クリスチャンになった理由―救いの証(パート3完結編) | ぶどうの枝ミニストリー 茶売君枝

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日常生活の出来事から教えられたことを分かちあい、みことばを発信している訪問牧師のブログです。茶コネの動画メッセージと今までの7年間のブログの記事を提供しています。

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大学(パサデナ・シティーカレッジ)に入学して間もなく、大学のエレベーターの中で、アメリカ人女性が私に「あなたが持っているのは聖書なの?」と聞かれました。私は「いいえ、これは辞書です。」むっと答えました。その時、私は黒いカバーの英語の辞書を持っていたのです。
エレベーターから出た私の後にしつこくついて来て、名前と電話番号を聞くのです。彼女しつこさに負けて教えました。ショック!
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そうして3ヶ月が過ぎた12月に、突然その女性から電話があり教会のクリスマスコンサート(土曜日夜)に誘われました。ちょうどコンサートのレポートを提出する音楽鑑賞の宿題があったので、それは都合がよいと思って、行くことにしました。
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写真は、ヒルソングユナイテッドのコンサートイメージです(当時のものではありません)
クリスマスツリー初めて行ったアメリカ人の教会は多くの人々で賑わっていました。聖歌隊の若者たちは明るく輝いて見えました。「私とえらく違うな。」しょぼんと思ったのは、ちょうど失恋した直後で、すごく落ち込んでいたからです。あせる
英語があまり理解できない私を見て、彼女は次の週に日系人教会を紹介してくれました。
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写真は、私のチャーチJLHです(当時の教会ではありません)
次の日曜日、別のアメリカ人女性がロサンジェルスにある日系人教会に連れて行ってくれました。
生まれて初めて入った日本人の教会は、お年寄りが多いなあと思いました。午後には合同のクリスマス集会がコンベンションセンターで行われたので、私も一緒に参加しました。こうして丸一日教会の方々と過ごし、私は慰められ励まされました。一年ぶりに日本語が話せたこともうれしかったです。

それから、毎週休まずに日曜礼拝に参加したのは、当時フラー神学校で学んでおられた日本人牧師家族が毎週送り迎えして下さったからです。
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礼拝に参加して3カ月が過ぎた頃、日本人牧師の教えていること「本当だなあ」と心に納得しました。「人は幸せでないのは、あなたを造られた造り主を知らないからであり、また人間関係もうまくいかない。」というようなことを話されました。
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私はそれまで父を恨んでいましたが、私自身が造り主を知らず、人を責め生きてきたことが罪であると悟りました。失恋して人間関係もうまくいかなったのは、自分の責任であることに気づきました。そして、こんな醜(みにく)い私のためにイエス様が十字架上で死んで下さったことを信じました。その時、涙があふれて来て、自分が愛されていることを感じました。ドキドキ音譜
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それまで誰にも愛された経験のない私はキリストの愛に満たされました。自分の罪が赦され、雪のように白くなったことを経験しました。
1974年4月14日イースター(復活祭)の日に洗礼を受け、みんなから、いいスター(星)
べーっだ!と喜んでいただきました。

「というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人々のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。」Ⅱコリント5:14)
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