
名古屋での学生伝道から、1982年4月、東京転勤になり、最初に親しくなった学生が、チーズ(ニックネーム)でした。チーズは上智大学の1年生で、
明るく元気で輝いていました。私ととても気が合って「お茶の水」の事務所にも遊びに来て、手伝ってくれたり、楽しく話しました。翌年83年5月に私が通っていた教会で洗礼を受けました。私にとって、東京での最初の伝道の実でした。

勉強意欲と情熱に満ちたチーズは、社会人になってから、ロンドンに留学し2年間で経営修士号(MBA)を取得しました。この間にロンドン便りを送ってくれましたが、筆まめで、文才のあるチーズを発見しました。
その後カンタス・オーストラリア航空の日本支社に入社しましたが、商用でシドニーによく来たので、私は何度も会うことができて嬉しかったです。日本から訪ねて来た友人の中で一番よく会ったのがチーズでした。私は結婚して、1992年9月から、シドニーに住んでいました。


新しいことに挑戦し続けたチーズは、アイルランドの日本大使館に転職し、1998年1月に首都ダブリンへ引っ越して行きました。大使館員の仕事として、天皇陛下のデンマーク公式訪問をサポートするために、デンマークに行ったときに、葉書が送られてきました。

「1998年5月25日
デンマークに来ています。ここはアイルランドと比べるとずっと豊かです。コペンハーゲンは都会だし、ダブリンに戻るのがつらいくらいです。両陛下のご訪問準備は細かーく進められています。こういうことは一生に一度なので何でも楽しむことにします。詳しい事は後ほど報告したします。では、また。コペンハーゲンにて」
その年のクリスマスレター「
1998年のご報告
」の一部を紹介します。「天皇皇后両陛下デンマーク公式訪問のサポートチームに参加。天皇陛下も皇后陛下も女王陛下も、この目で見ました。宮殿内の長い長い廊下を歩きまわった日々が懐かしい。一生ものの体験でした。大病もせず、大けがもせず、大きな災難にも遭わず、こうして無事に、1年を過ごすことができました。ありがたいことです。神様どうもありがとう。」

そして、翌年1月11日に受け取った手紙(1月4日付)が最後になるとは想像もしませんでした。この手紙の後半には「何かニュースがありましたらお知らせください。私の方は変化はありません。では、また。」と締めくくられています。
チーズは予想もしない大きな変化、1月11日朝、ダブリンのアパートで、くも膜下出血でで倒れ、1月15日に天に召されていきました。

普通の人よりも多くのことを体験し早く一生を走り終え、今天国の階段を上り下りしているチーズを私は想像しています。
あれから、10年たちました。チーズが生きていたら、12月11日に45歳になっています。本当にチーズのことは忘れられません。永遠に私の心の中で生きています。
「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」(Ⅱテモテ4:6)
==================
今日もクリックして応援してください。
にほんブログ村
==================
