牧師の3つの心構え | ぶどうの枝ミニストリー 茶売君枝

ぶどうの枝ミニストリー 茶売君枝

日常生活の出来事から教えられたことを分かちあい、みことばを発信している訪問牧師のブログです。茶コネの動画メッセージと今までの7年間のブログの記事を提供しています。

ぶどうの枝          (茶売君枝)ミニストリー
1991年私が神学校で学んでいた時、特別講師として、私が尊敬する古山先生が来られ「牧師の心構え」として3つのことを教えて下さいました。
ぶどうの枝          (茶売君枝)ミニストリー

1番目「いつでも語れる」
牧師は突然メッセージを頼まれても、語ることができなければなりません。
Ⅰペテロ3:15のように用意していることです。「むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。」
日々主を第1にして生きていれば自ずと語る用意ができています。

2番目「いつでも去れる」
牧師はいつでも教会を去る勇気が必要。教会の牧師というポジションにしがみつかないことです。「まだまだやれる。」と思っている牧師は、周りの人から「もういい」と思われているかも知れませんよ。(笑)べーっだ!

3番目「いつでも死ねる」
これは、もちろん自殺することではありません。自我に固執しないことです。いつでも死ぬ覚悟がある人は強いです。「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」(マタイ10:39)
$ぶどうの枝          (茶売君枝)ミニストリー

私はこれら3つのことを忘れずに実践したいと思っています。

「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。」(ピリピ1:21)
==================
今日もクリックして応援してください。そのことによってブログの存在が知られ多くの人々に読んでもらいたいのです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

==================