息子の勉強を見ていて、ものすごくじれったくなる時がある。
 

それは難しい問題ができない時ではない。
 

習ったばかりのものや、
工程がいくつもあるものを忘れている時でもない。
 

そういう時は「まあ、これは仕方ないか」と思えるんだけど。

 

私がじれったいのは、

「いや、それ絶対わかるでしょ」

という問題で、息子の手が止まっている時。
 

最近だと利益の問題なんかがそうだった。
 

割合そのものは今まで何度もやっているし、
基本的な考え方もわかっている。
 

でも問題の中に、仕入れ値や定価、売値、利益なんかが出てきて、
いつもと少し違う形になると止まる。
 

横で見ていると、

「え、なんで止まってるの?」

となる。

 

そこで問題文を少しわかりやすく言い換えてみる。
 

「これはいくらで仕入れたってこと?」

「じゃあ、こっちはいくらで売ったの?」

「その差はいくら?」
 

そんな感じで聞いていくと、

「ああ、そういうことね」

となって、そこからは普通に解けたりする。
 

わかってるなら少しは考えようよ~

 

ここがものすごくじれったい。

たぶん息子の中には、今まで覚えてきた色々な「型」があるんだと思う。
 

この形ならこう解く。

こう聞かれたらこの計算。
 

そこにピタッとはまる問題ならできる。

 

でも、聞かれ方が少し変わったり、
見たことのない形になったりすると、自分が知っているものと結びつかなくなる。

=わかんない
 

別に何も知らないわけじゃない。

必要なものは頭の中にある。

なのに、それを自分で引っ張ってきて使えない。
 

横で見ている私は、答えも知っているし、
息子がどこまでできるかも知っているから、
 

「そこ!そこにつなげればわかるじゃん!」

と思う。
 

でも本人はつながらない。

これが本当にじれったいのよーーーーー。

中学受験を始めた頃にも、息子はわからない問題にぶつかると
「どこがわからないのかもわからない」
みたいなことがよくあった。
 

あの頃に比べたら、できることも知っていることもかなり増えた。
 

だからこそ今度は、

「知ってるんだから、それ使ってよ」

と思ってしまう。

 

そして普通にイライラしちゃうんだよ。

 

ただ、考えてみれば、
問題を解くって「覚えた解き方を使う」だけじゃないんだろうなとも思う。
 

目の前の問題を見て、

「これって、あの考え方が使えるんじゃない?」

と自分で結びつけるところまでできないと、本番では使えない。

 

こっちが一言言えばわかる。

問題文を少し言い換えればわかる。
 

それは「わかっている」とも言えるけど、
自分一人で問題を解くことを考えたら、まだ足りない。

 

じゃあ、どうしたら自分でそこにつなげられるようになるんだろう。

最近はそこをどうにかしなきゃと焦ってる。
 

できればヒントも出したくない。
 

私が横から、

「それ、あれと同じじゃない?」

と言う前に、自分でそこに気づいてほしい。

 

……そこ!もうちょっと考えたらわかるから!

と、今日も横でじれったくなっている。涙



 

 

中学受験を始めた頃は、
とにかく「どうやって勉強させればいいんだろう」と思っていた。
 

算数はどう進めるのか、何問くらいやればいいのか、
朝は何をやるのか、夜は何をやるのか。
 

当然、私には中学受験の指導経験なんてないので、
色々調べたりAIに聞いたりしながら手探りスタート。
 

でも、ここまで息子の勉強を見てきて最近思うのが、
勉強法って「何をやるか」だけじゃなくて、
その子の性格や特性もかなり関係するんじゃないかということ。
 

同じ説明をしても入りやすい子と入りにくい子がいるだろうし、
毎日決まった量をコツコツやる方が合う子もいれば、そうじゃない子もいると思う。

 

うちの息子の場合は、ただ「これを覚えて」と言うより、
何のためにこれをやるのかがわかった方が入りやすい。
 

そのまま説明するとよくわかっていなかったのに、
バスケや普段の生活に置き換えて説明すると
「あー、そういうことね」となることがある。

 

だから最近は、一般的にどう教えるかより、
「この子だったらどう説明したらわかる?」を考えることが増えた。
 

うちには息子が3人いる。

じゃあ今、次男にやっているこの勉強方法を、
そのまま三男にもやるかと聞かれたら、多分やらない。
 

性格が全然違うから、同じやり方は絶対合わないと思う。
 

そしてこれさ、
子どもだけじゃなくて親の性格も結構関係あるんじゃないかと思っている。

 

ちなみに私はMBTIだと「建築家(INTJ)」。

何かうまくいかないことがあると、ものすごく「なんで?」が気になる。

 

原因を考えて、じゃあどうすればいいか考えて、
やり方を変えて、また結果を見る。
あとね、ものすごく考える。

考えるのが好きなわけではなくて、脳の構造が考える構造になってるんだよね。
で考えて考えた挙句に、ピーーーン!ときたものに全力で取り組む。

 

一昨日の記事に書いたように、勉強の回し方がうまくいってないと気づいたら、
それが気になって眠れなくなるくらい考えてしまう。

繊細か?
 

だからChatGPTにはいつもとことん納得いくまで壁打ち相手になってもらう。

ひたすら壁打ちして、自分のなかでこれだ!と思うものがあったら
それをClaude Codeに落とし込む。

Claude Codeに学習結果をためて、間違い方を見たり、
問題の出し方を変えたりする今のやり方も、
私の性格には合っているのかもしれない。
 

でもこれを他の家庭にも「この方法がおすすめです」と言えるかというと、
全然そうは思わない。
 

毎日こんなに結果を見て、あれこれ考えて、
やり方を変えるなんて面倒くさいと思う人もいるだろうし、
最初に決めたカリキュラムをそのまま進める方がやりやすい人もいると思う。

 

それでいいんだと思う。

子どもに合うやり方と、親が続けられるやり方。

 

その両方が合わないと、家庭で続けていくのは結構難しい。
 

中学受験を始めた頃は「結果につながる正しい勉強法」を探していたけど、
最近は正しいかどうかより、

「うちの子にあってるかどうか」
「私が納得できているか」

を考えることの方が増えた。

 

結局、茶トラ家の今のやり方も、
息子と私の組み合わせだからこうなったのかもしれない。
 

次男は割とおとなしくて素直な方なので、
私があれこれ考えてやり方を変えても、なんだかんだ付き合ってくれている。
 

これが三男だったらどうだろう。

……たぶん、同じやり方は通用しない。
 

そう考えると、もし三男が中学受験をすると言い出したら……
今のところ恐ろしい想像しかできないわ。


 

 
 

昨日、ちょっと落ち込むことがあった。

息子はエフォート1.2がおわり
エフォート3に進んだんだけど、
最初にウォーミングアップみたいな感じで
いままでの復習問題があった。

これが、思っていた以上にできなかった。

できるようになったと思っていたところも
結構間違えていて、「あれ?」となった。

なんでと振り返った時
ここ最近、
目の前のできないところばかり気にしていた気がする。

この問題ができない。
じゃあここをもう一回やろう。

次はこれができない。
じゃあ今度はこっち。


そんな感じでやっていたら、前にできるようになったところは「もうできるから」と後回しになっていた。

当然、やらなければ忘れる。


今まで散々
「できるようになった問題も忘れないように回す」ってやってきたのに、
ここ2週間くらい、それがちゃんとできていなかった。


最近私は仕事がかわり、私自身がうまく回ってなかったんだと思う。

昨日はそのことに気づいて、
かなりモヤモヤした。

Claude Codeにも
「この回し方じゃダメじゃない?」
みたいな感じで不満をぶつけた。

でも色々話しているうちに、Claude Codeより私が目先にとらわれすぎてた。

私自身が目先のできないところばかり見ていた。

だから、いままでのやり方を崩してしまった。

受験まで時間がないと思うと、
できないところを見つけるたびに
「これもやらなきゃ」
「こっちもやらなきゃ」となる。

でもそれを追いかけている間に、せっかくできるようになったものが抜けていったら意味がない。

今のタイミングで気づいたのは良かったけど
なんだろうかものすごく
モヤモヤするわけ。


しかも
昨日は息子の様子もちょっとおかしかった
。
勉強を始めてもずっとため息や
ブツブツ、フンフン言いながら、嫌そうにダラダラやっている。

甘えているのか、疲れているのか、ただやりたくないのかはわからない。

あまりにも嫌そうなので
「もうやらなくていいから、今日は早く寝な」と言ったら、「やる」と言ってまた始めた。

でも字は汚いし、間違いも多い。

これはもうやっても意味ないなと思って、
結局早く寝なさいと強制的に寝かせた。

私も新しい仕事になって余裕がなくなっている。


息子も学校にバスケに勉強に、色々ある。

その中で受験勉強もちゃんと回していかないといけないんだけど、
なんか今、色んなことが中途半端になっている感じがする。

そう、全てが中途半端なんだよ。
そこが苦しい。

昨日ちゃんと眠れなかったのも、たぶんそれがずっと引っかかっていたからだと思う。

今後どう回していくかについては、
Claude Codeと話して一応方向性は決めた。

でもまず、きっちり現実を把握して
この土日でもう一度立て直したい。
きちんと前に進むように整理したい。

そして、目の前のできないところだけを見るんじゃなくて、今までやったところも含めて、何をどのくらいの間隔で回していくのか。


エフォート3に進んだからといって、
どんどん先に進めばいいわけでもない。

ここまで積み上げてきたものを落とさずに、
新しいものも入れていく。

書くと当たり前なんだけど、実際に毎日やろうとすると、これがなかなか難しい。


受験まで時間がないから焦るけど、焦って目の前のことばかり追いかけると、また同じことになるから。

ちょっと今、茶トラ家
試練がきている気がしています。


落ち着いて〜
整理して〜
しっかりすすもう。

不安な自分に言い聞かせてます。

最近、私がかなり疲れている。


私は週に、2~3回出社してフルタイムの勤務をしているんだけど
通勤にもⅠ時間以上かかる。

出社した日は帰ってくる頃には普通に疲れていて、
本音を言えばもう何もしたくない。
 

でも帰ってきたら、息子の受験勉強がある。
 

我が家の場合、息子が問題を解けば終わりではなくて、
丸付けをして、間違えたところを確認して、その結果を記録して、
次の日は前日までのデータから何をやるか考えて、また問題を作る。
 

これを毎日やる。

いや、毎日やりたいんだよ。
 

私はもともと、そんなにきっちりした性格ではない。
かなりおおざっぱだし、自分のことだったら
「今日は疲れたから明日でいいや」も普通にある。

 

自分のことなら、自分の采配であとからどうにでもできると思っている。
 

でも、これは息子の受験なんだよなぁ。

自分が疲れているから今日はやらない、というのは違う気がしてしまう。
 

一日くらいやらなくても別に何も変わらないとも思う。
でも他の受験生は今日も勉強してるんだろうな、とも思うし、
ここで一日休んだら、それが二日、三日とズルズルいくんじゃないかとも思う。

 

ここまで毎日少しずつでもやってきて、
それが積み重なって、前よりできることが増えてきたのも見ている。
 

だから余計に「やらなきゃ」と思ってしまう。
 

でもね本当は今日は早く寝たいんだよ。

でも息子が勉強するなら付き合わないと。
その葛藤が出社した日は特に思う。

 

「息子も疲れてるし、今日は息抜きさせてもいいんじゃない?」
 

なんて考えたりもするけど、
よく考えると息子を理由にして私が休みたいだけだったりする。
 

昨日もまさにそんな日だった。

仕事から帰ってきて、もう夜の算数と国語の問題を作る気力がなかった。

息子はバスケに行っていて、帰ってくるのも遅い。
 

もう今日はいいかなぁ。

でも、何もしないのも気になる。
 

結局、算数と国語の問題を解かせるのはやめて、
Claude Codeに慣用句とことわざをまとめたものだけ作ってもらった。
 

バスケから帰ってきた息子は、ご飯を食べながらそれを見て、
早々に寝た。
 

そして今朝は朝練。

大変だなぁと思う。
 

息子も大変だけど、母もなかなか大変だ。
 

毎日やれば積み重なる。
それはここまでやってきて、息子も私もよくわかっている。
 

でも毎日続けるって、やっぱり簡単じゃない。

一日くらい休んでもきっと大丈夫。
って思いたい。

でも、そのやらない一日を作るのがなんとなく怖い。

受験まであと少し。
 

この先ずっとこんな感じでいけるのか。

最近は息子の勉強だけじゃなく、私の体力も結構心配です。

 

我が家では、中学受験の勉強にかなりAIを使っている。


そもそも私がAIを使い始めたのは、中学受験がきっかけではなくて仕事だった。


仕事でAIの活用を推進されていて、ChatGPTだけじゃなく、Claude、Gemini、Copilotなど色々なツールを試す機会があった。


使っていくうちに、思っていた以上に便利だということがわかってきて、

仕事だけじゃなく、私生活でも使えるんじゃない?


そう思って、中学受験の勉強にも取り入れるようになった。


色々使ってみて感じるのは、同じAIでもそれぞれ得意なことが結構違うということ。


AIにも個性がある。


もちろんこれは性能を比べてどれが一番優秀という話ではなくて、あくまでも私が使ってみて感じていることです。


私の中でChatGPTは、

会社のメンバーみたいな感じ。


「これどう思う?」と意見を聞いたり、

「私はこう思うんだけど、他の見方はある?」と聞いたり、とにかく壁打ち相手としてよく使っている。


一つのことを色んな方向から考えたり、自分では思いつかなかった視点を出してもらったりするのが得意だと感じている。


息子の勉強でも、

「この間違い方ってどう思う?」

「この単元はもう次に進んでいい?」

「今は何を優先した方がいい?」

「この問題数で足りる?」

みたいなことを相談する。


最近も、1回目に何問か間違えたのに、

間違えた問題をもう一度やらせたら全部ヒントなしで正解したことがあった。


じゃあこれ、

一回目でできない原因はなんなんだろう?

と壁打ちする。


そこから、

どんな原因が考えられるのか、

何を記録したら原因が見えてくるのか、

今後どういう問題の出し方をしたらいいのか

をChatGPTと考えた。


私一人だと「また間違えた」で終わってしまうところを、一度立ち止まって色んな方向から考えるために使っている。


GeminiやCopilotも使っているけど、私の感覚ではこの二つもどちらかというとChatGPT寄り。


一方でClaude Codeは、私の中では役割が違う。


壁打ち相手としては、ChatGPTほど柔軟ではないように感じるけど、考えたものを実際に形にするのがめちゃくちゃ強い。


「こういうものが欲しい」「こういうデータを管理したい」「こんなふうに見えるようにしたい」とイメージを伝えると、関数を組んだり、データを可視化したりして、実際に使えるものにしてくれる。


もちろん

一発で理想通りのものができるわけではない。


実際に使ってみて、

「ここはこうしたい」

「これも見えるようにしたい」

と修正していくと、

どんどんブラッシュアップされていく。


私はClaude Codeの、

完成品のクオリティーがかなり好き。


息子の中学受験でも、

Claude Codeにはプロジェクト機能があるから受験勉強専用のプロジェクトを作っている。


その都度普通に会話するのではなく、

一つのプロジェクトに必要な情報をためていく。


普段使っているエフォート、志望校の過去問、今まで受けた模試の問題と解答などを入れて、日々出してもらう問題の結果も記録している。


どの問題を間違えたのか、その後もう一度やったら正解できたのか。

そういう結果もスコアとして残していく。


そしてその情報を元に、その日の問題も作ってもらう。


前に間違えたところをもう一度出したり、しばらくやっていない単元を混ぜたり、今やっている単元を入れたり。


国語も、

エフォートや過去問などを参考にしながら、息子に合わせた問題を作ってもらっている。




なので今の我が家では、ChatGPTで相談して勉強の方向性を考えて、Claude Codeでそれを実際の問題や学習管理の形にする、という使い分けになっている。


仕事で色々なAIを使って、

行き着いた現在の形。


仕事で使い始めたAIを、

まさか息子の中学受験でここまで使うことになるとは思ってなかったな。


今では私の壁打ち相手もAI、問題を作るのもAI、学習記録を管理しているのもAI。


こうして書いてみると、我が家の中学受験は

塾以上にAIを活用してます。