
右から2番目が私です
洗礼を受けて2か月後の1974年6月25日~27日までサンフランシスコで日系人教会合同の青年集会が開かれました。講師は毎週日曜日、私を送り迎えしてくださっていた土屋先生だったので、教会の友愛会(青年会)のメンバー5人と一緒に参加しました。

先生はエレミヤ18章4節から「この土の器をも」というタイトルで語られました。メッセージの後にイエス様を信じる招きがあり、
その次に「今日、自分の人生をイエス様にささげて生きたいと思う人は前に出て来なさい。」と言われました。その時、なぜか私は涙があふれ出て
止めることができませんでした。
私の心は「神様の手で私を作り替えて、あなたの気に入るようにして下さい。」と叫んでいました。
隣で私が泣いているのを見た友愛会の一人は、私の背中を押してくれました。そして、私は前に出て行きました。

前に出て来た若者4人(女性は私一人)のために別室で他の牧師が祈って下さいました。私は神様の伝道の仕事をすることを決断しました。
ロサンジェルスの教会に戻り、日本から休暇で帰って来られたアメリカ人宣教師から、日本での伝道の仕事を紹介してくださいました。
翌年1975年7月に大学を卒業して、3ヶ月後の11月から名古屋で、学生伝道の仕事を始めました。

「陶器師は、粘土で制作中の器を自分の手でこわし、再びそれを陶器師自身の気に入った他の器に作り変えた。」(エレミヤ18:4)
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