若尾誠先生作

北宋汝窯の青瓷、南宋官窯の、
南宋龍泉窯の青瓷と指標はさまざまですが、

特にその表現が難しく
究極の青瓷と言われるのが、
皇帝のためにつくられた

南宋官窯青瓷、修内司、郊檀下の官窯と
言われています。

茶道の世界の 青磁といえば
馬蝗絆」の茶碗か、砧青磁、
天龍寺青磁、飛青磁の花入などが
有名です。

室町時代から伝わり、数々の
エピソードに包まれている
青磁は、非常に格の高い道具として
茶道では扱います。

「馬蝗絆」  東京国立博物館蔵

伊藤東涯が記した『馬蝗絆茶甌記』によると,かつて室町時代の将軍足利義政がこの茶碗を所持していたおり,ひび割れが生じたため,代わるものを中国に求めたところ,明時代の中国にはもはやそのようなものはなく,鉄の鎹でひび割れを止めて送り返してきたという。この鎹を大きな蝗に見立てて,馬蝗絆と名づけられた。


日本における青磁への取り組みは、
第二次大戦後にはじまりました。

特に1950年代以降に宋代の青瓷に挑みながら、
独自の青瓷をつくったのは、
加藤唐九郎氏の長男岡部嶺男氏であることは
やきものの世界では有名です。

茶道の世界では、岡部嶺男先生を
知っている方は本当に少ないですね。

中国で粉青と呼ばれる青瓷釉を再現し
「嶺男青瓷」とまでよばれる
独自の青瓷の世界を展開しました。
 
若尾誠先生は美濃焼きの
代々の窯元の家に生まれ、

身近な環境で「嶺男青瓷」を見たことで
青瓷の研究制作に取り組まれるきっかけに
なったとお聞ききしました。

若尾利貞先生に師事した後は
中国の南宋官窯、龍泉窯の視察
台湾故宮博物院視察などを経て
現在の若尾誠先生独自の粉青瓷が
完成しています。

宮内庁所蔵 若尾誠先生 粉青瓷





青瓷はなにより釉層が厚いという事を
知っていましたが
若尾先生に、ロクロ引きし
成形した素地から、
釉薬が掛かり焼成後の重さを
比較させてもらいましたが
驚くほどの重さの違いが出ます。




つまり、いかに素地を薄くつくり
釉薬掛けに持って行くのかが
大事なポイントです。

それと同時に、釉層のコントロールも
素地が薄ければ、一度に大量に付着しないため
釉薬を重ねがけする難しさも教えてくれました。