ。俺が…お前だけに、
俺の選んだそのドレスを着て欲しいんだ…。"
抱きしめた彼女の顔をちらりと見てみると、耳まで真っ赤にして涙を流している。…ったく。こんなことで泣くなよな。その先のことまで考えてるのによ、なんだかこっちが申し訳なく感じるじゃあないか。
しばらく俺が彼女を抱き合っていると、彼女が泣き止んだ。
"ねぇ、撩。ちょっと部屋出て、下のリビングで待っててくれないかな?"
"へ?どうしてだ?"
"もうっ。わかってるんでしょう?
…ドレス着ていくから。ここじゃあ狭いでしょ?待っててちょうだい。…ね?"
"…へいへい。わかりましたよ~撩ちゃん、下で準備満タンで待ってるからぁ~"
と俺は扉から出ていき、下のリビングへ向かった。変なこと考えるんじゃないわよ。ハンマーだから。声が怒っているようだが彼女はすごく笑顔だった。
俺はしばらく新聞を読みながら、
香の降りてくるのを待っている。
エロ本を読もうとも思ったが、なんだか読む気になれず、真剣に新聞を読むことした。
これが気が落ち着いていられん。
なんせ俺が見立てで選んだ服だからな。絶対に香のスリーサイズには自信あるが…それよりも彼女は喜んで着てくれるんだろうか?
そんな考えを頭にひたすら蘇らせながなら…仕切りに降りてくる階段を見つめていた。
うーん。まだ着替えられないのか?
とまだ降りてこない香に、痺れを切らした俺は気持ちを落ち着けるために、タバコを持ってリビングの窓を開けベランダへ、肺にとりあえず煙を入れた。
外で吸わなきゃ、せっかくのドレスに匂いがついちまう。
俺も変わったもんだよな…。昔の俺だったら、女にドレスなんてどうせ脱ぐもんだからそのたびに買わせたこともある。だが、匂いがついちまうことを考えるようになるなんて…。本当に。
"ねぇ、撩。撩ったら。
何ボケっとしてんのよ。"
リビングから声がし、振り向くと風でなびくカーテンから彼女が見えた。
風でなびくほどそのドレスは揺れ、
彼女のすらっとした美しい脚もとが見える。上は恥ずかしいのかウォールを着ているが、その胸元とは一層お前らしい品が出ていた。
思わず俺はゴクリとしたものの、
いつものようにポーカーフェイスを立てて、理性を保つ。
そんな俺のことを知ってか知らずか
俺のすぐ近くまで来て、
"ねぇ撩。せっかくだから踊らない?
やるかわからないけど、練習がてらに。撩、うまいんでしょ?教えてよ?
こんな感じかな?"
そう言うと彼女は嬉しそうに、ウォールを脱ぎ、軽くステップを踏んで、大きくターンした。
なんとも、俺が過去に目にした中でこんなにうまい周り方があったもんなのかと思い、思わず目を見開いたまま見ていた。そして彼女を取り巻く空間も、一層輝かせていたのを。
…ったく。アレを男どものいる場所へ。見せに行きたくねぇなと、激しく後悔し、彼女の嬉しそうに踊ってる姿を目にしていた。
"…ったく仕方ねぇな。このダンスマイスターの俺がきっちりコーチしてやるよ。ついていけるかな?香ちゃん。"
"もちろん望むところよ♪"
緊張していたポーカーフェイスも、香の前では、敵うわけがないかとつい顔が緩んでしまった。…くくっ。
じゃあ始めますか。俺とお前の二人だけのダンスレッスンを。
〉この前の作品の別ver.を考えていたら、こんな長い作品になってしまいました。ちょっと時間差感覚があやふやなので、読みづらかったらごめんなさい。
今回は撩が香に贈り、そして娘のアシャンに2代でドレスを大事にする話を書きました。
もしこれが男の子だったら、ドレス受け継がれることはなかったかも。
と思うとAHはアシャンで良かったぁ。
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