この明るいベージュの屋根とイトスギ(アロマテラピーでいうサイプレス)
の細長く、濃い緑、そして青い空、がザ・プロヴァンス!!な感じね。
↑テンプル騎士団の古城。
麦が生えている。
住宅もお洒落♪
(日本の新興住宅も増えてきてますよね!こういう住居。周りの景観が別物ですが。)
こんなところに住んだら世界観変わりそうだな。。。
ほんと、どこを見渡してもこの屋根の色なのが面白い!!
よくよく見ると遠くの方にラベンダー畑が確認できます。
ラベンダーの揺れる音を
そして静寂さの中にみつばちの音だけがこの世界を支配しているのを!!
・・・で!
たどり着いたエクス・アン・プロバンスの駅。
ちなみにこの駅でレンタカー、借りれます。
マニュアル車ばっかりだけど、オートマも少量ながらあります。
めっちゃ割高だけどね。。。
ちなみに私は18歳のときにとったオートマ限定のままから進歩なく。
そろそろマニュアル免許もとらなきゃいけないかしら・・・。
(私もどおおおしてもレンタカー借りたくて頑張って交渉して、いいところまで行ったけれど、
私に合うオートマ車は出払ってしまい。一人分の料金じゃないから諦めたわよ。。。涙)
で、駅から中心街へはバスで高速みたいなのを通って20分ほどかかります。
その間のバスからの車窓はまさに絶景パノラマ!!!
石灰岩の、白く輝くゴツい岩肌に(セザンヌが生涯描き続けたサント・ヴィクトワール山!)、背の高く細長いイトスギ、ブドウ畑や緑の濃いオリーブ畑、
透き通ったエメラルドの川の水!!!!
まさにミネラルウォーターのCMに出てきそうな景色だ!!
(写真では全く綺麗に写らないのが残念。)
もう視覚からめいっぱいビタミンいただいてる感覚になりましたよ。
それぐらい体に優しい景色。
エクス・アン・プロバンスの恐らく見ものなのであろう、旧市街の入り口の噴水は
こんな感じで工事中でいきなり萎えたけど。(笑)↓
まぁいいでしょう!
ってなわけで到着早々、
このすぐそばの観光局へGO!
ここで今回の旅1番の目玉、
ラベンダー畑ツアーを申し込むことにした。
(想像以上に僻地にあるので、電車・バスなど公共交通機関では行けない。
レンタサイクルも考えたけれど、あまりにも遠すぎて、無謀。)
本当はネットで事前申し込みしておけば簡単なんだけど、
色々あってネットで申し込むのはやめた。
ラベンダー畑で行きたいところは2つだった。
①ウ"ァランソル高原の壮大なラベンダー畑
②ソー村のセナンク修道院
写真見る限り、ウ"ァランソルの壮大なラベンダー絶対に逃せないし、
それからとっても幻想的だと言われる、ソー村のセナンク修道院にも行きたい!!!
(あわよくばロクシタン工場見学もしたい!!)
でも・・・この2つはとっても距離が離れているらしく、
この2つを網羅しているツアーはないそうだ。(T T)
なんなら今日の午後にでもそのどちらかに行くツアーに申し込みたかったが、
本日の午後のツアーは全て出払っているそう・・・・。
次の日にウ"ァランソルのツアーならあるよ、と言われたので
(逆にこんなに多くラベンダーツアー出てるのに、このときエクス・アン・プロヴァンスからは
セナンク修道院行きのツアーは全く無かった!!マルセイユ発やアヴィニョン発ならあるみたい。)
うーんと悩みまくった末(ここまで来て・・・もう1つを諦めなくてはいけないなんて悲しい。涙)
・・・とはいっても他に選択肢はなく、
ウ"ァランソル村に行くことに決めた。
ま、第一希望がウ"ァランソルだったのでいいか★
半日ツアー(4時間)と8時間の1日ツアーがあったけれど、
1日ツアーは別に私が対して興味のない渓谷に行くらしいので(きっと絶景なんでしょうけれど。)
半日ツアーを申し込むことにした。
これで50€。
どのツアーと比べてもダントツ!!破格に安い!!!これで決定!!!
うわーん!!
それならレンタカーでソー村行きたかったなあああああああ!!!
ロクシタンはこの地域が本場。
もちろんここにも当然のごとく、ある。黄色い店内がまったく違和感ない。(笑)
ここからロクシタンは世界中に発信しているというわけ。
もうそれだけで意識高い感出てるよねー♪
世界一のラベンダー畑もこの地域。
やっぱりラベンダーグッズは外せない!
ミラボー大通り。
言わずもがな、あのミラボー伯爵の名前からとられた通り。
片田舎がシャンゼリゼ大通りを真似して作った結果こうなった
って感じ。
とっても開放感がある通りだけど、
何がしたいのか分からなかった。(笑)
両サイドのカフェテラスや色とりどりのファザードは
パリを黄色くしてこじんまりさせた感じ。
それでは更にもう少し、私のしょぼい写真で街歩きを疑似体験?していただきましょう・・・。
↑かっこいい広場。

この日もネットで予約した安宿・・・。
しかし、タクシーでたどり着いた先は、なんとただの市営団地だった。
電話したら、まったく英語の通じない、
ふくよかなゴスペル歌手のような黒人のおばさんが団地のドアから出てきた。
娘と住んでいるこの決して豊かとは言えない団地の1室を貸し出しているらしい。
全ての家の使い勝手を
『La! la! La!』(ラ・ラ・ラ!)とジェスチャーで説明してくれた。
La,つまりフランス語でこれ!(英語でit)って意味なんだけど。
まるで歌のように聞こえたのは私だけではなかろう。。。
あまりにも英語が話せないので、中学生だか高校生の黒人の娘がたどたどしい英語で
説明してくれた。
まぁ部屋はソファーベットで、キッチンもトイレも使い放題って感じだったけど。
洗濯されたシーツは硬いし決していい匂いではないし。
黒人さんの文化かぁ。。。。。
まさかのいい年こいたオンナの南仏一人旅で黒人母娘宅の団地でホームステイとは、予想外だった。
その後、地元のスーパーに娘ちゃんと買い出しに行った。
いい子だった。
むーん。。。
やっぱり安宿には裏がある。これもいい思い出なんだけどね。
気を取り直して
翌日は朝からいよいよまちにまったラベンダー畑ツアーである!!!!
楽しみー♪
続く。
・・・それにしても。
これは完全なる余談ですが、
アヴィニョンの宿は本当にキツネにつままれたかと思うぐらいひどかった・・・。
何がひどいかって、宿自体ではなく、その距離の遠さ。
安い宿だーーーラッキー♪と飛びついて予約したところ、
予約時と話がぜんぜんちがーーーーう!!!
ネットではローカル電車から徒歩10分ほどと書かれていたのに
(予約した際にその地図を確認したはずなのに)
よくよく調べたら近くに駅なんかないし、
グーグルマップでも最初は地図上で徒歩10分と出ていたのに、
もう一度GPS使ったら徒歩30分・・・
その後調べたら徒歩1時間・・・と、どんどん距離が伸びていく!!!!!
なんなのこれーーーーー???!!!そんなんありーーー?まやかしかーーーー!???
幻覚かーーーーーーーーーーーーーーー?????
更に電車のダイヤを調べたら・・・
なぜかさっきまでバンバン運行しており、
アヴィニョンから20分ほどで着く予定だとググったら出ていたのに、
なぜか次の瞬間には電車が全キャンセル?と書かれており
次の電車は翌朝の早朝5時。(T?T)
なんなのこれ・・・・
結局、アヴィ二ヨンから
片道30分をタクシーで高速飛ばさなくてはいけないソルグという街の、
更に高速ジャンクションの僻地も僻地だったのであーるーー。
(つまり車がないと行けない。)
近辺に駅らしいものなんてどこにもなかったし、
タクシー運転手のお兄ちゃんにも、駅なんてこの辺には全く無いから
翌朝もタクシー必須だよ!!と言われてしまったし。
ホテルや道行くひとにも駅や、せめてバス停とかないかを聞き、
(電車なんて誰も一言も言わなかった。)
この近くにバス停あるよー!歩いてすぐだよ5分ぐらい!!
・・・などなどと口々に言われたが、
みんな適当なこと言ってるのか、探しても探しても全く見当たらない!!(涙)
最後に休憩中のトラック運転手のおじさんたちに教えてもらった場所は
高速道路の反対側。
(しかも横幅100Mぐらいありそうなジャンクション。)
おいおい・・・これ突っ切るのかよ・・・。(= =:)
渡るような歩道も無いし、これ突っ切るの命がけだし、
万が一突っ切ったとしてバス停があるかどうかの保証もない・・・。
あったとして、無事に渡れたとして!
いつバスが来るかも分からず。(どーせ2時間に1本とかでしょ!!)
結局旅の悩みはお金で解決するしかない!!!
ってわけでこの日と翌朝の朝でタクシー往復合計60ユーロもかかったわ。。。
なんだそれー。だったら駅前の普通のビジネスホテルの方が安いじゃん。。。。
安さには裏がある。と身に染みて思いました。。。
(ホテルは自体は安いわりにまぁまぁ良かったし、フロントの女性は日本大好きで
とってもいい方だったんだけど交通の便がねェ。。。涙)
悪いことは言わない、旅はセコイことしたらだめ。
(本日の格言。)
翌日はエクス・アン・プロバンスへ!!!
続く♪
17時17分 アルルからサロン・ド・プロヴァンス経由で、アヴィニョン到着。
(※繰り返しますがとんでもなく遠回りのため、アルルから直接行くことをお勧めします。
結局アルルを出てから5時間もかかったし・・・。)
アヴィニョンといえば
高校で世界史を選択していた者ならその名を知らない人はいないでしょう。
まあローマとかパリみたいに何世紀にも渡って出てくる都市でもなく、
1300年代限定って感じだけど。
1300年代って私の中では白いイメージね。なんとなく。
(その歴史についてはのちほど説明します!)
それからアヴィニョンっていえば1300年代の教皇庁と
橋のイメージと、それから橋に合わせてピカソの絵のイメージだったんだけど
(加えてゴッホの『跳ね橋』も一緒にごっちゃになって、記憶の中で全てミックスされてピカソの絵のアヴィニョンの娘たちが
跳ね橋で踊ってるイメージを勝手に持っていた。笑)
⬇︎これね。
ピカソ作アヴィニョンの娘たち。
でもこのピカソの絵は実は
このアヴィニョンではなく、
スペインのアヴィニョン通りの娼婦たちの絵だったらしい。
そんなことを知り、思い込みの怖さを
と今更思い知る私…。
てっきりこの人たちが教皇庁のお膝元のアビニョンの橋の上で裸体で踊ってんのかと思ったわ!!(どーゆーイメージ!!)
・・・ってなわけでアヴィニョンといえば
想像もつかないぐらい古い時代って感じなので
どーせ色気もなにもない寂れた感じなんだろうなぁと大した期待もせずにいたけれど。
(西洋音楽史の局地から見ても、アルス・ノヴァという新しい音楽スタイルとかが生まれた
まだまだ文化発展途上時代だし、日本も鎌倉時代後期~室町時代前半って感じだものね。)
↑14世紀のフランスの音楽。まさにここで生まれた。
駅を出たら広がる光景。
ん?いかつい城壁に囲まれている。
駅を出て感じる第一印象は、
全体的にクリーム色とか薄いベージュのイメージ。
私の白っぽい想像からは大枠外れていない・・・けれど、思った以上に面白そうかも、
という印象をここで受ける。
ちなみに余談だけれど
駅にはコインロッカーは無い。
この↑写真の道をまっすぐ突き進み、あの入り口の門を超えて少し行ったところに
お荷物預かり所があるのでそこで預けろということ。(しかも私営。)
しかし私が行ったときには17時30分前後だったけれど、
もう遅いといわれ、預かってくれなかった。(18時営業終了のため、17時30分だと遅すぎる・・・とのこと。すぐ戻ってくるから預かってよー!と言ったけどダメだったわねェ・・・。(遠い目。))
こういうとき、スーツケースじゃなくてリュック一つでよかったと心から思う。
・・・けど融通効いてくれなくてやっぱりモヤモヤするーーーーーーー!!!!!
仕方がないので、リュックを背負ってあるき続ける。
・・・・あら???
アルルより洗練されててお洒落なストリート。
アルルはこだわりのありそうな観光客だらけだったけど
ここは普通に住人がお買い物もしてそうな雰囲気。
お洒落なひとたちもたくさんいた。
あああー今日はサッカーW杯フランス戦の日なのね。
とにかく駅から一本!ひたすらまっすぐに突き進むと!!!
ほら!!教皇庁がみえてきた!!!
だだだーーーーん!!!
やっぱり実物は迫力があります。
私の中のアヴィニョン=白い
のイメージってきっとこれだったのね。(っていうかこれしかない。)
歴史的には権力とか支配とか、色々あったんでしょうけど
パリなどの歴史的建造物に比べると(ノートルダム寺院とかコンシェルジュリとかダメです。)
全然嫌な雰囲気はなく穏やかで優美な気すらしてしまいます。
何よりアルルの円形闘技場よりずっと空気は綺麗です。(別物だろ・・・)
そして街並みは砂糖菓子のように綺麗だけど、
これは落雁(らくがん)みたいでおいしそうだ・・・・ははは。
さて。ここが歴史の教科書に出てきたアヴィニョン教皇庁なのですね・・・・。
それはそれで感動かも。
1300年代。
フランス革命なんかよりもうーんと昔で(400年前とか)
ジャンヌダルクが生まれる100年ほど前の伝説みたいな出来事。
そんな時代に、歴史は動いたのです!!!
・・・ちなみに
カトリックの本拠地って言ったら、皆さんどこだかご存知ですよね?
ローマ法王ってどこにいるのか、皆さんもちろんご存知ですよね?
はい。
答えはもちろん!
ローマのバチカン市国です。
もちろん。そんなのは知ってて当たり前の常識ですが。
実はそんなローマ法王(教皇)も、
ローマのバチカンに居ない時代があったのです・・・
じゃ、どこにいたのかって?
さすがにもうお分かりでしょう。
ここ、アヴィニョンです。
長い長いカトリック教の歴史の中で。
約70年だけ、ローマからここ南仏に教皇が左遷というか、
隔離というか、移住というか、軟禁?というか?
そんな時代があったのです。
(アヴィニョン捕囚とか、教皇のバビロン捕囚という名前で呼ばれてます。)
それより300年ほど前の教皇といえば、
国王以上にヨーロッパ全体に力を持ち、
王様に土下座(・・・はしないだろうけど。)させたほどの時代もありました。
権力が二分していたわけで、しかも教皇の方が強かったわけですね。
しかしながら、
その後200年に及び、軍事にせっせと勢を出していたカトリック側。
聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還せよとせっせと軍を送っていたのが
かの有名な十字軍時代。
考えてみるととんでもない時代ですよね。
そんなわけで、
世の国王すらも自分に従え!!とブイブイ言わせていた教皇ですが
十字軍も失敗続きとあって
その数百年後にはすっかり立場も逆転し、
1300年代にはその力を失い、美貌王と呼ばれたフランス国王フィリップ4世に、
天下のカトリック教皇はすっかり打ち負かされてしまったのです。(アナーニ事件。)
ちなみにこのときの教皇はボニファティウス8世。(当時68歳でこのことに憤慨した勢いで1ヶ月後に逝去。)
ボニファティウス8世…必死でテストに出ると言ってカタカナ文字覚えたな。
なんなら母と弟にも覚えさせていたっけ。
(自分が覚えるために。)
まぁ教皇も、
国王は自分に従え的なお触れを出したり、
フィリップ4世をカトリックから破門にしたり、ハチャメチャやってたみたいなんですけどね。
そうこうするうちにローマは情勢不安定だし、
すっかり教皇は力を失ってるから、
フィリップ4世はやりたい放題。
ボニファティウス8世失脚後は
自分の都合の良いように、
自分の言いなり&自分の影響を受けている
ボルドーの大司教のクレメンス5世を教皇にし、
↑クレメンス5世の時代そのままの絵。
自分の手の届く(自分の支配下の)アビニョンに教皇庁を置いたということ。
↑当時はこんな丘の上だったのですねぇ。
つまりローマ法王はその間おらず
代わりにアビニョン法王がいた。
しかもフランス人教皇の誕生だった。
という、フランス・カトリックの歴史が始まったわけです。
それは1309〜1377年まで70年近くに及びました。
↑礼拝の間。
大学時代は西洋音楽が専門なので
西洋音楽史も分厚い冊子を図書館で借りて読んだりしたものですが、
西洋音楽の歴史といえば
カトリックの典礼音楽。
グレゴリオ聖歌が起源になってますけど
ここフランスで生まれたと習った新様式(アルス・ノウ"ァ)の典礼音楽は、
この広間で初めて演奏されたんだとか。
人々は新しい音楽史の幕開けに
美と神秘を感じたことでしょう。
↑食事の間。当時は壁ももっと華やかで艶やかで豪華だったのでしょう。
だいぶ色褪せたけど。
゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:
【前回までのあらすじ】
アルルのひまわり畑が見たい!!
その一心で長距離バスに無計画に乗り込んだ私。
一瞬だけひまわり畑を見たけれど、
あとは降りる場所も分からず、ひたすらバスに揺られ続けている。
次第に険しい自然の中に入っていった・・・。(その後一向にひまわり畑はなし。)
゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.: 

…ま。こんな感じの地域に次第に入っていったわけです。
写真では迫力が全く伝わらないのが悔しい!!!!
なんだかゴツゴツした山肌とチクチクした葉っぱが茂るとげとげしい山脈地帯が延々と続くわけですよ。
(オリーブの名産地らしい。)
ドイツ・バイエルンやオーストリアの平和で牧歌的な自然の雰囲気とは違い
山脈も低くてなだらかなんだけど、全体的に荒々しい様子。
緑の色もオリーブ色で濃いしね。
これぞプロバンスの自然なんだなぁー。
なんだかイタリアとかを旅したときの雰囲気に似てる。
目を見張ってしまうその自然の迫力。
テレビのCMとか雑誌とかで目にしたことはあるけど、やはり本物に勝るものはない。
バスに乗っているだけで異世界が目の前に広がり、とにかくすごかった!!
まさにザ・プロバンス!!!!な景色。
意識高い系のCMとかに出てきそうーーー!
その景色を延々と目の当たりにして、脳みそや心がジワジワほぐれていくのを感じた。
(つまり癒されたっていう意味なのだが・・・。)
住宅街もザ・プロバンス!!って感じで素敵!!








これに更にそこら中にフリージアの花が咲き乱れていて
もはや南国みたいな雰囲気!!(南仏は南国ではありません。)
空も青く、花も色とりどりで、住宅もまぶしく明るく、
まるでハワイ島のコナをドライブしたときの雰囲気に似てるなーなんて思いながら
その楽園みたいな雰囲気を楽しんでいた。
そっかーーー!日本の新興住宅でも流行ってる南欧風住宅って
ここらへんの家をマネしてるのね。
明るい白やクリーム色の壁!明るいオレンジベージュの屋根瓦!
(ドイツにいると瓦屋根も斬新なのです。)
日本でもよく見る見るーーーー!!
<こんな感じ>よね!!
でも日本って北欧住宅や北米風住宅、また英国風から
もちろん昔ながらの日本の家など、入り混じってて、好き勝手家を建ててよくて
そこで自分の個性を発揮できるけど、
プロバンスってどこ行っても全く同じ家の色なの。(ドイツも村ごとに決められてるけど)
これって景観的にはとっても素晴らしくていいんだけど、
ボケたら自分の家に帰れないよね。。。。
そしてお隣さんもそのお隣さんも、それどころか同級生まで全く同じような家に住んでるって
日本の感覚ではちょっと信じられない。
たまには自分の好きなようにマイホームをデザインしたいって思わないのかな?
それともこの景観を心底愛してやまないのかな???
とはいえ、私のイメージのプロバンスってまさにこれこれ!!
あのアルルみたいな泥臭くて牛臭い(笑)ふるーい街並みじゃなくて、
こういう感じなのよーーーーーーーーーーーーーー!!
・・・とかなんとかやってたら、
13時50分 このバス最終のサロン・ド・プロヴァンス駅到着。
正味1時間30分バスに揺られていたわけだ。
でも私はプロバンス地方の目が覚めるような美しい自然と家々を
自力で歩かずとも見ることができて満足していた。
サロンという街も、なーんにもなかったけどとっても綺麗な街だった。
駅が綺麗。そのへんの建物のオレンジ色の屋根が綺麗。
白い地面が綺麗!!!!
とにかく全部がとっても綺麗!!!!
そうそう、これぞプロバンス!!
・・・んじゃあ、バス観光(?)も楽しんだことだし、ひまわり畑も無事に見れたし、
そろそろアビニヨンにでも向かおうかね。。。
と、電車の切符を買おうとしてさっと青ざめた。。。。
え・・・・
次のアビニヨン行きの電車・・・
2時間後!?
ええええええーーー!!!!アルルから30分で簡単に行けたはずだったのにー
だったのにーだったのにーだったのにー・・・・。
名古屋から大垣に行く感覚だったのにー
だったのにーだったのにーだったのにーーーー・・・・。
このとき、
ひまわり畑を見たいというミーハー欲丸出しで
この何もなさすぎるサロンという街まで来てしまったことを初めて悔いるのであった・・・
いやーこんなことだったらひまわり畑通り過ぎたあたりで
バスを無理やりにでも下車していくべきだったなと。
いくら交通の便が不便とはいえ、ここまで時間がかかることはないでしょ。
なんだったら歩いて戻った方が早かったかもしれない・・・。
これで良かったのに
このとき既にバスで1時間半ロスし、
更に2時間以上、何もないこの場所で時間を潰すはめになった。
ちょっとだけ街を散策しようにも、完全にここは私の実家のある◎◎区の住宅街みたいな雰囲気。
綺麗だけど観光する場所じゃないわ。
こうなったら美味しいプロバンス料理でも、と思ったけれど
14時すぎ。既にどこもランチタイムは終了。
仕方がないから駅からまっすぐ歩いた突き当たりのカフェに入ることに。


ここはランチ?というかサラダを出してくれた。
もちろんロゼワイン。2、3杯飲んでしまったよー。
いかんせんヒマなのでね。
ロゼワインにはしっかり氷が入っている。
こういう飲み方ってあんまりしないけど、初夏の暑さには最高でしたよ。
・・・とカフェのそばを中世の騎士たちが通り過ぎた。(笑)
何かお祭りでもあったのかしらー。
↑アルパカまで歩いてた!!
・・・と、うだうだお酒を飲んでいたらあっという間に16時!!
サロン駅へ再び向かう。



そうして
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
16時16分 サロン駅発
17時17分 アビニヨン駅着 (11.10€)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この電車で目的地に向かうのであった。
(注※これならふつーにアルル駅からアビニヨンにアプローチした方が早いです!
サロンまでは景色は素晴らしいけれど。)



アビニヨンへ向かう途中の車窓から♪
続く♪
※後日談※
実はこのブログを書くに当たって改めてサロンについて調べて
初めて知ったこと!!
ここ、何もないと思っていたサロン・ド・プロヴァンスは
なんとあの大予言で有名なノストラダムスが過ごし、生涯を閉じた地らしいのだ!!!!!
びっくり!!!!!!
ノストラダムスが眠っており、
そして、博物館もあるらしい。。。。
えーっ。ノストラダムスの大予言と言ったら小学二年生の頃
ちびまるこちゃんの番組でみて、
『お母さん、ノストラダムスってなーにー』と聞いて
え・・・人類滅亡・・・・!?と、
人生2回目ぐらいに死ぬことの怖さを気付かされたさ、、、
(1回目は5歳ぐらいのときだったが。(笑))
そして小学生のころ、夏休みに祖父になぜか伝記を買ってもらった!!
実は1500年代に活躍した有望な医者だったとのこと。
とはいえ、肖像画の顔がめちゃくちゃ怖くて夜眠れなくなった記憶。(笑)
サンレミ出身で、サロン・ド・プロヴァンス没という、このあたりに眠ってる方だったのねーーー。
ちなみに6月末だか7月にノストラダムスにちなんで、
その時代のお祭りをするらしい。。。。
って、このときだったんじゃないか!!!!!
と、思っている。
ああ。。。博物館とお墓に行っておくべきだった・・・・・。
(なかなかこんな僻地にわざわざノストラダムスのためだけに観光にくる人もいないじゃろう。笑)
『完』
次第に険しい自然の中に入っていったのであった・・・。
Vincent (Starry Starry Night)
-- Don McLean
Starry, starry night.
Paint your palette blue and grey,
Look out on a summer's day,
With eyes that know the darkness in my soul.
Shadows on the hills,
Sketch the trees and the daffodils,
Catch the breeze and the winter chills,
In colors on the snowy linen land.
星降る夜
君はパレットに青とグレーを塗りつけ
夏の日を眺め渡している
魂の暗闇を知るそのまなざしで
丘の上の木陰で
木々や水仙をスケッチし
そよ風や冬の寒さをとらえている
雪のように白い亜麻布の大地に広がる色で
Now I understand what you tried to say to me,
How you suffered for your sanity,
How you tried to set them free.
They would not listen, they did not know how.
Perhaps they'll listen now.
今ならわかるよ
君がどれほど傷つけられたか
そしていかに彼らを解き放とうとしたか
彼らは耳を傾けようとはしなかった
彼らにはどうすればいいのか分からなかったのだ
たぶん今なら彼らも聞いてくれるよ
Starry, starry night.
Flaming flowers that brightly blaze,
Swirling clouds in violet haze,
Reflect in Vincent's eyes of china blue.
Colors changing hue, morning field of amber grain,
Weathered faces lined in pain,
Are soothed beneath the artist's loving hand.
星降る夜
まばゆく燃える輝く花々が、
スミレ色のもやの中で渦巻く雲が 、
ヴィンセントのチャイナブルーの瞳に
次々と変わっていく色合いが
痛みが刻まれ乾いた顔が
芸術家の愛の手で慰められていく
Now I understand what you tried to say to me,
How you suffered for your sanity,
How you tried to set them free.
They would not listen, they did not know how.
Perhaps they'll listen now.
君がどれほど傷つけられたか
そしていかに彼らを解き放とうとしたか
彼らは耳を傾けようとはしなかった
彼らにはどうすればいいのか分からなかったのだ
たぶん今なら彼らも聞いてくれるよ
For they could not love you,
But still your love was true.
And when no hope was left inside
On that starry, starry night,
You took your life, as lovers often do.
But I could have told you, Vincent,
This world was never meant for one
As beautiful as you.
彼らは君を愛せなかったけど
それでも君の愛は本物だった
そして胸の内の希望がすべて消え去った時
あの星降る 星降る夜に
君は自らの命を捧げた
でもぼくなら君に言えたはずなのに
この世界は
君のように美しい人にとって
Starry, starry night.
Portraits hung in empty halls,
Frameless head on nameless walls,
With eyes that watch the world and can't forget.
Like the strangers that you've met,
The ragged men in the ragged clothes,
The silver thorn of bloody rose,
Lie crushed and broken on the virgin snow.
星降る 星降る夜
空っぽのホールの肖像画は
名もない壁にかけられた枠のない顔
世界を見つめる忘れられない瞳
まるで君が出会った異邦人のよう
ボロボロの服をまとったみすぼらしい男
血のように赤い薔薇の銀の刺が
初雪の上で押しつぶされ折られて横たわっている
Now I think I know what you tried to say to me,
How you suffered for your sanity,
How you tried to set them free.
They would not listen, they're not listening still.
Perhaps they never will...
君がどれほど傷つけられたか
そしていかに彼らを解き放とうとしたか
彼らは耳を傾けようとはしなかった
彼らにはどうすればいいのか分からなかったのだ
たぶん今なら彼らも聞いてくれるよ
゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:























































































































































































































































































