終末患者を看取ったことがありますか。

私は、今までに二人、家族を看取りました。
病気の症状や、年齢や、家庭の事情にも寄るでしょうが
私の場合は、実母72歳、夫62歳の最期でした。
いずれも、末期がんで、介護したのは約1年、付きりの入院が1ヶ月という、一般の方とはどう違うかわかりません。
人それぞれの事情によるでしょうが、最後に家族の心により添ってくれたのは看護師長さんでした。
母の時は師長さんが私を抱きしめて「よく頑張りましたね。この1ヶ月、辛かったですが、お母様との大切で必要な時間でもありましたね」と慰めてくださったとき、初めて泣きました。

夫の最期は、刻一刻迫って来る時間を見つめながら、10分おきくらいで、メールでアメリカにいる息子と酸素の数値を連絡し合いました。
「100超えてればまだ大丈夫だ」息子が希望のメールを送ってきます。
「60?危険だ」
「30?ああ、もうだめだ。今までありがとう。よく看取ってくれて本当にありがとう」悲痛な息子の声が文字の中で響きました。

それでも、私はまだ、なんとかして助けたいと手をさすり続けました。手をさすると、酸素の数値が上がるのです。だから、なんとかなるかもしれない。すると患者と二人きりの部屋に、モニターを眺めていた看護師が飛び込んできて
「こするのは止めてください。数値が狂います」と言いました。
この期に及んでまだ助けようとしている家族と、静かに終わりを待っている医師団。
立場の違いです。
家族に取っても、1分1秒が貴重なんです。1分でも永く生きていてほしいと願うのが家族なんです。
人間なんです。
このニュースを見て、思わず、あの時のことを思いだしました。
患者自身にしてみれば、永く生きていたくないかもしれない。
でも、末期の苦しみをぬぐってくれるのもまた医療なんですよ。
透析、1日のうちの4,5時間、釘付けにされているかもしれないけれど、その時間と命を量りにかけてみる。どっちが重いか。
患者自身と家族の思い、
それぞれに違うんだけれど、死んだら終わりなのよね。
命、
かけがえがないのは、患者さんひとりではないのよね。
家族だって、心から生きていてほしいと願っているのよね。