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ウィーンの旅クライマックスを締めくくるのは、
シューベルトの生家。

ウィーン滞在初日にシューベルト最期の家にいきなり行ったことは
このブログでも書いたけれど、
まぁ出来れば逆の順序で巡りたかったよね。
(少なくとも15年前は生家⇨最期の家の順だった。)

でもこれは最期の家のヤル気がなさすぎて、水曜と木曜しか開いていないので致し方がない。

皆さんもオープンクローズ時間はしっかり下調べを!!




ちなみにシューベルトの生家と最期の家を同じ日に回った15年前は、ちょっとだけ面倒くさかった記憶。


ところが、ベートーベンのハイリゲンシュタットの後に行くと、これがわりとアクセスしやすくてオススメ。

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37番で直通。
そして20分ほどで到着である。
(しかも第一日曜日は入館料無料!!)

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そんなわけですっかり辺りが薄暗くなった16時半頃。
Nußdorfer54 のシューベルトの生家に到着。


相変わらず雑然とした、ゴチャゴチャの街である。
ウィーンの下町ってかんじなのかな。
シューベルトは、そんなところで生まれた。


玄関を突き抜けていくと、中庭が。⬇︎

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この風景にも見覚えがあった。
15年前、確かに足早ではあったけれど、
ここに来たんだという記憶がしっかりとあった。

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ここは16世帯が入居するいわゆるアパート。
シューベルト家はその中の一室に住んでいた。

いや、厳密に言うと父親はここで学校の教師をやっており、
教室もここで兼用してたので二部屋借りてたらしいけどね。

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↑通りに面する玄関門。
シューベルト一家が住んでたのは、
この二階の電気がついてるとこ。

つまり、ゴチャゴチャした通りに面してた。

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↑当時のまま現存する暖炉の場所。

ここにフランツ・シューベルトは1797年に生まれた。
とってもとっても狭いお部屋だった。
2人で生活するにもキツすぎるぐらいの…2DKって感じかな。
まずトイレやらお風呂の形跡がないが。(笑)

ここに兄妹12人と両親で住んでて、
更に学校の生徒たちも隣のお部屋にやってきたというんだから息苦しすぎる。(笑)


消防法に引っかかるっしょ。

トイレがないのが本気で気になったので係の人にトイレ問題、聞いてみた。
実はシェーンブルン宮殿にも皇帝やシシィちゃんのバスルームやお手洗いはあれど、
客人用がないから気になっていた。(笑)

ベルサイユは宮殿内も庭園も汚物で溢れてて、それでペストが流行ったっていうじゃない。
ウィーン流行ったどうだったのよと。


するとお手洗い系は水洗ではないので穴掘って埋めてたと。
そして共同だったとのことだった。


息苦しすぎる。(笑)


そしてシューベルト家も12人いた子供のうち、成人したのは4人だけ。
当時はそんな感じだったとはよく聞くが、
そりゃ菌も流行るわよね…


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トイレ問題はさておき。
やはり私はモーツァルトよりもベートーベンよりも、
ヨハンシュトラウスなんか(?)よりも。

シューベルトの家に来るといつも
たまらない愛着というか愛情に包まれる。





シューベルト作曲『湖上にて』。





シューベルト作曲『至福』。


もうこの2つの曲なんて、たまらなくシューベルトっぽさ全面よね。



シューベルトの歌曲はどれもこれもが短くて、
1つ1つが派手ではないし、ギラギラゴテゴテしていない。
立派さや威厳を放ってもいない。


慎ましく、ささやかで、
決して目立とうとはしていない。
だけど音が隅々まで洗練されていて、どんなに隠そうとしても隠しきれないキラキラ感と華やかさが、見え隠れしている。


喜びの中にある刹那。
悲しみの中にある希望。


そのセンスがもう天才的すぎて、
あーもうやっぱり!シューベルトが1番好きだ!!!


私はモーツァルトの音楽というか、
音の運び方には実はそんなに感動しないし
センスも感じない。

たまに下手な演奏(⬅︎こら!w)を聴くと、
あーつまんねーってなるし。
あんまりハッとさせられる和音とか瞬間がない。


ベートーベンは素晴らしいが、
素晴らしさの押し売りというか(笑)
大層なものを聞かされてる感じがするので、
鼻くそほじって聞けないし(⬅︎オイw)
正座して最初から聞かなくちゃ!!みたいな気分になる。



んで、モーツァルトもベートーベンも歌曲はてんでパッとしなくてダメダメね。



シューベルトは一見地味で、
一見モーツァルト寄りのつまらなさ(笑)がありそうなんだけど、
一瞬の声のきらめきとか、ピアノの柔らかさ、甘さとか切なさとか、
それらが調和したときの、ものすごい高貴な響きとか、

いやー。もうほんとに凄い!!


慎ましい生活ぶりの中からも、
洗練されたウィーンの香りが滲みでてしまっているのよね。



私が子供の頃、たまたま聴いて見事にノックアウトされ、
ドイツ語の世界、そして歌の世界へと突き進むことになってしまった、
まさに人生を変えた一曲(笑)


『野ばら』。






これも一見童謡みたいな歌なのに、
芸術として昇華されてる感じがすごいんです。


私がグリーンスリーブスでもホタルの光でもドナドナでもなく(笑)
この曲にヤラレてしまったのは、
まさにシューベルトマジックがかくれた音形とピアノ伴奏。

どれもが一見単純で平凡そうなのに、
クルクルと変わる明るさと切なさ。

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↑野ばらの当時の楽譜!!
もうこれを見た15年前も今回もやっぱり感激で胸が震える。





↑フィッシャーディスカウの立派な『野ばら』。


なんていうんですかねー。
このピアノ伴奏の、
1つ1つの音がカツーンという、
ヨーロッパの石造りの建物の空間に響き渡る、
空間を感じる響きなんですよね。


そこにウィーンエッセンスというか、
異国情緒を感じて憧れてしまったんですよね。子供の頃のわたくしは。


和音の選ぶセンスもさりげないけど、
素晴らしすぎるんですよね。
主旋律も。
あ、そこコロコロ歌うのにそこで歌い上げるんだ、みたいな。

いやー。モーツァルトも出来ないですよこれは。


なんていうか、
モーツァルトたち以上に詞をリスペクトしてるし(ちなみに野ばらの詩はゲーテ。)
大切にしてる感じがするんですよね。


モーツァルトは
俺すごいでしょー感を感じるんですけどね。



そもそも。
私とこの曲の出会いは小学1年生の時。




この『トラップ一家物語』でしょっちゅうトラップ家の子供たちが歌っていたから耳に焼き付いてたのです。
(この動画も20分過ぎに野ばらが登場!)





この曲に出会わなければ
私はこんなところに来てこんなことしてなかったかもしれないし、
本当に人生を大きく変えた一曲です。


というか、人生を変えたもなにも、
これに出会ったのが6歳だったので、
変わるどころかずっとぶれずに保ってるのかもしれない。



中2の美術の授業でも、
自分の好きなものを箱に詰めてコラージュ作品作りましょうってなやつに、

シューベルトの肖像画と、
お菓子の茶色い包装紙でハートを作って飾ったら(ザッハトルテみたいな色)


先生に茶色いハートだ
クシャクシャのハートだ
肖像画怖いだ


色々けなされて軽く傷ついたけど、


あの頃には既にアイドルの切り抜きより
シューベルトの世界に本当は憧れ、
だけど誰にもそれは言えないで
自分の中で憧れを爆発させてる状態だった。(笑)

どちらにせよ、シューベルトが生きてこの曲を残してくれなければ、
私ももっと感動の少ない、
つまらんことで悩んで右往左往してそうな人生を歩んでいたかもしれないので、



シューベルトには
幸せな人生をありがとうと思います。



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シューベルトのメガネが残ってる!!!
ベートーベンの髪の毛に比べたら衝撃度も少ないかもしれないが!
肖像画通りのメガネでこちらもなかなか衝撃。

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右がシューベルト。

誰よりもちっこくて、小太りで、
近眼でモテなくて…

不器用で控えめだったんだろうなぁ。(笑)

だけどシューベルトの周りには、
そんな彼の才能を認めてリスペクトしてくれるひとがたくさんいた。

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↑日常的に行われていた、
シューベールティアーデと呼ばれる
シューベルトが中心になって行う音楽サロン。


ここにはたくさんの詩人や音楽家、俳優や文化人、貴婦人が集って、楽しい日々を過ごしていた。

シューベルトは地味で控えめで、
この周りの華やかさの中でも、曲を作り、披露することでしか自分を表現できなかったのだろう。


だけどそれが本当に幸せだったのだろうし、
周りが喜んでくれるのが本当に嬉しかったんだと思う。


シューベルトの曲には、
周りの人たちに対するそう言った愛情や喜び、優しさが溢れてる。


本当に彼は、自分の名声や欲のために音楽を使ったわけではなく、
友達が欲しかったから、
そして周りの人が喜んでくれるから、
たくさん曲を作ったんだろうなと思うと、

またなんだか涙が出てくるのです。。。




↑サロンに集まっていた親友の詩に曲をつけたという『ます』。

このピアノ伴奏もまた軽やかに空間に響き渡り、サロンで大喜びされたのだろうと想像する。


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17歳で初めてゲーテの作品『ファウスト』の韻文に作曲した
『糸を紡ぐグレートヒェン』の直筆楽譜。

すごく綺麗。




↑伴奏が糸を紡ぐ音を表現している。



この曲から、『ドイツリート(ドイツ歌曲)』の歴史が始まります。

ピアノがそれまでの伴奏だけの役割だったのが、
感情や風景を表すものとして独立していくんです。
そして声は、その世界観や詩のリズムを生かすためだけのツール。

モーツァルトやベートーベンの時代にはなかった新しい音楽の歴史がシューベルトによって幕を開けたのでした。

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シューベルトといったら有名な歌曲『冬の旅』。


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歌曲集『冬の旅』より『春の夢』

まさに冬にウィーンに旅してるので、
この歌曲はタイムリー(笑)


シューベルトの生家に来て良かった。
私の音楽に対する想いは、シューベルトに感じた純粋な愛情とささやかな喜びから来るものだと再認識した。

色んな家をこの数日でみたけど、
色んな想いが溢れて、この狭いシューベルトの家がダントツにあったかい気持ちになれて良かった。
(しかもたくさん作品を視聴できるけど全部カルロスクライバー!やっぱり感動が倍増する!)



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An die Musik~音楽に寄す~

気高く優しい音楽(芸術)よ

我が人生が灰色に染まり
悩み苦しんでいたとき、

何度、あなたのおかげで
私の心はあたたかい愛で満たされ、
よりよき世界へと飛翔できたことだろう。


あなたの竪琴から流れる
甘く聖なる和音にため息をつき、
天国が私の目の前に開かれるのをみた。

気高く優しい音楽よ、
私はあなたに感謝している!

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ベートーベンの軌跡を辿る半日。


(以下、前回までのおさらい⬇︎)


ウィーンのど真ん中から、
耳の保養のためにやってきた郊外のハイリゲンシュタットで
田園の構想を練った散歩道や
自分の人生に絶望して遺書を書いた家



そして最後は

そんな彼が第9を作曲した場所とされるホイリゲ(オーストリア東部のワイン居酒屋)にやってきた!

↑看板もベートーベンの肖像画。
そしてちゃんと『ベートーベンの家』という記載がある!




↑日本人も頑張ってます!一万人の第九。

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↑ベートーベンハウスの文字。






↑カラヤン人生最後の第九!四楽章全部。



ここが、
いまや時代を超えて世界中に愛されるエネルギー溢れたこの音楽が生まれた場所だなんてーーーーーー!!


もちろん英気を養いに中へ入るしかない!


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そこはブドウのつたや、
ワイン樽のテーブルなどがあり、
いかにもオーストリアのホイリゲな雰囲気。

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やっぱりオーストリアに来たら街中だけじゃなく、郊外のブドウ畑が一面に広がる場所でホイリゲも体験したい!!


この近くのグリンツィングがホイリゲで有名なのですが、
せっかくなのでベートーベンの住んでいた場所のホイリゲはオススメ!!

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ベートーベンはここに1817年に住んだらしい。

ハイリゲンシュタットの遺書の家が1802年、
街中の家が1804〜1815年まで繰り返し住んでたというので、
その2年後にここに移ったというわけですね。
昔もがき苦しんでいた時代の家の目と鼻の先ですよ。
どんな気分で昔の家の前を通りすぎていたのかね!

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先ほどの説明書きには、中庭の小さな階段にベートーベンのいた当時の様子が回想できるでしょうと書かれていたのでもちろん行ってみた!!


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これはもう、言わずとも古い!!(笑)
改装された他の場所に比べても一段と古い(笑)

上にも上ってみたけど、その中もめちゃくちゃ古くて200年とはそういう時の流れか…と思った。
(ちょうど200年ですもんね!!)


そして階段の上に上ったまま辺りを見回していたら…



店員さんにおりろと怒られた。(笑)



立ち入り禁止らしいよ。
だったら書かないでくれよー。
それかロープ張っておくれ!!



ちなみに第九が発表されたのは1824年。
…てことは7年前からここで第九に取り組んでいたということだ。
最終仕上げをした場所は1821〜1823年に住んでたここらしいけど!⬇︎

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↑ここはウィーン郊外のバーデンにあるラートハウスガッセ。
当時はここはパン屋さんで、その二階に住んでたんだって。

パン屋さんに住むの好きやなー!!ベートーベン!!


ここも第九記念館みたいになっている。


引っ越しの回数が多いと追う方も大変。(笑)
ちなみに私もフランクフルトに来て3年。3回既に引っ越してるけど…


もう引っ越し作業はこりごりでやんす。(笑)(⬅︎もう一個ランクアップさせたとこに住みたいけど引っ越しがもうウンザリ。)


…ってなわけでベートーベンは結局1827年に亡くなるわけですけど、
まぁその10年前に第9の構想を練りながらここにいたってわけですね。


相変わらず前置き長くてすみません!!

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んで!肝心の店内!!!
家庭的なでおしゃれな感じ!
ほうほう。これがホイリゲね。




…しかしながら。



さっきあれほどワイナリーのそばを散歩しておきながら⬇︎

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なぜかビールを頼んでしまった私。笑

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何してんねーん!!
ホイリゲといえば白ワインだろーーー!!



しかしどうしてもビールの気分だったため。
ホイリゲといえば自家ワインのお店なので、ビールを置いてないお店も多いのだが、
ここは頼めば出てきます。
そしてこのオーストリアビール、Ottakringer(Ottakringという町がある。)はとっても美味しいので今回のウィーン滞在中、大変気に入ったものの1つであった。

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このギョーザみたいな?スープもほんっと美味しかった!!!!
透明感のあるスープなのですが、肉の旨味もしっかり出てて!!!

ドイツにはない美味しさだったな。

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ホイリゲは通常、簡単なおつまみしか置いてないお店も多いけれど、
ここはがっつり肉料理やオーストリア名物も食べられる。

どれもこれも美味しそうだったけれど、
ここで財布の紐を緩めてはならぬとスープで自重。


しかしながらこのお店の雰囲気はとてもよかった。
さすが第九ゆかりの店。


そうしてお店を出る頃には16時近く。
もうすっかりこんなに暗い。


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本当はこの近くに(…といっても電車など乗って20分ほど)ベートーベンが交響曲『英雄(エロイカ)』を作曲したお家もある。⬇︎

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ナポレオンを讃えて作られた『英雄』。
しかしナポレオンがその後絶対王政を始めると、期待を裏切られたベートーベンは、
お前も同じ穴のムジナか!!とナポレオンに絶望。



15年前も家の前だけ通り過ぎたけれど、
閉まっていて中には入れなかった。
調べてみると電話予約が必要とのこと。
しかも原則は1週間前?とかまでに…。


今回も予約してないし、
まぁなんだかんだ歩き疲れたのよね。
(朝から並んだり立ち見したりしてるし。笑)


なので、今回はやめることにした。


そんなわけで、
この旅最後を締めくくったのは、
そんなベートーベンを大尊敬していたシューベルトの生まれた家。


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実はここから37番の電車で1本。
20分でシューベルトの生家という。


ベートーベンの家からのシューベルト家、
もしくはその逆、というルートは結構オススメ。
そして行くならやっぱり第一日曜日ね。

ここまで入場料一切かかってませんから。
第一日曜日にできるだけ回りきるといいと思います。


そんなわけで、シューベルト最期の家から始まったこの旅は、シューベルトの生まれた家という変な順序でクライマックスへと向かっていきます。


続く!
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ベートーベンの散歩道を一通り歩いて

交響曲『田園』の構想を練ったときの心境になってみたのち、

 

ベートーベンが遺書を書くほど自身の難聴に思い悩み、

自分の人生に絶望していた時代に住んでいた家へ行ってきた。





↑ベートーベン作曲 ト調のメヌエット。

(私が小学生の頃、甘く切ないメロディに衝撃をうけた曲です!)

 

 

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Probusgasse 6  現在はベートーベンミュージアムに生まれ変わっております。

 

この地に立つまでは15年前にここに来たときの風景など

全く思い出せなかったのですが

(記憶力は昔とっても良かったのに時の流れは残酷ね。)

家の前に立ってみて思い出した。

 

あ。この狭い道。この平坦な家。こんな感じだったわと。

 

 


当時の熱い感動や感激の温度は日記という文章に残しているので思い出すことが出来る。

だけど、視覚的には全然覚えてないんだなってことを再確認する今回の旅。



♯2003年 15年前のハイリゲンシュタットの記録♯⬅︎当時の記憶。



 

結局人間の記憶って感情だけが残るのかもしれない。(それって私だけ???)

 

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中に入ってみる。

 

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ペンキなどもあの頃より新しく塗り直されており、綺麗になった印象。

 

 

なによりも。

魔女の宅急便のパン屋さんはここからヒントを得てるのか??ってぐらい。

 

キキが出てきそうなんですけどーーーーーー!!!

 

 

 

 

・・・と思ったら、本当にここはパン屋さんの建物でした。

ベートーベンはパン屋に住んでいたのか・・・。

ちなみに1821年~1823年に住んでいた家もパン屋の2階だったらしい↓

 

 

 

パン屋好きねー。

焼きたてのパンの香りに包まれてお目覚めだったのかしら。(私も一度は住んでみたい!)

 

ちなみにベートーベンはミュージアムでもコーヒー豆が60粒展示されているほど、

大のコーヒー好きとして有名で、

朝はコーヒーのみで過ごしていたらしい。

そして毎日60粒自分で数えてコーヒーを淹れていたということで

そのこだわりといったらすさまじすぎるww

 

この場所でベートーベンは弟たちに宛てて遺書を書いたのでした。

 

 

その内容といったらこれ↓

 


゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.: 

〜ハイリゲンシュタットの遺書(全文)〜


 

偉大なる行為を成し遂げることを私は自分自身から進んで行なうべきだと考えてきた。
しかし考えてみてくれ、6年このかた治る見込みのない疾患が私を苦しめているのだ。
物の判断も出来ない医者達のために容態はかえって悪化し、症状は回復するだろう
という気休めに欺かれながら1年1年と送るうちにいまではこの状態が永続的な治る
見込みのないものだという見通しを抱かざるを得なくなったのだ。

 人との社交の愉しみを受け入れる感受性を持ち、物事に熱しやすく、感激しやすい
性質をもって生まれついているにもかかわらず私は若いうちから人々を避け、自分ひ
とりで孤独のうちに生活を送らざるをえなくなったのだ。

 耳が聞こえない悲しみを2倍にも味わわされながら自分が入っていきたい世界から
押し戻されることがどんなに辛いものであったろうか。しかも私には人々に向かって
「どうかもっと大きな声で話して下さい。私は耳が聞こえないのですから叫ぶようにしゃべってください」と頼むことはどうしてもできなかったのだ。

 音楽家の私にとっては他の人々よりもより一層完全でなければならない感覚であり、
かっては私がこのうえない完全さをもっていた感覚、私の専門の音楽畑の人々でも極
く僅かの人しか持っていないような完璧さで私が所有していたあの感覚を喪いつつあるということを告白することがどうして私にとってできたであろう・・・。

 私の傍らに座っている人が遠くから聞こえてくる羊飼いの笛を聞くことができるのに私にはなにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。
 そのような経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとするばかりのこともあった。

 そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと
感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。

 お前達兄弟よ、私が死んだときシュミット教授がなお顕在であればシュミット教授に私の生前の病状報告を作ることを私の名前で依頼してくれ。そしてその病状報告にここに書いた手紙を付け加えて発表してくれ。そうすれば少なくとも私の死んだ後、世間は私に対する誤解を解いてくれて私との間にできる限りの和解が可能になるであろう。

 ゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.: 



…つまり何が言いたかったのかというと、



音楽家たる自分が、

もともとは人並み以上に完璧に耳が良かったはずの自分が、

そしてこれからもそうであるべきはずが、

耳が聞こえないことに絶望し、

また他人にもそのことが言えないという苦しみ、


そのため人の中に入っていきたいのに、

耳が聞こえないことを気付かれてはならぬと

人を避けていたということ。



この苦しみは音楽に携わる人間として

はるか想像を超える苦しみだと分かる。



でも彼は、そんな状態でも、

自分の使命をすべて全うしなければ

 この世を去れないと締めくくった。



遺書というより力強い決意表明じゃないか。



ハンディキャップを背負っても、尚もそれに負けず力強く生きていく決意がみてとれる。


それほどまでに彼を突き動かした芸術たるものは偉大であるということだな。



そうしてその後、あの歓喜の歌のある『第9』などを始め、次々と力強く素晴らしい曲を発表していくのだから。


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ベートーベン像。

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ここにいると実際のベートーベンの空気に触れることができる。



まず15年前にも衝撃を受けたこちら⬇︎


 

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 ベートーベンの髪の毛!!!

びっくりーーーー!!

人間だったんだ、という感覚。(笑)



当時は私以外誰も観光客がいなくて、

静かにびっくりしてた感覚。

だがしかし、今回は見学者が何人もいたため、やっぱりオオッ!!ってなってた。



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ベートーベンの補聴器。
これを耳にいれて音を聴いていたという!

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交響曲第6番『田園』と、
ベートーベンのお散歩の杖。
これを使ってあそこBeethovengang(ベートーベンの散歩道)をお散歩してたのでしょう。


そして
ベートーベンは耳が徐々に聞こえなくなったということで(最初は遠くなったという感じだったみたい)
ベートーベンの時代別のヘルツ聞きくらべが出来たり

ベートーベンは口に棒をくわえて、
ピアノの鍵盤を棒でタッチし、その振動を骨伝導で聴いて音を聴いて作曲していたということ、
もしくは鍵盤と歯をヒモで結び、
歯に鍵盤の振動を伝わせて音を聴いていたということ、



そしてベートーベンはサリエリに作曲を習っていたという事実、


それからシューベルトはベートーベンを大尊敬しており(シューベルトもサリエリの生徒!)畏怖に近い感情を抱いていて、実際にベートーベンに会いに行ったが、

緊張しすぎてシューベルトは殆ど話せなかったというエピソード

(ベートーベンが病に倒れたときにお見舞いにやってきたとも葬儀に現れたともいう。ベートーベンが亡くなった翌年にシューベルトも亡くなったのだけれども。。。そしてお墓は隣同士。)


そしてベートーベンの弟子にツェルニーがいたということでツェルニーの肖像画などがあったり(⬅︎ピアノを習ったことあるひとならツェルニー分かりますよね。え!!練習曲の名前じゃないの?って思ってしまいますが!)



前述したようにコーヒー豆を毎日60粒数えてコーヒーを淹れて飲んでいたということ



様々なベートーベンの足跡にくわえ、

多数の作品の視聴も出来るという。



ベートーベンファンにはオススメの場所です。



 

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ベートーベンミュージアムを出た後は
ここProbusgasse 6をまっすぐに進み、徒歩1分ほど。

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こんなご近所にもベートーベンが住んでいたことがあるという。



{330819A1-2A3D-42C4-834F-4D8DE2618629}
 
ほらここ!
現在はホイリゲ(オーストリア東部のワイン居酒屋)になっている『マイヤー』。

 

 

{A3013EC8-A814-4F5D-A7EC-BF012FB96EFC}

ここでベートーベンは短期間滞在し、
かの有名な第9を作曲したというーーー!!!

 

 

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{2787D361-834A-4E8C-9554-F06882BC09F7}
↑ホイリゲになってるけどちゃんとベートーベンの家、という記載もある!


ベートーベンミュージアムは遺書を書くほど苦悩しただけあって、
場所の気はそんなに良いものではない(笑)
だけどあの第9を作曲した場所はとてつもないエネルギーがあるはず!!!

と、覗いてみることにした。



まずはその横の、
ベートーベンも絶対に来たに違いない教会に入った後

 

 

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マイヤーへ向かったのだった。

{49F8FFE0-0FA2-4D40-9B56-1171F3B20CC1}




次回へ続く!

 

 
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さて。
ベートーベンが『エリーゼのために』や交響曲第5番『運命』を作曲したこの家(前回の記事より)から↑
(家からの眺め。)この目の前に走っているトラムに乗って、
ベートーベンがこよなく愛した地、ハイリゲンシュタット(←聖なる町、の意味)へ
行ってみたいと思います。





 
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ここSchottentor U駅は、ベートーベンの家の窓から見えている路線に沿って

歩けば7分ほどでたどり着きます。(正面右方向ね。)

 

この駅から37番に乗って直通30分。

Hohe Warte駅で降りたら歩けばベートーベンミュージアムにたどり着くとのこと。

 

ところが私は37番を乗り過ごしてしまい、37Aだか38Aだか(←同じ37でも37Aとは

違います。)に乗り換えたりしながらArmbrustergasseにて下車。

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降りたら目の前は教会。

そして『シューベルトの菩提樹』と書かれた菩提樹がある・・・・

 




 

うーん。泉に沿いてない。(笑)

 

 

よくよく調べてみると、シューベルトの菩提樹はウィーンには4本ぐらいあるらしい。

 

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せっかくなのでベートーベンも入ったかな??と思われる教会もチラ見。

 

 

 

・・・というわけで、ずっとあれから来たかったハイリゲンシュタットに到着だぁ。

あれからというのは15年前。

一人でこの地を訪ね、ベートーベンの軌跡をたどり、偲んだものである。

 

あのときのこの閑静なるこの地がその名の通り

とても神聖な印象があったのでずっと再訪を夢見てた。





⬇︎当時の記録。

♯15年前 2003年のハイリゲンシュタットのレポート♯

 

 

 

ハイリゲンシュタット。

その名を世界的に有名にしたのはやっぱりベートーベンでしょう。

私は『まんがで読む伝記 ベートーベン』で耳が聴こえなくなったベートーベンが

補聴器をつけて散歩しているシーン、

そして耳が聞こえなくなって遺書(ハイリゲンシュタットの遺書)を書いたシーンでその名を知り、

 

また大学の西洋音楽史の授業でも大変興味深い出来事として

私の胸に鮮烈に焼き付いている。

 

 

当時は温泉地であり、保養地であった。

人災によって温泉が出なくなってしまったらしいけれど。(そんな人災ってナニw)

 

 

・・・ま、そんなわけで引越し魔のベートーベンは

(生涯で70~80回以上。まさに引越しのプロ。)ここハイリゲンシュタットでも

あちこち引越しをしており、この街を歩いていると、色んなところで

ベートーベンの家を発見するわけです。

 

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たとえばここ。教会のすぐ近く。

オーストリアの劇詩人グリルパルツァーとベートーベンが一時期

一緒に住んでいた家らしい。{FFD48395-5AC0-462B-B7B0-BA0B80B6F785}

 

他の家々のリノベーションが進む中、ここだけ時が止まっている・・・

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記念館にはなっていないので中に入ることはできません。

しかし、オーストリアは歴史的な建物には必ず国旗と、説明が書いてあるから

分かりやすい。

 

しかしながら15年前も思ったのですが・・・。

街中にさりげなく溶け込みすぎていて驚きます。(笑)
大の音楽愛好家だったら、ベートーベン様がかつて住んでいた家の前に
車路駐できますー!?ふつー。
 
なんかすごいですよね。
犬の落し物(笑)も普通に落ちてるわよん!!(爆)
 
 

 

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さて。坂道をえっちらおっちら登っていくと、そのうち道が二手に分かれます。

それを右に行くとベートーベンミュージアム。

すなわち、あのベートーベンが遺書を書いたと言われる家です。

(その家がミュージアムになっているんです。)

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↑写真右手の白い家の奥がベートーベンのいえ。(ミュージアム。)
 
だがしかし!
観光客の皆さん、ご注意を!!!
 
ウィーンの有名作曲家の家関係の施設はだいたいお昼休憩があります。
13時~14時には閉館してますのでお気をつけて!!!
 

 

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・・・ってなわけで当方、到着したのが13時。(タイミング最悪・・・)

 

なので14時になるまで前方のArmbrustergasseへ行くことに。

私15年前にここに来たときの記憶がさっぱりないのであるが

(日記と写真は残してあるので、それで記憶を辿るだけ。)

この道だけはなぜか印象的で、ここに来た瞬間にあ!前もここきたじゃん!!と思い出した。






↑ベートーベン作曲 交響曲第6番『田園』

 

 

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しかしながら、なんだかヘンな悪寒がする通りなのであーるー。

わたくし、霊感があるわけではないのですが、まったく無いとは言い切れない。

 

特にヨーロッパに来ると、ヘンな気とかいい気だというのはすごく分かる。

見えるわけではないのだけれど、感じるっていうイメージ。

 

自分の生涯の中で強烈に感じて、嫌な気分になったのはパリのコンシェルジュリー。

(ギロチンで処刑される前の囚人が8000人近く収容された場所。)

あそこにいくといつも必ず、気分が悪くなる。そして足の関節がインフルエンザみたいにガクガクする。(笑)

あの感じが嫌で私はアウシュビッツの強制収容所なども行けないのですが

(アムステルダムのアンネの家ですらもう二度と嫌だ。)

 

 

この通りも若干似たような症状に陥ったという。(笑)

 

 

おかしいなぁー。

ハイリゲン(聖なる)シュタット(街)じゃなかったっけ?????

 

もっと神秘的な思い出だけは残っているのだが・・・・。

 

 

ってなわけで

気になるときはウィキペディア!

それによると、1683年のオスマントルコによる第二次ウィーン包囲(←あのトルコ行進曲や

コーヒー文化をもたらしたトルコのあれね。)の際に、ハイリゲンシュタットの住民は

大虐殺されて、土地も人も荒廃してしまったんですってー。

 

あのいやーな感じは、そのときのアレかい!

 

 

・・・まあ、その後ハイリゲンシュタットは温泉保養地として景気が回復し、

そこへベートーベン様が耳の静養でここへやってきた、というわけ。

(そして引越しを繰り返し、主に夏の間はここで、冬はウィーンの街中へというライフスタイルを送っていたらしい。)

 

 

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さっきの道を抜けるとこの場所へ。

あ!!!ここも知ってる!!!15年前に来たよ!!!とちょびっと感激。

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しかしながらあれね。この街並みも15年前に比べると、ペンキ塗りなおして

綺麗になった感じやね。

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この雰囲気が、ウィーンの街中のエレガントなクリーム色のビル街とは一線を画し
いかにも閑静なる街中って感じで好きだったんだな、当時は。
 
なんだかあれだね、ベートーベンは。ウィーンから車で30分以上かかる
ここ郊外で(←馬車だとどれぐらいかかったのかしら。)
いわゆる隠居生活を楽しんでいたってことだね。
 
 
あの王宮から徒歩10分ほどのエリーゼのためにの家にも繰り返し住んだって話なので、
煌びやかな社交界の近くにいたり、煩わしさから逃れたり(笑)
って感じでバランスとってたんでしょうね。
 
・・・ってことでこの手前の道を左へ。
 
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うーん。うまく写真が撮れなかったけれど・・・
この奥には一面のワイナリーが広がっている。
遠くの方でなんとなく認識できますでしょうか・・・???
 
こんなもんじゃなく、もっとヴュルツブルクのブドウ畑なみに広大です。
 
ここのワイン作りの歴史は古く、もう900年ごろから始まりつつあったらしい。
オーストリア(ことにウィーン)といえば是非訪れたいのがホイリゲとよばれる自家ワイン酒場。
 
そのホイリゲで有名なのがここハイリゲンシュタットや、
その近郊のグリンツィングというあたりなので、ワイナリーが広がっているのもうなずける。
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そのワイン畑まで行かずして、途中にBeethovengang(ベートーベンの散歩道)がある。
 
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・・・なんか全体的に茶色い図なんですけれども。
 
 
春は花爛漫、初夏は緑がみずみずしく、
そして秋は紅葉でとても美しい場所なのでしょう。
 
 
とはいってもどこにでもありそうな自然公園ってかんじなのですが。
 
ただ唯一それが他と違うのは、
ここはベートーベンが散歩したということ。(←ってそのまんまやないかーい!!)
 
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↑どうやら正式にはこのコンクリートの道で手すりがあるところを
ベートーベンは散歩していたらしい。
もちろん当時はこんなコンクリートもなく、住宅もなかったのでしょうが・・・。
 
 
 
 
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ベートーベンはここで補聴器をつけながら生活していました。
そして交響曲第6番『田園』の構想をここで練ったといいます。
 
『田園』。
私も大好きな曲です。ベートーベンの交響曲の中でも1、2を争うぐらい。
牧歌的で広大で、鳥のさえずりや川の流れ、草木のささやきなど
自然の営みすべてが、そしてそれに対する愛情や喜びが
この作品にめいっぱい詰め込まれてます。
 
ベートーベンは耳が殆ど聞こえなくなっていたというのに、
この作品を作り上げてしまうとは。
もう肉体は衰えても、心の耳はまったく衰えていないというか。
 
ひとっていうのは肉体的なものではなく、
もっと無限の可能性を秘めたものなのだなと、
このベートーベンの作品と生涯を通して受ける感動はいつもとても大きい。
 
耳の聞こえないベートーベンの心には
自然から受ける感動やエネルギー、ときには音ですらも届いていたんだなあと思うと、
人の可能性の素晴らしさを感じる。
 
 
 
ベートーベンの散歩道には
{8349B7F5-3579-44D8-B96D-B792712184BF}
こういったベートーベン公園があったり
{B32FBCCD-6842-46B8-8955-E288CB320D3B}
 
住所にもベートーベンの名前が入っていたり
 
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さすが歴史に名を残すとはこのことを言うのだなアと実感。
この先も永遠にこの前は刻み込まれ、受け継がれていくのかしら・・・。
 
 
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そうこうしているうちに14時になったので
来た道を戻り、ベートーベンミュージアムへ向かいました!
 
 
続く。

 

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朝からウィーン少年合唱団を優雅(…じゃないな。気合と根性だな。⇒詳しく。)に聴き

デーメルでウィーンっ子らしいカフェを楽しんだ日曜の昼下がり。

 

その後向かった先は、ベートーベンの住んでいた家。





↑超有名すぎるこの曲を作曲した場所!





カフェ・デーメル、そして王宮(ホフブルク)から徒歩10分の距離に彼は住んでおりました。

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ここHerrengasseをしばらくまっすぐ行きたいと思います。
 

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この道をひたすらまっすぐ。

ベートーベンもマントをひるがえし、難しい顔して歩いていたに違いない・・・。

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5分もいかないうちに、由緒あるカフェ・ツェントラールにぶち当たる。

 

フロイト、レーニン、ヒトラーもここのお客だったというカフェ。

もともとは宮殿として建てられた建物で、その後証券会社やオーストリア・ハンガリー中央銀行として使われました。

 

その後、19世紀末にカフェとして改装。

映画「クリムト」(ジョン・マルコヴィッチ主演)でも、ロケ地として使われた場所。

 

まさに19世紀末を生きた画家クリムトの時代を色濃く残すこのカフェなのです!

(当時は大変ナウかったのだろう!!)

 

 

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そんなカフェを越えてひたすら進む。

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クリーム色の街並みと、

まるでデコレーションケーキのような装飾。

 

そんないかにもウィーンなストリートを通り抜け、

 

そのうち

 

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まるでパリ・モンマルトルの一角!?みたいなフォトジェニックな建物みーっけ@

ベートーベンのおうちはその一本先にあります。(もっと表通りに面してますー)

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ベートーベンのパスクヴァラティハウスの表示。

(↑この建物の大家さんの名前がつけられているらしい。)
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ここだーーー!!

ちょっと小高いところに、彼の家は当時のまんま、建っている。

1791年に建てられた建物なんですって。(←モーツァルトが亡くなった年。)

彼はここの5階に住んでいました。

 

 

 

・・・といっても、彼は史上稀に見る引っ越し魔としても有名で、

生涯で70回、80回は引っ越したと言われております。

 

生まれはドイツ・ボンですが、22歳でウィーンに引っ越してからというもの、

まぁよくもまぁ近所でこんなに引っ越すなと突っ込みたいぐらい引っ越しまくっていました。

 

よっぽど難しいひとで近隣の人とうまくいかなかったのか、

神経質で部屋のちょっとしたことが気になっちゃうのか、

それとも気分によって住む場所を変えていたのか・・・。

 

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中に入ってみる。中庭の様子。
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ベートーベンの家から見える風景。
でも、当時はこの建物はなかった。もちろんこんな道路も・・・車も。
もっと草むらだったのでしょう。
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ベートーベン直筆の楽譜。
モーツァルトやシューベルト(元気な頃)の天才的に綺麗な楽譜に比べると、
書き直しや訂正も多々あり、悩みながら作曲していた様子が伺える。
 
神経質でもあったのでしょう。
 
天才ではなかったようだ。(笑)
 
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ベートーベンのデスマスク。いかついおっさんである。
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↑ところでウィーンの作曲家の家って部屋の隅?に本人の銅像ありますよね。
しかも身長に合わせて置かれてる?って感じ?
 
 
ベートーベンはこの雰囲気のあるお部屋?で
かの有名な『エリーゼのために』や交響曲第4番、第5番の『運命』
それからオペラ『フィデリオ』などなど、後世に残る名曲の数々を生み出したわけです。
 
 
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ちなみに彼は1804年から1815年にかけて、この場所に繰り返し住んだといいます。
どうやら夏はウィーン郊外の温泉地(ハイリゲンシュタット)に住み、
冬になるとウィーン市内に戻ってくるとか、そういうライフスタイルだったらしい。
 
結局気ままに引っ越していた感じだったんですね。
 
しかしながら、彼が最初に入居する2年前に、耳がきこえなくなり、
そんな音楽家として致命的な障害をかかえた彼は、自分の人生に絶望して
遺書を書きました。(←これが有名な『ハイリゲンシュタットの遺書』と呼ばれるもの。)
 
音楽家人生として、ドラマティックに自殺をするつもりだったのでしょう。
ところが彼はその後気持ちがふっきれ、
音楽家としても円熟していきます。
 
シューベルトが31歳、モーツァルトが35歳と若くして亡くなっていく中、
ベートーベンはまぁ56歳まで生きたわけだしね。
しかも最後の交響曲は『第九』の歓喜の歌!!!
 
 
彼があのとき自分の人生を諦めなくて本当に良かったと思いますよね。
 
 
この家はそんな人生絶望期そのあとに入った家だったのですね。
 
昔、憧れだったのですよー。





↑この『月光』とか、
私も子供の頃に弾いた『エリーゼのために』の響きがとっても重厚なのに、
どこか夢心地で。

どんな街で、どんな部屋で、ベートーベンは、誰のために弾いていたのだろうと
想像するとワクワクしてものです。
 
『月光』なんて、暗い夜の部屋に月明かりがほんのすこし差し込んでる部屋で
弾いていたのかなぁなんて思うと・・・ドラマチックですよね。
 
『エリーゼのために』のストーリー性もとても美しく、重々しくセンチメンタルな響きから急に紅葉のウィーンの森を駆け巡るようなストーリー性!!

5歳のときからその世界観に没頭していたんです、私。
それを作曲した場所。
思った以上にあっけない家でしたが、でも、見れて良かった。






↑『運命が扉を叩く』から始まる、
ベートーベン交響曲第5番の『運命』。
カラヤンの重厚な響きもおぞましい感じでいいんだが、私はやっぱりカルロスクライバーのスピード感と計算しつくされた音楽性と音のピッチが大好き。もうゾクゾクする!




ちなみに余談だけど運命といえば私もこんな形でお世話になったことがある⬇︎





綾瀬はるか出演のジャイアントコーンのCM(笑)
このその他大勢の中に私の姿も確認できる。

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↑ここ(笑)
 

↑メイキング映像。

当時のブログ♯にもこの撮影日の日、なんやら生ぬるいこと書いてます。

…この曲がこの場所で作曲されたなんて感慨深いものがあります。

 
・・・あ。ジャストインフォ。
ウィーンの作曲家の家めぐりは第1日曜日がおススメです。
なんてったって、ベートーベンやシューベルトの家など、ことごとく第一日曜日は
無料で入れるからです。
 
私はこのあとも色んな家に入ったのですが、
第1日曜日だったのでお得でしたー★
 
 
 
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そして時代は前後してしまいますが、
このあとはますますベートーベンを深く知る旅へ。
ベートーベンが遺書を書くほど悩み苦しみ、自然を慈しみ、
そうして作曲活動と耳の療養にいそしんだウィーン郊外のハイリゲンシュタットへ!
 
このパスクヴァラティハウスから30分ほどで行けちゃうんです。
この37番に乗ったら。
ベートーベンの時代はこんなに便利なものはなかったので、もっと遥か遠くに感じたんでしょうけど。
 
ウィーンに来たら中心街だけじゃなくてぜひここにも行きたい!
・・・というわけで15年ぶりに足を運んでみたのでした。
 
 
続く!

 

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ウィーンの日曜日の朝といえばウィーン少年合唱団の歌う王宮礼拝のミサ!!
(しかも演奏はウィーンフィル!!)
 
 
・・・というわけで
かつてはそう思いながら昔はなかなか早起きができず、
参加することができませんでしたが
今回は根性でみてきましたよーーーー!!
 
ほんと、読んで字のごとく・・・根性でした。
 
 
 
まず、朝7時15分には宿を出発。



ウィーン少年合唱団の前に、しばし長い前置きにお付き合いください。(笑)
 
 
カールスプラッツ駅で降り、そこからしばしぐるりとお散歩。
いえ、もっと近道で王宮礼拝に行くこともできたんですけど。
あえてこの道を選んだ。




…その旨は!!
 
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まずフランクフルトご出身のはずのゲーテ像がこんなところにもあるということ。

とりあえず朝のご挨拶。

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それからモーツァルトさんにも朝のご挨拶。(朝8時前。)


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いつ見ても美しいモーツァルト像。

ウィーンで成功したくも、最後は無残に扱われた彼。

それでも今世ではこのように神格化されておる。

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市立公園にはヨハンシュトラウス像がありますけど、

モーツァルト像は王宮近くと、ちょっと離れたところにあるんですよね。

たかが銅像。されど銅像。

ウィーンに来たら、銅像なれどもナマで見ておかなくちゃ!!!


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ウィーンの自然史博物館と国立美術館。

私はこの国立美術館が大好きでした。

今回は時間の関係で行けませんでしたが・・・。

 

大好きなブリューゲル、カナレット、ルーベンスの作品に大変感銘を受けたものです。

まるで夢の中にいるような美術館でした。

また時間があればいつか行ってみたい★

 

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いよいよ王宮に近づいて参ります。

ここから当時は騎士が一斉に飛び出していったんでしょうねェ・・・

 

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この門をくぐりぬけて振り返るとこんな風景。

ふたつの双子のような宮殿。

それが先ほどちらっと紹介した美術館と自然史博物館。

 

左は美術館。 右は自然史博物館。

その中央にマリアテレジア像がある。

 

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このあたりもパリと同じく、街中の都市なのに

空間把握能力がおかしいんじゃないか?と思うほど

広い。

 

数メートル先とこことは幅の感覚が違うんですよね。

 

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王宮。

この像はベルベデーレ宮殿の持ち主だったプリンツ・オイゲンらしい。

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ヴォティーフ教会、新市庁舎をバックに。

向こう側には国会議事堂もある。

この像はカール大帝らしい。
 
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やがて王宮を横切っていくと、おのずとこのような広間に出ます。

 

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中央に立つのは皇帝・フランツ1世の像。

 

 

その向かいに、このような門がさりげなくあります。↓

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その名も『スイス門』。

 

ここを抜けた先にウィーン少年合唱団の歌う王宮礼拝堂があります。

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この礼拝堂の歴史は古く、なんと1498年。

ハプスブルク家専用の礼拝堂で、ウィーン少年合唱団はその創設時から

少年聖歌隊として活躍していました。

 

まさに500年以上の歴史を持っているんですねー。

 

その後数多くの戦争や王政崩壊などの歴史的な事件を乗り越え、

現在は民営化されているということ。

 

私も日本で2、3回ウィーン少年合唱団の演奏を聴いたことがある。

だけどそれももう10年以上前。

今回は久しぶりのウィーン少年合唱団の歌声。

(しかもここ本場では初めて!!)

 

 

ちなみにチケットは10ユーロぐらいのものから50ユーロ以上するものまで

(エージェントを通すと手数料で50ユーロは取られる。)さまざま。

 

だけど少年たちは一番最上階の後ろで歌うので

高いチケットを買ったからといって、ミサ中は少年たちの姿が見れるとは限らない。

(私もミサで歌ったりしてるので雰囲気はよく分かっている。)

 

だったら無料の立ち見席でいいや・・・

 

と、いうことで。

今回こそは立ち見席狙いで早朝から並びましたよ。

立ち見席にも数限りがあるのでね・・・あんまり遅く行ったら

高いチケット買わされるはめになる!!!!

 

ちなみにミサの開始は9時15分から。

私はその1時間前の8時15分にはもう並び始めてたんですけど、

その時点でもう5人ぐらいは並んでました。

しかも殆どアジア人。(多分中国人。)

 

 

でもね・・・9時近くになってふと後ろを振り返ってみると

既にこんな列が。

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…良かった。早く来ておいて。

1時間前に並んだら確実ですよー。

 

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…ってなわけで立ち見の最前列をゲットできたため、目の前をさえぎる視界もなし。
ラッキー!2列目以降は狭いし見えづらいし、息苦しいと思います。
わたくしはラッキーでした。(っていうかそのために早起きして並んだんですけど。)





ミサ中披露してくれたのは、ハイドンの『ニコライ・ミサ曲 ト長調』全曲です。

贅沢すぎるー!
ウィーンフィルの演奏ですよー?



ウィーン少年合唱団は↓この天井の後部にいらっしゃるのでミサ中姿は見えませんけど。
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どうせ高い座席を買っても見れない確率高しですし
(一番高いチケットなら少年の姿がミサ中拝めると思いますが。)
 
だいたいミサ中に合唱団をガン見するという習慣がないので
声さえ聞こえればどうでもいいですし
どっちにしたってミサが終わったら、下に下りてきてくれて2曲ほど歌ってくれる↓
 
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このように。
立ち見席最前列からもバッチリ観れたので、私はわざわざお金出して入らなくて
よかったなーって思います。
 
ただし朝も1時間並び、ミサ中も1時間15分立ちっぱなしなので、
足腰に自信があるひとに限りますけど。
 
(そしてお金にいとめをつけないのであればお金を払えばいいと思うのですが。)
 
 
でも私は座るか立つかの差で同じクオリティで50ユーロ違うなら
頑張って立っちゃうなーーーー。
10ユーロとかで座れるなら買うかもしれないけど、さすがに一人50ユーロは
とりすぎだと思います・・・。
果たして50ユーロ払うだけの価値のあるか!?(しかもミサに金とるのか?)
と思うと、ぶっちゃけ?????疑問です。
 
少年たちは難しいミサ曲を頑張っていたと思いますが・・・。
しかし50ユーロ払うクオリティでは残念ながらナイ!と皆さまのためにここで断言しよう!!
昔日本で見た時よりクオリティ下がってる気がするし…残念ながら。

でも正直な気持ち。


だったらもっといいコンサートに
50ユーロ払った方がいいと思う!!

(でも日本人の人たちは続々買わされてました(笑))
 
おまけにミサの最中に寄付金ということでお金も催促されます。
まァこれはどこの教会でもあるあるなんですけど。
私もいつも払いますけど。
でもさ・・私は無料で入ったからいいけど、
 
あれだけお金払わせといてまだ教会が取るんかいっ!!!!!
 
 
って思いますよ。
教会ってなんなんだろう…
ミサってなに…。

 
色んなミサで歌ってる私なので、
この教会のあり方ってどうなんだろう・・・って思っちゃいました。
 
(少年たちを育てるために必要なのかもしれないけれど。)
 
 
 
でも。
日曜日の朝に
ウィーン少年合唱団とウィーンフィルの演奏でミサを聴けるって
すごい贅沢です。



 
しかも無料で。 
(※しつこいが、立ち見席に限る。)




 
しかも、この場所にゆかりのあるハイドンのミサ曲をミサ中に
がっつり聴くことができます。これはまたすごい。
 
ただし、ソプラノパートを歌う少年合唱団は、よくもまァこんな難しい曲を
頑張って譜読みして歌ったわねーって感心できちゃうんですけど
(発声テクニックにはやや難あり。)
テノールを歌っているウィーン国立歌劇場合唱団のテノールはひどかった・・・
 
絶対付け焼刃でしょー???
譜読みあんまりしてないでしょーーーー??
バイトで雇われて慌てて初見で歌ってるっしょーーーー???
 
と思えるクオリティ。
グレゴリオ聖歌を歌うグレゴリオ合唱団は素晴らしかったけれど
ウィーンフィルのハイドンも極上だったけれど、
 
それ以外はどうかな、と
思います。(笑)



観光客舐めたらあかんよ、ウィーン!



 
 
でも、無料で聴けたということでものすごいお得感があったので、よしとしよう◎
 
 
やっぱり少しのガッツがあれば、
無料かせめて10ユーロぐらいのお安い席でみることをおすすめします。(笑)
 
 
ちなみにミサ自体は公現祭とよばれるクリスマス2週間後の大切な日だったため、
ものすごく厳かで良かった。

オーストリアやドイツではお正月の間もクリスマスツリーを飾り続け、
ここ公現祭が終わってからやっとツリーを捨てたり片付けたりするんです。
 
その公現祭は

星に導かれた3博士がキリストの生誕地にやってきた逸話にまつわる祝日。

1月6日がその祝日なのですが(だから土曜日は祝日でスーパー全部閉まってて困ったー)

その翌日のミサなので一大イベントでした。

 

フランキンセンスも炊きまくりで脳幹やられました。(笑)

 
 
 
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1月7日だけどクリスマスキャロルを2曲歌ってくれました。
少年たち・・・可愛い★
アジア系の子や黒人の子、南米系?っぽい子と多国籍だった。
逆に言うと現地の子がほぼいないような気がしたのですが・・・?
だいぶ変わってきてるんですかねー。昔と。
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だけど可愛くって癒された!!
異国の地で頑張れーーー!!
未来ある子供たち★

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ミサ後。前の方から後ろを撮ったの図。ミサ中は↑この最上階でウィーンフィルも
少年合唱団も演奏してます。
 
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↑立ち見席にあぶれて観れなかったひとのために、扉の外にはモニターが設置されてます。
 
ミサは厳粛な宗教行事となってますので
マナーは厳守ですよ!!
 
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ミサが終わるともう10時半。
さすがに小腹がすいたため、あるところへ行こうとミサ中からもくろんでいた!
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ここを通り抜けて(つまり朝来た道をそのまま進行方向に進んでいく。)
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通り抜けきるとウィーン1番の中心街、リンクに突入。
馬車がとってもウィーンらしい。
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振り返るとホフブルク(王宮)が。
この景色がエレガントでいかにもウィーンらしくて素敵。
 
(ハプスブルク家はここで政治をつかさどっていて、夏には離宮で
シェーンブルンに移ったわけですね。)
 
・・さて。そんな王宮の目と鼻の先に
王室御用達のかの有名なカフェがある。
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その名もデーメル
 
 
あの、ホテルザッハーとどちらがオリジナルのザッハトルテかを争うべく裁判沙汰になったという
『甘い7年戦争』『ザッハトルテ闘争』の現場ともなったデーメルです。
(結局は両方共に販売権が与えられ、ザッハーには『オリジナル・ザッハトルテ』
デーメルは『エデュアルドのザッハトルテ』と名乗ることで決着がついた・・・。)
 
 
でも、エリザベート后妃やメッテルニヒも足しげく通ったデーメル。
王室の舞踏会のケーキとしても振舞われており。
 
 
シンボルマークには
オーストリア=ハンガリー帝国帝室・王室御用達 (k.u.k. Hofzuckerbäcker) であったことを
示す双頭の鷲が使われております。
 
 
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デーメルの入り口からみた景色★↑
15年前も雪のちらつく夜にここに来たんです。夢のような世界だなァと思いました。
 
 
私のデーメル初体験は15年前。(ホテル・ザッハーの翌々日とかだったかな。)
その後、名古屋の高島屋にデーメルが進出したときは本当にびっくり
&感激でした!!
 
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本家本物はアンティークな感じで素敵です★
 
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・・・というわけで私もウィーンお約束のコーヒーとザッハトルテをここデーメルでいただく。
 
 
↑デーメルのザッハートルテ。この三角形のマークがシンボル。
アンズジャムの層が薄く、甘さもちょうどよく(日本人には甘すぎといわれるが・・・)
 
私はザッハーのものよりデーメルの方が好きです。
ちなみにこのトルテの横付けされたザーネ(クリーム)は、まったく甘くありません。
甘さを足すものではなく、トルテの甘さを中和させるもの。
日本にはない感覚ですよね。
 
 
ちなみに本場のウィンナーコーヒー。
 
だがしかし!ウィーンにはウィンナーコーヒーと呼ばれるものがありません。
 
ただし、ウィーンのコーヒーの種類は豊富。
ウィーンに来ると、それぞれのコーヒーを現地の言葉でオーダーしたくなるものです。
 
 
■Wiener Melange(ヴィーナー・メランジェ)
エスプレッソと泡立てたミルクを1対1の割合で混ぜたもの。ウィーンで最もよく飲まれているコーヒーで、ウィーン子が「コーヒー」と聞いてまず思い浮かべるのがこれ。日本のウィンナーコーヒーとはまったく違います。(甘さが無い。)
私が頼んだのは(というかいつも必ず頼む)このメランジェ。

■Mokka(モカ)
エスプレッソ。Klein(スモール)とGross(ダブル)がある。

■Brauner(ブラウナー)
クリーム入りのエスプレッソ。同じくKlein(スモール)とGross(ダブル)がある。

■Verlängerter(フェアレンガーター)
エスプレッソと同量のお湯で薄めたもの。ブラックもしくはミルクと一緒に。
 
■Einspänner(アインシュペンナー)
ダブルのエスプレッソにたっぷりのホイップクリーム(甘くない)がのったもので、グラスに入れてサーブされるので一見冷たいアイスカフェかと思いきや熱い。
私がウィーンらしいなと思うカフェその2。メランジェの次によく頼みます。

■Franziskaner(フランツィスカーナー)

アインシュペンナーと見た目が酷似しているフランツィスカーナー。

しかしミルクの分量が多く、グラスのサイズも一回り大きい

メランジェの上にミルクではなく、ホイップクリームをのせたもの。
これもグラスで出されます。


■Überstürzter Neumann(ウーバーシュトゥリュツター・ノイマン)
ホイップクリームの入ったコーヒーカップに、後から自分でダブルエスプレッソを注ぐスタイル。
 
 
などなど。
ケーキ以外にもコーヒーの種類も豊富。
これはドイツとは似ても似つかない素敵な文化です。
(ドイツはそんなにコーヒーの種類ないしケーキも美味しくない。)
 
ウィーンとカフェ、またコーヒーは切っても切り離せないものなのですよ。
と、いうのも、ウィーンがオスマントルコ軍の攻囲を受けた際、
トルコ人の置いていったコーヒー豆を見つけたことが、
ウィーンのカフェ発祥の発端と言われています。
(その後カフェ文化は19世紀に絶頂をむかえ、
カフェは世紀末芸術家や文豪たちの集う場となったのですが。)
 
トルコ人によるケバブ屋さんがやたら多いオーストリア、ドイツですが
コーヒーも相当な影響を受けてるんですね。
バッハもコーヒーカンタータを作曲するほどですもんね。(実はトルコからの影響だった。)
モーツァルトもベートーベンもトルコ行進曲を作曲するほどですもんね。








 
オスマントルコの音楽の影響も受けてるんですね。
 
 
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デーメルはショーウィンドウになっており、パティシエのお菓子作りの様子を
見ながら食べることができます。
 
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デメルは高品質の材料にこだわり、得意分野を異にする職人たちがそれぞれ自分の専門分野を担当しているそうです。
職人の技術はウィーンの菓子店の中で最も洗練されていると評価されています。
 
 
ちなみに接客を担当する女性店員はデメル・レディと呼ばれ、かつては職業女性の憧れだった。デメル・レディはドイツ語英語フランス語の3か国語を話し、ウィーン宮廷の礼儀作法を身に付けているらしい。
(ここまでウィキペディアよりだいぶ引用。)
 
{3FDEFB29-0F70-415D-BA89-E22864ED1DE1}
 
うーん。王宮礼拝堂にウィーン少年合唱団にウィーンフィルに
デーメルにザッハトルテにメランジェ・・・
もうウィーン大満喫!!の日曜日の午前中。
 
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お腹も落ち着いた正午すぎ。
デーメルを出て、王宮方面に戻る手前で、右へ右折。
ここにこのHerrngasseがあります。
 
ここから徒歩で、ベートーベンがかつて住み、かの有名なエリーゼのために作曲した
家があるという。歩いて10分。行ってみることにいたしましょう。
 
日曜日の午後はベートーベン祭のはじまりはじまりです。

 


シェーンブルン宮殿をたっぷり満喫したあとは、市立公園(シュタットパーク)へ到着。
 
 
既に16時過ぎ。ここからあっという間に日が暮れる!!
足早に行きます!!
 
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↑我らが小澤征爾先生とウィーンフィル!


↑同じ曲を最高なクライバーバージョンでもどうぞ。


やっぱりウィーンといったらこれよねー。

ヨハンシュトラウス2世の像。

そして青き美しきドナウ。


 

なーんてことはない、ただ銅像があるだけの公園なんですけど。

せっかくウィーンにいるんだもん。

著名人の銅像に挨拶しとかないとね。

 

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ちなみに15年前にここに来たときは。

骨の節々が痛いし、歩いてるだけで内臓がきゅううううう・・・っとして、

お腹が痛いなァと思ったら、

お散歩中のおばあちゃんに、今日は寒いわねェ

今日はマイナス11度よ、と話しかけられて驚いたのを覚えてる。

 

あのおばあちゃん元気かな・・・。写真とってくれたのよね。

 

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ヨハンシュトラウス像のすぐ脇には桜の木が植えられてある。

ウィーンは岐阜市と友好都市を結んでおり、岐阜からの贈呈らしい。

15年前には既にそこにあった石碑。

あれから桜も大きくなったのかな。

 

 

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このチケット売りのお兄ちゃん。

日本語で話しかけてきた。(ウィーン国立歌劇場のお兄ちゃんたちも常に日本語。

どうして中国人や韓国人だと思われないんだろう。ドイツでは中国人に思われる率が高いので

少し嬉しい。)

 

ちなみにこのひとは、玉木宏が『のだめカンタービレ』の撮影で

ウィーンに滞在した際、2週間毎日ここにいたと言っていた。

そして玉木宏と談笑しながら、ここでコーヒー飲んだりしていたそうな。

 

なにそれ!!!すごい!!!

お兄ちゃんは映ってないそうですが。。。。

 

そんな話を聞いたらこのお兄ちゃんと記念撮影をとらないわけにはいかないよね。(なぜ)

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市立公園の池。この景色をみたら大好きなシューベルトの

『水上で歌う』を思い出してしまう。




 

↑水上で歌う by シューベルト。

 

この曲も時の流れの無常さをじわじわと感じさせられる。

死ぬまで時は流れ続けるのだと。

どんなにもがいても流れは待ってくれない。

静と動、生と死を思わずにはいられない、素晴らしい一曲。


この曲の歌詞が気になる方はこちらへ。⬇︎

#11年半前のブログ(笑)#



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・・・・なァんて考えてたら、池の脇にシューベルト像発見!!!

 

 

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市民公演を出て歩いていくと、リッツカールトンがあったり、

なんやらハイソな通りに出る。

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ここでデモに遭遇!!!おびただしい警察のデモ隊に阻まれ、

横断を中断せざるを得なかったが・・・

デモの通過と共に通常の静けさが戻ってきた。

{B2579721-1049-49E1-982A-A3E44D4EFA4D}

 

そしてそして・・・

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じゃじゃじゃーーーん!!

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートで毎度おなじみ!

楽友協会コンサートホール前の通り!

ここに敬愛するクライバーも来ていたなんて!

そしてあのすばらしい演奏をここで披露していたなんて!!感激だ!!

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楽友協会前。ニューイヤーコンサート!いつかは行きたい!!

背後にはカールス教会。

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楽友協会にはピアノで有名な『ベーゼンドルファー』の文字。

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楽友協会を超えてカールス教会へ向かうと

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おやおや。これはこれは。
ハンブルクからお越しのブラームスさんじゃありませんか。
いつも素晴らしい歌曲でお世話になっておりますー。
 

 
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カールス教会到着。
アールヌーボー様式の、比較的新しい教会。
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中には入れず。コンサートがあった模様。
 
 
この後は歩いて歩いて歩いて歩いて・・・・
地図でみた以上に歩いて歩いて・・・
 
 
 
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ここ、ベルベデーレ宮殿にたどり着いたときにはもう夜だった。
(・・・といってもこれでまだ17時前(笑))
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ライトアップに浮かび上がる宮殿。
ものすごいホラー。
だけど、すごいド迫力で立派な宮殿。
もしかしたらシェーンブルン宮殿よりもド迫力でデコレーション綺麗かも!!
 
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もともとこのベルベデーレ宮殿はハプスブルク王朝に仕えた
オイゲン公が1714~1723年にかけて建てた夏の離宮。
オイゲン公の死後1752年にハプスブルク女帝マリア・テレジアに売却されました。
 
現在は美術館になっており、
かの有名なクリムトの作品『接吻』などもここに展示されています。
 
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私も15年前、ここにやってきました。
宮殿も庭園も大変美しく、感銘を受けた覚えがあります。
 
しかし今回は時間が遅かったため中には入らず終了。
 
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{0619A7F2-0E2A-46C5-A57F-7529BC297CD8}
 
そうして後ろ髪を引かれながらホテルに戻る・・・。
 
 

実はこのあと、シュターツオーパー(ウィーン国立歌劇場)で
バレエ『くるみわり人形』を立ち見席で見るつもりでいました。
チャイコフスキーの甘美な音楽に乗せて舞う、本場・ウィーンのバレエをぜひ
もう一度観たかった。
(なによりもウィーンフィルでの音楽を聴きたかった!!くるみ割り人形大好きなので。)
 
しかし、前日の『こうもり』を観たことによって
なんだかすべてが完結してしまった私・・・。
本気でバレエも見る気満々だったのに。観なくていいか、と思ったんです。
 
あそこで満足したのに、今日立ち見席で豆粒大のものを見ても、
イメージダウンになるだけよね・・・
(だいたい15年前に立ち見席で見たジゼルも細かすぎてわけわかんなかったしね。)
 
 
・・・と思い、今回は辞めにしました。

ああ。くるみ割り人形も本当に名曲揃いなのでぜひウィーンフィルで聴いて酔いしれたかったのですけれども。




↑素晴らしい曲がいっぱいある中でもダントツに好きなPas de deux。
この大好きな曲をウィーンフィルで是非とも観&聴きしたかったのだが!!!!




 
 
そうして翌日に備えるべく、この日は早く寝ることにしました。


まだまだ続くー!
 
 

 

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ウィーン3日目は朝からシェーンブルン宮殿へ行って参りました!!



↑モーツァルトのアイネクライネナハトムジーク。


黄金に輝く美しい宮殿でござります!
(ハプスブルク王朝の女帝マリア・テレジアが好きだったという黄色。
その名前をとってテレジアン・イエローと呼ばれる!)


ちなみにマリア・テレジアはかの有名な悲劇のヒロイン、マリーアントワネットの母ちゃんです。
マリーアントワネットは政略結婚でフランスに嫁ぎ、ベルサイユでブイブイ言わせてましたが、
やがてフランス革命が起こり、若くして断頭台の露と消えました。
もともとマリーアントワネットはハプスブルク家の16人兄弟の末っ子でオーストリア人ですよ!
 
ヨーロッパには絢爛豪華なベルサイユ宮殿や
質実剛健なホーエンツオレルン城!? サンスーシ宮殿!?
男のロマン溢れるノイシュバンシュタイン城 などなどなど・・・・
 
色んなお城や宮殿があるけれど、
その中でも私がトップに好きなのはここ、シェーンブルン宮殿です。
 
 
女帝が盛り上げた王朝というだけあって、
女性らしい気品や優美さを感じる宮殿です。
宮殿の中もゴテゴテせず、華美すぎず。
センス良くまとまっている感じが大好き。
ウィーンに来るなら時間をゆっくりとって必ず立ち寄りたい場所。
 
 
ちなみに私は2003年、2006年とここを訪れ、
今回は3回目の訪問となりました。
 
 
シェーンブルン宮殿はウィーン中心街からもわりとアクセスが良く、
気軽に行ってこれる場所にあります。
 
行き方は二通りあって、
まず簡単なのはU4に乗ってSchoenbrunn駅で下車。
 
 
駅を降りて黄色く連なる!?家々を右へ。
5分ほど道なりに進むと
(進行方向左手に黄色い家?壁?が続く。)
やがて嫌でも辿りつく。
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シェーンブルンの正面門!?かな。
 
 
だけど私がおススメしたいのはシェーンブルン駅の隣にある
Hietzing駅で下車して、宮殿の裏から入る道。
(15年前から私がやってるアクセス方法。)
 
15年前よりは正門前もずいぶん開放的になり、だいぶ良くなったなと思うけれど、
それでも駅を降りて、いきなり目の前が宮殿!!
じゃロマンもへったくれもない。(急いでるときにはいいけれど。)
 
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それよりもHietzing駅で降りて、シェーンブルン宮殿と書かれた看板表示どおり

進んでいくと、

このようなながーい庭園をゆるーくお散歩できる。

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その昔、ここでジョギングをしたり、ベンチにこしかけて読書をしていたり、

犬の散歩をしていたり、ひなたぼっこをしている老夫婦を見て、

 

このような歴史的な宮殿で、

ウィーンの人々は思い思いの時間を過ごしているのだなァと

心がほっこりしたものである。

 

昔は栄華を極め、絶対王政を独占した王宮。

(厳密にいえばここは夏の離宮なんですけど。)

 

それが今では一般市民の憩いの場になってるなんて、

当時の王家の人たちが聞いたら複雑な気持ちでしょうけどね。。。。(苦笑)

 

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そんなわけでのんびりとお散歩しながら、お城へと近づく。

(なのでシェーンブルンを訪れるときは時間に余裕をもちましょう★)

 

のんびりと行きかう人たちを見ているのも楽しい。

中国人の先生の先導でこんなとこで太極拳やってるグループがいたり!!

のどかでいいなぁ・・・(先生の型があまりにも綺麗で10分ぐらい見入ってしまったw)

 

とにかく全体的に時間の流れがゆったりなんですよねーなぜか!!

 

ドイツに住んでからそれがだいぶ自然になりましたけど。

日本ではこんなに立ち止まらないだろってぐらいの、ゆったり感。

 

 

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そうこうしているうちにやがてこのようにお城が顔を出します。

 

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この日は気持ちが良いぐらいの青空で(ドイツでは冬にこの青空は滅多にない!!)

テレジアン・イエローがよく映える!!!

 

実は天気予報を確認して、晴れの予報のときに絶対にシェーンブルンに行こう

と最初から狙っていたもの!!!

晴れの予報は唯一この日のお昼だけ。

でも私のもくろみ通り、宮殿が大変美しく見えて満足満足!!

 

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しめしめ。

思惑通りのインスタ映え。(笑)

天候の神様ありがとう。





↑ヨハンシュトラウス『ラデツキー行進曲』。このハプスブルク家とゆかりの深い曲。
 
 

 


 

うん、やっぱりウィーンといえば中心街(リンクと呼ばれる)だけじゃなくて

ここにも来ないとね。

本当のウィーンの魅力は伝わらないな。

 

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宮殿を背に庭園を眺めると、グロリエッテがみえる。

写真でみるよりもずっと広くて、高い。

春になると更にここに花が咲き乱れて、美しいのでしょう。

 

(残念ながら2003年も冬にきておる。2006年は7月だったけど、

色々あって臨時ガイドみたいなのを務めなきゃならず(笑)忙しすぎて庭園の記憶ゼロ。)

 

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パリのシャンゼリゼからテュイルリー宮殿へ行く道でも思ったんだけど、

ここ、シェーンブルン宮殿もそう。

 

とにかく平衡感覚を見失いそうになるほど、

空間がだだっ広い。

 

まるで空間全体が横に引きのばされたような

写真のネガを横にぐいーんと引っ張ったような、

そんな横長な空間に立たされている、

そんな錯覚に陥るほど、

 

 

 

ただただ広い。

 

 

 

こんな都市に突然、こんなだだっぴろい空間って許されるだろか。

まぁ王宮だから許されてたんでしょうけど、

街中はあんなに細々してるのに、なにこのゆったり広々感!!って思うのですよ。

 

うまく説明できないけど、この空間は(パリ同様)

日本では感じたことがない重力感覚になる。

横への引力が強いって感じかな。

 

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見えてる景色は確かにこうなんですが。こういう感覚より、

 

 

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こういう横に引っ張られる時空の中に立ってる感覚になる。

 

 

 

なんか不思議なんです。

私の身体も左右に引っ張られる感覚になるので、

(だけど建物が高くなく、横長サイズなので重心は低くどっしりしてる。)

歌を歌うとき、会場のサイズに自分の身体の大きさや幅を合わせるようにして立つ

ということをしている身としては、

この空間把握ってすごく大事。

 

 

世界はもっともっと広大で、

もっともっと果てしなく広い感覚をもっていいんだなって思うから。

 

 

そして昔、ここに来たときは、この美しい黄色の宮殿にただただ目を奪われて

なにも気づかなかったけれど

 

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今回は、

この黄色の宮殿の上に広がる空はもっともっと広大で果てしなかったと知った。

 

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どこにも空をさえぎるものがないのです。

ちょっと顔を上げれば、360度真っ青なお空が、まるで天体のように広がっているのです。

 

 

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宮殿ももちろん素晴らしいけれど、空はもっと偉大だった。

 

それに気づけた私は、昔に比べて、

もっと世界を大きく捉えられるようになっていた。

 

もっと一段上の普遍的なものに気付けるようになっていた!!

 

 

・・・かっこよく言えばそういうことだろうか。(笑)

 

 

ダンスをやっている人も、演劇をやってる人もスポーツをやってるひとも、

絵を書く人も、

もちろんスポーツや芸術だけじゃなく、仕事に関してだってそうだと思うんですけど、

 

オペラを歌う人間ってのも、とにかくこの空間把握能力ってホントに大事なんですよね。

 

 

どの音を出すときも、どこか力んでいたり偏っていてはいけなくて

いつも身体のベクトルを360度外側に張り巡らせて、

広く、遠くへ、前へ、後ろへ、上へ、下へ、   って重心を感じながら歌ってるんですけど。

 

(前へ遠く出したいときは、より後ろを感じなければ幅が出来ない。)

 

 

広く広くと思いながら、かつてここまで広い視野で声を出したことはあるだろうかと、

(せめて劇場のキャパぐらいの広さなら分かるが。)

試しに変人覚悟で庭園のど真ん中で声を出してみた。

 

 

意識は宮殿の一番上のワシ?の像から、空を通って、

グロリエッテへ。

 

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↑たてバージョンのパノラマ機能初体験。(笑)途中でイナバウワーしながら撮ってます。(笑)

 

 

これだけ広い視野と感覚を常に持ってたら、

歌だけじゃなくて精神的にも解放されそうなものですけどね。(笑)

 

 

 

そうこうしながらグロリエッテにのぼる!

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ここまで来るだけで30分は費やすでしょう。
ほんと、写真でみるより広いんですってば。
 
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私は昔から、ここからみる景色が大好き。
地位と権力の象徴、シェーンブルンを世界の中心に、
ウィーンの茶色い街並みがこまごまと背後に押しやられてる。(笑)
 
改めて見てみると、このウィーンの街並みってやつは
昔感動したほど綺麗だとは思わなかった。(笑)
 
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↑グロリエッテ。ベルサイユ宮殿を真似て造った宮殿だけあって、
ベルサイユにも似たようなところがある。
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うーん。改めて見てみると。
もうこの黄色がお金の色に見えてきましたよ、ほんとに。(笑)
 
ザルツブルク大好きな私にとって、
ザルツブルクは宗教的な厳粛さと自然の偉大さが入り混じって
神々しさすら感じて畏怖の念を抱くのだけれども。
 
 
ウィーンのエネルギーって、
昔思っていたよりもっと低俗だった。(笑)
やれ芸術だ、やれ美だとやっているけれど、
その背後は神様に対する宗教心から出てくるものじゃなくて、
もっと権力、名声、政治・・・そういう野心が絡んでる感じがしちゃう。
 
 
だけど俗物とはいえ、
ここシェーンブルンのエネルギーは嫌いじゃない。(笑)
お金も大切。地位や名声だって、毛嫌いするものじゃないもの。
 
 
 
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それにしても。
同じ王家でも。
同じ時代に名前を轟かせていた王家でも。
イギリスのバッキンガム宮殿にいるロイヤルファミリーやオランダ国王のように
現代に至るまで、その王政が続行している国も近くであるというのに
(日本の天皇だって続いてるわよね。)
 
かたやこちらは一般市民に公開され、
いわゆる見世物と化している。
 
今ハプスブルク王朝が続いていたら一体どんな風になっていたのか。
こんな風に伝説化されることはなかったかもしれないですよね。
 
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宮殿内は
グランドツアーかインペリアルツアーに分かれており、
グランドツアーは40室見学可能、インペリアルはそのうちの前半の22室のみ。
オーディオガイドは無料です。
 
グランドツアーは17.50ユーロと少々お値段張りますが!?
せっかく来たのでグランドツアー(約1時間)にすることに。
 
宮殿内は写真撮影禁止です・・・。






だけどマリア・テレジアの時代の優美なロココ形式の内装とか
 
6歳の神童と呼ばれたモーツァルトがザルツブルクからウィーンに演奏旅行に来た際に
ピアノ演奏を披露したサロンの間とか
(そこで転んでしまったモーツァルトに手を差し伸べた8歳のマリーアントワネットに、
大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげると言い放ったという話もある。)
 
ナポレオンが会議をして、滞在していた場所とか
(ちなみに私が1年前まで住んでいたフランクフルトのレーデルハイムという街では
ナポレオン遠征軍の遺体が200体も発掘されたらしいですが・・・)
 

 
シシイと呼ばれた美貌の王妃、エリザベートと
フランツヨーゼフのお部屋とか(マリアテレジアの時代に比べると暗い雰囲気が漂っておる)
 
ベルサイユ宮殿に倣った鏡の間とか
(メッテルニヒの名言『会議は踊る されど進まず』が出たという
ウィーン会議もここの鏡の間で行われました。)
 
他にも中国、日本などのアジアンビューティに憧れて作られた
一面、青い陶器の広間や
 
くるみの木の板を使ったシックな部屋や、
 
壁一面漆塗りのお部屋など
 
いつ見ても楽しいお部屋がいっぱい!!
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シェーンブルン宮殿の正面玄関にはまだクリスマスマーケット跡が!
クリスマスツリーもそのままです。
オーストリアでは(ドイツでも)1月6日になるまでクリスマスツリーはそのまま
飾り続けるのですって。
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行きは裏側のHietzingから帰ってきたけれど、
帰りはめんどくさいのでシェーンブルン駅から帰る。徒歩6、7分ほどで駅に着く。
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正門の目の前。昔はもっと狭くてごちゃごちゃしており、駐車場だった。
大型バスがとまったりしていたけれど、
工事で広くなって、道が開けていた。
10年も15年も経てばやっぱり変わるのね。
(私のふるさとですら変わってるものね・・・)
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シェーンブルン駅へと向かう帰り道。
これで15時半。さっきまでの青空とは一変、曇ってきました。
 
これからは再びUバーンに乗って、
市立公園(シュタットパーク)へ向かいます!

 


 


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前回の記事♯でうっかり文字制限に引っかかったってしまったので

2回に分けてお送りしております。

 

ウィーン国立歌劇場での念願の『こうもり』。(die Fledermaus)

 

 



↑大好きなカルロスクライバー指揮の『こうもり』。最高に軽やかでワクワクが止まらない♫

 

・・・そんなわけで肝心の公演の感想をば。

 

 

もう。コテコテの王道!!すぎて・・・・感激。

(安っぽい感想ですみません!)

 

 

舞台セットも衣装も演出も、

何十年前、

いや、きっともうヨハンシュトラウス息子が作曲した当時から

なんっっっっっにも変わってないのでしょう、これは。(涙)

 

 

というレベル。

 

 

…というよりももはや。

1980年のグルベローヴァやルチアポップが出演していたウィーン国立歌劇場(まさにここ!)と全く同じセット&衣装&演出までそっくり同じだったでございます。(嬉し泣き)

 

 

幕が開いた瞬間目を疑いましたもの。

 





↑1幕のこのセットも衣装もまさにこのまま!!アデーレがハタキ持って階段から降りてくるのも!!

 



↑2幕のオルロフスキーの邸宅ももうまさしくこのまんまーーーー!!

 


↑3幕の刑務所。家具?の配置から階段の位置から衣装から何から何まで一緒!!

 

 


…と!!

まるで目の前にいるのはグルベローヴァかしらと目を疑うぐらい、

そっくりそのまま王道ど真ん中が目の前に実現していた!!!!

 

 

 

 

毒々しい現代演出や変わった演出がもてはやされる現代。

(わかりやすく言えば忠臣蔵を宇宙服でやるようなもん・・・かな。)

でも私たちお客がみたいのはそれじゃない。

その当時にタイムスリップしたかのような時代錯誤的な!?

煌びやかでゴテゴテ飾り立てた、

古きよき時代の図を音楽に乗せて楽しみたいんだ。

 

ドイツでは(特にフランクフルトは)いつ行っても現代演出で、

全体的に舞台が病んでおる。

演者の表情も暗いし、たまに出てくるバレエの振り付けもコンテンポラリー調でクレイジー。

衣装も舞台も白黒だったりするし(バラの騎士もフィガロも。)

ドレスデンのあの一流ゼンパーオーパーでやってた『こうもり』ですら、どこか毒がある。

日本でも現代演出が流行ってたりするし。

…東京芸術会館でブーイングが起こったりしていたが。(笑)

ザルツブルク音楽祭のオペラ公演もエキセントリックだったり妙にモダンだったり、みんな黒いスーツ着てたり。

現代病チック。

(そういうの普段の生活で見てるから要らん!!!!我々は現実逃避がしたいんじゃい!!!)

 

 

だけど・・・最期の砦、ウィーンは・・・・!!!!!!

裏切らなかった!!!!!!(うれし涙)

 

このセット、この衣装!!!

私が中学三年生のとき、

授業でブラウン管を必死ににらんでいたあのときと全く同じです!!(※前回の記事参照。)

 

まだクライバーやヘルマン・プライが生きていた時代の夢のような公演を期待してオペラを見に行くと、

だいたいの割合でいい意味じゃなく裏切られることの方が多い昨今。

もうクライバーやプライの時代は終わったのだと。

もう時代は進んでしまったのかとガッカリしちゃうことが多いんですけど。




ここはまだまだ夢物語健在でした!!!



 中学生の時、

こうもりのビデオを見ながら、

S口先生が、この舞台はセットごと回転するんです。それ専門に装置が作られているんです。

と説明してくださったのが瞬間に蘇ったほど・・・舞台装置も目の前で回転し、

おお!!!!と。

当時のいろんなこうもりの記憶がフラッシュバックした。


しかしながら。

ブラウン管で見ていた時とは迫力がケタ違い。

当たり前ですけどこの目でナマで見ると

こんなに華やかで美しく煌びやかなんだーーーーー!もー!びっくりしたぜぃ!!

 

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日本語字幕のおかげで、声をあげて爆笑も出来ましたし

(ほんとこれは吉本新喜劇かドリフの世界ですわ)

 

なにより馬鹿馬鹿しくて、大笑いできて、

大騒ぎで・・・

幸せな気分になるのです。

 

実際に

2幕のパーティーでの狂騒シーンで胸がいっぱいになって泣きました。(笑)

 



↑クライバー指揮のバイエルン国立歌劇場の映像でどうぞ!



 

実際の舞台では↑これよりももっと大騒ぎで。人々が激しく踊り明かし、ものすごいスピード感で幕がとじてゆきました。。。




あっけにとられた私は、おもわず口をあんぐり。

そのまま口が塞がりませんでした…(笑)




だけどなぜか目から涙が…(笑)


(さぞブサイクな顔だったことでしょう。)






↑そんなわけで、このバージョンはオーケストラはクライバーで極上だけど演出はしっとりですこしおとなしいですが、

私が見たものはこんなんじゃなかったです。

とにかくドタバタガヤガヤーーーー!じゃじゃーーーん!で幕が閉じてしまったかんじ。





↑こちらの動画がわりとテンション高めかな。

…といっても実際はもーっと疾走感があって、めくるめく!って感じで、もーとにかく気持ちよかったけど。キリテカナワバージョンでどうぞ。(キリテカナワは苦手ですが。。。)





↑ちょっと長いけれど、狂騒という意味ではこれが1番近くてイイ!!みんなの狂いっぷりが私の見たのと近くていい!!

もーほんとに極上ですー。





↑このラストらへんもまさにおバカすぎて最高!!こんなんを目の前でウィーンのシュターツオーパーで見せつけられた時の興奮度合いといったらすごいぜよ。





いやー。それにしても。

ウィーンの人たちはこんなにもばかばかしい話を笑い飛ばして、

享楽と快楽に溺れればいいと、教訓にもならんゲスい発言を堂々としながらも(笑)

年忘れしたり、新年を迎えたりするんだな。

 

 

 

その場で座っているだけなのに(つまり体は『静』の状態)

感情は高まって、もう大興奮!!!!みたいな。

この芸術鑑賞のとても不思議な現象に、改めて感動しきりでした。

 

 

ああああーーーーもう幸せ!!!!!

ヴィーナーシュターツオーパーで市民に愛されている『こうもり』がついに観れた!!

もうほんとにほんとに幸せな時間でした!!!!!!

感無量です★

 

 

。。。ま。肝心な演奏は、

もちろんとってもいいんですよ?

いいんですけど。

ウィーンフィルの音楽の作り方も。さすがではあるんですけど。

でもクライバーの指揮のあの究極な軽やかさと音のピッチの高さを知ってしまうと、

どんな演奏も重たく聞こえちゃうよね。

 

 

 

そして歌手の皆さんもさすが上手なんだけど、

(アイゼンシュタインとかキャラがもう最高でさすがって感じ。)

記憶に残るほど強烈にいい歌手はいなかったわけで・・・・

(カリスマ性がない!?)

 

 

世界最高峰のウィーン国立歌劇場でもそういうものなのか、と思ったりして。

 

 

やっぱりパバロッティやジェシー・ノーマンレベルで規定枠を超えるような

すごみのあるひとが世界で知られるカリスマになっていくんだなと改めて思いました。

 

 

世界に名前の知られてるひとってやっぱり上手いだけじゃなく

強烈なスター性とか、何かを持っているんだね。

 

 

けれども公演としてはもう全体的に素晴らしくお見事で、本当に感動・感動の嵐でした。


 

こうもりといえば

シャンパン(ゼクト)!

こちらも美味しくいただきましたよ★





↑いつの間にか私のレパートリーの曲。

ウィーン風『一気!一気!』音頭。






なんてったってシャンパンを讃える歌があるものね!!!!

そして2幕では終始みんな飲みまくり!!!(そして3幕の刑務所シーンでは酔っ払ってへべれけ。)

こりゃこちらも休憩時間に飲むしかないでしょー。



本場ウィーンで!!(しつこいけど!)

国立歌劇場で!!!!

シャンパン飲みながら(実際はドイツのスパークリングワインのゼクト。)

こうもりで笑って泣いて

シャンパンの歌を聴くなんて





もうこれ以上の極楽があるかってーの!!

 

 


これをやりに来るだけでもほんとに!

ウィーンに来てよかったです。

ひとまず人生の目標のひとつを達成です。(笑)

 

 ↑こうもりラストのフィナーレ。

最後の最後は刑務所にバタバタとひとがやってきて結局カンパイ!!


この終わり方…まさしく吉本風。




こうやってウィーンのひとたちは年を越すんですね。。。

なんとアホらしい、そして幸せな年末年始なんでしょう!!!




私もウィーンのこうもりで始まった2018年。

最高の幕開けとなりました★

 


 まだまだ続く!

盛りだくさんのウィーン滞在2日目。
(音楽関係者にとっては夢のような場所!!)
 
この日の最後を締めくくるのは・・・
 
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じゃじゃじゃーーーーん!!!

かつて憧れの場所だったヴィーナーシュターツオーパー!!

(ウィーン国立歌劇場)。

 

 

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この日、ここでなんとしても見たくて見たくてたまらない演目があって、

今回このためだけに休暇をとってウィーン行きを決めたんです。

バスが遅れないようにその前日にウィーン入りすることも一応計算して、

日にちを決めたんですよ。

 

(それにしても5日間の旅の集大成が既に2日目にして達成されているのもナゾですが・・・。(笑))

 

いや、本当の本当は楽友協会コンサートホールで毎年行われるウィーンフィルのニューイヤーコンサートをぜひテレビではなくLIVEで!!!と思っていたのですが、抽選に当たらないと入れないし、旅行会社で売り出してるチケットをネットで調べたらチケット1枚68万円!!

さすがにそれは無理!!と泣く泣く断念・・・。

でも一生のうちで一度は行きたい!!!!!

 

 

・・・いえ、でもね、今回のシュターツオーパーの演目もね、
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートに並ぶほど上等で贅沢なものですよ。
 
だってウィーンでオペラ観るならどうせならイタリアオペラより
地元に根付く本場のものが観たいし!!(トスカとかオテロとかもいいけど、
やっぱりモーツァルトのフィガロの結婚とかさ!でもイタリア語よりもっとウィーン訛りの
ドイツ語聞きたいよね。)
でもモーツァルトは世界中どこでもまぁ観ることは出来るし、
 
もっとウィーンっぽいもの・・・ウィーンの定番・・・というと、
やっぱりこれしかない。
 
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ずばり

ヨハンシュトラウス2世作曲の
 『こうもり』(Fledermaus)
 
 
 
です!!




 ↑聴いてるだけで(軽やかな指揮を見ていても)ワクワクが止まらないカルロスクライバー指揮の『こうもり』序曲。


 

これはウィーンの年末年始の風物詩。

日本の年末年始(?)が紅白歌合戦と第九で彩られるとすれば、

ウィーンの年末年始はこのオペレッタ『こうもり』とバレエ『くるみわり人形』がお約束なのです。

 

そして老若男女関係なく、面白おかしくゲラゲラ笑って鑑賞という意味では

日本でいう吉本新喜劇みたいなものでしょう!!!

 

 

 

そもそも私とこの『こうもり』の因縁は深いものがあり、

このブログでも旧ブログでも散々書いてきました。


『こうもりを歌ったときの記事。』


『もう6年前にもなるこうもりの記事!!』

 

去年はまさしく私にとってもヨハンシュトラウス2世イヤーだったと言っても

過言ではないほど、

コンサートでは何度も男装してオルロフスキー公爵(こうもりの登場人物)に扮して

ステージに上がり、

まさしくヨハンシュトラウス2世の作品によって苦しめられ(笑)

ヨハンシュトラウス2世の作品によってめちゃくちゃ鍛えられた1年だったわけ。

我ながらずっとくすぶり続けてたものが一皮剥けてレベルアップできたのも、そのおかげ。

 

 

 

去年は家にいる時間も長くなり、

そうなると必然的にYou tubeやDVDなどで『こうもり』を始めとした

ヨハン・シュトラウス2世を聴く。

そうこうするうちにカルロス・クライバー指揮の演奏に鳥肌がたつほど感激し、

(もともとクライバーの『ばらの騎士』のDVDとか重宝してたけど。)

無我夢中になってクライバーの振ったウィーンフィルを聴き漁った。

 

図書館でDVDを借りてきて、クライバー、ムーティ、ベーム、カラヤン、

まぁ巨匠という巨匠を聴きまくった。

・・・クライバーの右に出る人はいないけど。(私にとって。)

 

特に『こうもり』『青き美しきドナウ』はこのひとの演奏を超えるひとはいないな。

なんて思いながら。

 

 

クライバーの演奏を聴くと、多幸感に包まれ、

もうこれ以上の至福があるのだろうかと、ウィーン夢物語に誘われる・・・

 

 

そうして1年半前にウィーンに来て散々な目に遭ったし、

それ以来遠くて億劫に思っていたウィーンですが

(それ以上にザルツブルクを通り越してウィーンまで

足を運べないほど、ザルツブルクが好き。)

 

 

 
このヨハンシュトラウス2世イヤーとクライバーの魔法にかかった私は
ウィーンモードへと突入していったわけです。(冬のザルツブルクは珍しく断念。)

 

 

 

さきほど私とこうもりの因縁は深いと書きましたが、

そもそもこうもりとの出会いは遡ること中学校3年生のとき。

 

 

私たちの時代、月に1度か2度ほど、ホームルームみたいな時間を利用して、

選択授業の時間というのが出来たのだけれど、

(先生方が色んな授業を開講して、生徒は好きに選べる。スポーツでも音楽でも文学でも。)

 

 

 

当時、大好きだった合唱の授業を蹴落としてまで

私が選択したのは、

担任のS口先生(英語)が開講していた『ドイツ語講座』という授業。

 
 
その数年前にシューベルトの歌曲『野ばら』を偶然聴いて、
ただその1曲だけにすっかりドイツ語の美しさに魅了された私。
将来はドイツかオーストリアに住みたいと思っていた。
その頃音楽なんて学校の授業の合唱しかやってなかったけど
(ピアノのレッスンもやめて久しい。)
音楽関係の仕事に就きたい、ドイツ語圏に行きたい、という曖昧な憧れを抱いていた。
 
しかし私の地元には身近にドイツ人もないし
ドイツ語を学べる環境も皆無。
 
 
偶然、担任の先生の趣向と私の趣味・憧れが一致していた。
 
そんな私は迷いなくこの授業を選択。
ドイツ語の読み方の法則などをそこで習い、
そんなわけで
実は私は中学3年生の時点でドイツ語のスペルが読めるには読めるようになっていたわけであーるー。
(シューベルトの魔王やビートルズの『抱きしめたい』のドイツ語バージョンなどを習ったな。)
 
 
 
そしてこの授業の後半は、
もともと最初からウィンナーオペレッタ『こうもり』を鑑賞します、と言われており、
そこには全く興味を示していなかったのだが、
予定通り授業はすすめられ、
後半はひたすらオペレッタの映像を見ていた。
しかしながら視力が弱くなりかけていた私に、当時の教室の斜め前に設置されていたブラウン管テレビで日本語字幕を観るのは1時間中、3D並の集中力を要した・・・が!
目をしょぼしょぼさせながら、ひたすら華麗なるウィーンの世界を見ていたのである。
 
ま、
 
ウィンナーオペレッタ!?は?なにそれ!!!
 
 
という世界だったけれどね。
そもそも当時はウィーンには興味そこまでなし。
(ベルばらも時代錯誤にハマッたのでシェーンブルンやハプスブルクには興味があったけど。)
 
 
 
オペラならきいたことあるけど、オペレッタってなんですかー!?
 
 
 
・・・まずそこから。(笑)
 
先生の説明により、オペラより軽いものがオペレッタ?
喜劇っぽいものがオペレッタ???
ウィーン発祥のものでドイツ語の演劇があるのがオペレッタ?
ということがなんとなく分かった。
(イタリア語のものの喜劇オペラはオペラ・ブッファと呼ばれます。
フィガロの結婚はウィーン在住のモーツァルトが作った喜劇だけど、台本がイタリア語なので
オペレッタではなくオペラ・ブッファのスタイルである。)
 
 
そんなわけで当時は華やかで煌びやかなその『こうもり』の舞台を
まあ遠くの世界の異国情緒だなと思いながら観ていた。
違う世界すぎて、まったく憧れなかったし、こんな風に舞台に上がりたい、
舞台で歌って演じたいとも思わなかったし、
ピアノと歌1つで歌う『野ばら』みたいなシューベルトのささやかな世界には憧れたけどね。
 
だけど、なぜか先生が『このビデオ貸してほしいひと!!』という声には
誰よりも真っ先に挙手して、1番最初に借りる人、ということになったけど、
結局卒業式当日まで借りっぱなしで独占していた
というけしからん事実をここに白状いたします。

 

 

でもそんな私が『こうもり』を歌い続けている人生なのです、S口先生。(笑)

しかもシュターツオーパーまで観にきちゃってるんです。

当時はそんな風になるとは露知らず。人生、おもしろいもんだ。

 

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お隣はザッハ・トルテの本場、『ホテル・ザッハー』に併設されてる

カフェ・ザッハー

 

忘れもしません。

15年前のバレンタインデーの日、

初めて一人でここでザッハトルテを食べ、

私今、誰にチョコをあげるでもなく自分でここで食べ

最高のバレンタインデーを過ごしてる!!!と大興奮していたこと。(笑)

 

あまりの美味しさに感動して、家族や

歌の先生や色んな人にザッハトルテをクール便で海外郵送して1件につき2万円吹っ飛んだのもいい思い出w

 
それから当時、このシュターツオーパー(国立歌劇場)の立ち見席のチケットをゲットするために
気合で並んで、バレエ『ジゼル』を5階の立ち見席から観たんだっけな。
(当時5~10ユーロ前後だった!)
 
本当はオペラが観たかったけど、オフシーズンでやってなくて・・・
だけどどうしてもこのシュターツオーパーに入りたくて入りたくて
 
ジゼルが豆粒大の小ささだった記憶。(笑)
 
 
立ちっぱなしで足が痛かったし、何しろ小さすぎて見えなかったし、
ひたすら眠気との闘いだった記憶があるけど、
それでも自分で稼いだバイト代で、
誰にも頼らずにひとりで憧れの場所へ足を踏み入れたこと、
 
そして観るもの触れるものすべてが夢のような世界に、
本当に心から嬉しく、幸せを噛み締めていたのを覚えてる。
 
 
・・・んで、今回はそんな当時を懐かしむでも余韻にも浸るでもなく、
カフェ・ザッハーは外にまでお待ちの人たちが溢れ出ていたので(主に中国人の団体。)
入るのをやめた!
 
 
そして、
当日券の立ち見席枠が開演90分前から売り出し始めるので、
(しかもネット情報によると中国韓国人の団体が早い時間から並んでるとのことw)
絶対に!なんとしても!ここまで来たら観たいと思っていた私は
だったらこっちは3時間前から並ぶ!!!!!と息巻いていたのではあるが、
(そのために帽子・手袋・靴下2枚履き、パンツの下にタイツ、ホッカイロも完備。)
 
 
モーツァルトの家が予想以上に長くかかってしまい、まさかの痛恨の戦略ミス!!!
んで。到着したのが開演2時間15分前。(135分前。)
 
 
 
 
・・・それでも十分早いはずなのに
 
 
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既にもうこんなにすごい行列が!!!!
 
並んでいるのはこの屋外の人たちだけではない
この手前の扉の中は待合室になっており、この室内でも
溢れんばかりの人が当日立ち見席を待っているんです!!!!
 
 
うきゃああああ!一歩出遅れたあああああ!!
 
 
 
・・・でも、なんとしても入りたい!!!!!!!!!
 
 
 
しかし、立ち見席エリアに並んだところで、チケットが手に入るか確証はない。
加えて事前にネットを見たときにはソールドアウト×10の連発で、
200ユーロ以上の席が数枚残ってるだけだった。
 
さすがウィーン。
さすがこうもり。
すごい人気。
 
 
・・・となると、この立ち見席に並ぶしかないのですが、
どうしても観たい!!!ここまで来て観れないなんてことはありえないのだ!私の中では!!
 
 
・・・と思っていると。
ウィーンに来るたびにぼったくってくるチケット売りの兄ちゃん(笑)が
また周辺をうろついており。
私は毎度この国立歌劇場前のモーツァルトの格好した品のいいダフ屋の兄ちゃんたちから
チケットを高額に買っているのですが。(笑)(←しかも別会場のコンサート。)
今回もいつものごとく近寄ってこられ、

今日のこうもりの席ほしいの?!あるよ!!!座れるし!!いい席だよ!!!!
 
と言われ、
 
 
 
ええええええええええ!!!!まじで!?買う!!!!!!
 
 
と、今回も漏れなく54ユーロ出してその場で購入。(笑)
(毎度のことながら簡単な客・・・(笑)それは私。)
 
 
でもでも!54ユーロなら最高ジャン!!!
それで座れるんだよ?
ウィーンの公式サイトにはもうそんな値段、売り切れだったんだから!
(っていうかやつらが買い占めてるせいでチケットが品薄なんだな。)
これで寒い中2時間以上立ち見席に並ばなくて済むし、
座席も確保できた!公演中も座っていられる!!!よしよしよーーーし!!!
 
 
 
 
・・・しかし。
 
 
もう今日は確実にこのシュターツオーパーに入れるし念願のこうもりが見れるという
保証を確保した安堵感から、
そして2時間以上並ばなくても良いという嬉しさから、
無意味にシュターツオーパー付近をぶらついていると、
 
次々と別のチケット売り兄ちゃんたちから、
 
今日のチケット?あるよ!35ユーロだよ!25ユーロだよ!
 
その後声をかけられ続けるのであった・・・・・。
 
 
がびーーーーーーーん!!!!!!半額じゃないかあああああああ!!!
悔しいからやーめーてーーーー!!!(払い戻し不可らしい)
 
 
そしてふと。自分のチケットを見ると。
14ユーロって書いてある・・・・・。
 
 
きえええええええ!!!あたしゃあああ14ユーロのチケットを54ユーロで買わされたわけええええええええ!?
(5倍!?ぼったくりもいいところだ!!)
 
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ふつふつと込み上げる悔しさに、
ますますカフェ・ザッハーに中国人に混ざって並ぶ気力も無く、
街へ繰り出す。
シュターツオーパーのあるケルントナー通り。
ウィーン一番の繁華街。  
・・・フランクフルトのツァイル(ショッピング街)とそんなに変わらない気がするけど。
 
 
ふふっ。今日の夕食は3ユーロのホットドックさ・・・。
ザッハートルテなんて優雅に召し上がってる場合じゃないのよ。(涙)
 
 
んで。
開演1時間前になったため。
15年前に訪れて以来、再訪を願ってやまなかったシュターツオーパーにいよいよ入場。
(・・・というか、もうこれ以上チケット売りの兄ちゃんに声かけられるのはこりごりなので
そそくさと入場。)

 

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カラヤン広場。↑

 

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シュターツオーパー内部はやはり宮殿のように厳か。

ヨーロッパの劇場はこれが良いのですよねー。(最近モダンなとこも多いけど。)

 

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そうして14ユーロの座席って一体なんなのよ!(54ユーロで買ったけどさ!)

ロージェ(ボックス席)だ、いい席って言ってたけどどうせ4階席とかの豆粒じゃないの?!

 

 

と、半信半疑で座席に向かうと

 

 

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・・・ほうほう。確かにロージェのようだ。しかも階段をのぼらず、

1階席?か2階席っぽい。

これは期待できるかも・・・?

 

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あらら!確かにロージェじゃないか!!!これはいいかも★

 

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劇場後部。

 

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向かいのロージェ。

 

 

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そしてオケピ(オーケストラピット)がめちゃくちゃ近い。

舞台も上手(かみて)がやや見えにくくなる可能性があれども、

これはオペラグラスなくてもばっちり観れそう★

 

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そうしてなんと、この一人ひとりに用意されたオン・デ・マンドの字幕スーパー!!!

びっくり!!!!

だいたいどの劇場も舞台の左右か上に字幕が出るんですけど。

 

飛行機のモニター並みに一人1台用意されてます。

そして日本語字幕もバッチリ!!!

これは控えめに言っても最高だ。

 
 
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↑この一番上のスペース。ここが立ち見席。
私は15年前あそこからこの舞台を観て胸をときめかせていた。
 
それが今はこのロージェ席へ格上げだ。
 
その頃にはすっかりチケット売りの兄ちゃんへの恨みはなく(笑)
むしろこの席がもともと14ユーロということに驚きまくった。
びっくりなんですけど・・・学生席!?
 
日本なんて学生席で3000円ぐらいするうえに、
一番上の階の一番うしろに追いやられる。
3階席とか5階席とか。それこそ豆粒大だ。
 
学生?どーせお金ないんだろ?
しゃーねーから見せてやるよってスタンス。(日本はね。)
 
ウィーンは(ドイツもだけど)未来ある学生に夢をたくさん与えてくれる!!最高!!
 
 

…んで。
その肝心の本場シュターツオーパーでみた『こうもり』の感想とは!!!



を、書こうとしたところで文字制限引っかかったので次に続けまーすf^_^;)