結婚後、すぐにシドニーに移り、ヒルソングの初代日本人牧師になった過程は11月7日「悲しみの後で」(クリックすると読めます。)に書いてあります。

1995年にヒルソングの日本語礼拝を開拓してから、4年目に、私が中退した神学校の校長がアデレードのカンファランスのために来豪され、帰りに、シドニーの我が家に寄って下さいました。

そして、日本語礼拝に出席して下さり、私たちの伝道の働きを見て下さいました。すると校長は私に、「ぜひ日本の牧師資格を取るように」と勧めて下さったのです。

というのも女性は男性と違って格下に見られがちで、日本人は特にうるさいから、日本人女性だからこそ、日本の資格を持っていたほうが将来役に立つと、私のことを思って親切におっしゃって下さいました。
実は、既に神学校を卒業するための単位はほとんど取得していたので、後は卒論を書くだけでよかったのです。

シドニーでの開拓伝道のことを書きたいと思わされ、一年かけて「シドニーにおける開拓伝道」の卒論を書き上げました。そして2000年7月2日の神戸での卒業式に出席しました。入学から10年が経っていました。
それから2年後に、まさか私たちが日本に帰国し、東京でJLHの開拓をオーストラリア人チームと一緒にするとは夢にも思っても見ませんでした。しかも、神様は将来をすべて見通されていたのです。

今、私が日本の教会に招かれて、メッセージを語ることができるのは、日本の牧師資格を持っているからです。その資格は神様から与えてもらったものです。感謝するばかりです。
「何事かを自分のしたことと考える資格が私たち自身にあるというのではありません。私たちの資格は神からのものです。」(Ⅱコリント3:5)
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