
数年後、京子さんは大阪で結婚されましたが、1年7ヶ月で、ご主人を心臓の病で亡くされ、生後間もない赤ちゃん(女の子)を残されて、28才で未亡人になりました。

6年後の1990年に、1年半前に奥様を亡くされ小1の息子さんのいる方と再婚されることになりました。
私は当時、和歌山の実家に帰っていたので、京子さんは6歳の娘の周子(ちかこ)ちゃんを連れて、我家に遊びに来て下さり、再婚の相談を受けました。
結婚式を教会で挙げたいと言うことで、大阪の教会を紹介しました。そして、結婚式は、教会の礼拝の中で、教会員の方々に祝福されて行われました。

その後、子供たちは、教会学校に、京子さんは礼拝と家庭集会に熱心に出席され、イエス様を信じ、1996年に洗礼を受けました。
その時、私は結婚してシドニーにいましたが京子さんから証と洗礼の報告を受け取った時、大喜びし神様に感謝しました。
それから数年後、周子ちゃんが高校に入学した時、心臓の病が発症したのです。医師の言葉は「若くして発症したので、20歳まで生きられるかどうか分かりませんね。」という過酷なものでした。京子さんの驚き以上に、周子ちゃんの受けた心の痛みは神様にしか分かりません。神様のいやしを信じて祈り、周子ちゃんは生きる希望が与えられ成長していきました。

それが、2007年2月9日の朝、突然天に召されたのです。私は、その朝、京子さんから電話を受け驚きました。しかし、京子さんの声は落ち着いていました。

お葬式は教会で行なわれ、ご主人は「娘は短い一生だったけど、精一杯生ききりました。」と言われました。葬儀が終わり友人たちが訪ねて来たとき、周子ちゃんは「私、病気のことで恨んでないよ。生まれて来て良かったよ。」と言ったことを聞かされ、京子さんの心は慰められました。
京子さんは「イエス様を信じていなかったら、この悲しみを乗り越えることはできなかった。」と言われ、今は、天国で周子ちゃんと再会する日を楽しみにして元気に生きています。
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。あなたの御口のおしえは、わたしにとって幾千の金銀にまさるものです。」(詩篇119:71,72)
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