先週末、大きなスポーツイベントがあった。

息子の結果は、あと少しで賞状がもらえる一歩手前。

連日の雨で、練習もままならなかったし、
そもそも運動量も受験で大分少ない中よく頑張ったよ。


私の方は、前のレースに出ている子たちを見ながら、
「あー、うち今回ダメかも」と弱気になっていたけど、
いざ本番になると、親の想像を超えて本人は力を発揮していた。


最後まで粘り強く頑張ってたし
欲しいものを自分で取りにいくくらいの勇気と気力もついてきた。

でもなんかさ

終わってみたら、なんか思っていた以上に寂しくなってしまった。

なんでこんなに寂しいんだろうと考えていたんだけど、
たぶん小学生の息子をこうやって応援できる時間が、
もうどんどん終わっていくからなんだと思う。

 

息子は小さい頃、かなり引っ込み思案だった。
泣き虫だし、臆病だし、ものすごいママっ子。

どちらかというと自分から前に出ていく子ではなくて、
周りに助けてもらうことの方が多かった。
 

それが、バスケを始めてから少しずつ変わった。

もちろんバスケを始めたから急に別人になったわけじゃないけど。

でも、長く続けていく中で、
運動だけじゃなくて精神的にもかなり成長したと思う。
 

だからなのかな。

私は息子に小学生のうちに、スポーツでもう少し分かりやすく「やった!」と思える結果を、一度見せてあげたかったんだと思う。

 

別に今まで何も評価されていないわけではなくて、
自由研究や作品で評価してもらったこともあるし、賞状もある。

 

でも、スポーツはまた別の話なんだよね。

 

息子を大きく変えてくれたのがバスケだったからこそ、
スポーツでも「頑張ってきてよかったね」と思えるような結果が一つあったらいいなと、私はずっとどこかで思っていたんだと思う。

 

今回、それがかなり近かった。あと一歩だった。
 

だから余計に「あー、あとちょっとだったのにな」と思ってしまう。

 

本人は全然気にしてない。
自分の出せる力を出し切ったからだろうね。


私の方がたぶんめっちゃ悔しがってる。

これも完全に親の勝手な気持ちなんだけどね。

 

ずっと成長がゆっくりだった息子だから、
もう少し小学生の時間があったら、
どんな感じになってたんだろうなと思うこともある。


中学生になってからの方が、いろいろ面白くなってくるんじゃないかな、
とも思う。

それはすごく楽しみだけど、

でも、それとこれとは別。
 

小学生の息子は今しかないんだよねーーー。
もう少し見ていたいよ。
 

 

 

受験が終わったら、今度は卒業がどんどん近づいてくる。

6年間って長いと思ってたんだけどな。
これ、結構寂しいな。

 

最近、漢字や語彙の勉強がどうもうまくいかない。

というか、そもそも漢字や語彙をやる頃には、
もうかなり疲れてるんだと思う。

 

平日は朝7時から朝練に行って、普通に6時間授業。
帰ってきてからは塾かバスケ。

夕飯を食べて、お風呂に入れて、そこから家で受験勉強。
 

まず算数のプリントをやる。今はだいたい31問くらい。
それを全部やって、丸付けして、間違えた問題はもう一回やり直す。
 

で、そのあとに漢字と語彙。
その頃には息子の集中力はもう続かない。
 

そりゃもう頭に入らないよね。
わたしだってその時間もう、横になりたいって思ってるもん。
 

休みの日ならまだいいんだけど、
平日は紙に書いてある漢字を見せて「じゃあこれやろっか」と言っても、
なかなか覚えられない。

 

最初はあと少しだから頑張れ!!とかと言ってたけど、
もう気合とかそういう問題じゃないよね。
よく考えたら、この時間まで一日ずっと動いてる。

 

たぶん、漢字や語彙に使うエネルギーがもう残ってない。

だからClaude Codeに相談してみた。

そこで提案されたのが、漢字の読みや語彙、ことわざなんかを、フラッシュカードやクイズ形式にしてやる方法だった。

 

ほう、どんな感じなんかな?とだしてもらった。

これは音訓の問題。
選択式になってる。



なるほど。これならできるかな?と思って息子に
聞いてみたら、割と乗り気でこれはできた。

恐らくゲーム感覚でできるんだろうなと思った。
 

ということで、
今はパソコンでフラッシュカードやクイズを出して、
それを見ながら答える形に変えて様子をみている。

 

やっぱり一番大きいのは、負担を減らせること。

夜の最後にまた紙を出して、書いて、丸付けして……よりは、
画面を見ながらクイズみたいに答えていく方が明らかにやりやすい。

 

Claude Codeいわく、漢字の読みや語彙、
ことわざみたいな「知識を覚えるもの」には、
こういうフラッシュカードやクイズ形式が向いているらしい。

 

ただ、漢字は読めればいいわけじゃないし、国語は暗記だけでもない。
 

実際に書けるかどうかは今まで通り書かせるし、読解は時間がとれる
曜日で問題集でやる。

全部をこの方式に変えるんじゃなくて、覚えるところはフラッシュカードやクイズ、書くものや読解は今まで通り、という感じで分けてみることにした。

 

これが本当に合ってるのか、効果があるのかはまだ分からない。

でも、もう時間を増やすのは無理なんだよね。
 

朝練もある。学校もある。塾もバスケもある。そこに受験勉強も入ってる。

だったら、できる時間の中で、どうやったら一番やれるかを考えるしかないわけよ。
 

やってみてダメならまた変えよう。
 

今はそんな感じで、できる時間でできることを最大限やれるように、
いろいろ試しています。

 

「受験まで、あと67日。」
 

気づけば、ブログを一週間以上書いていなかった。

シルバーウィークもあったし、
茶トラ家もちょっといろいろありまして。

なかなか思うようにいかなくて
しんどいね。


まあ、そのへんの話は置いておくとして、
ブログを書いていない間も受験勉強は普通に続いていた。
 

最近、勉強を見ていて気になることがでてきた。

なぜか、簡単な問題ほど間違える。
 

正確に言うと、
本人がもうやり方を分かっている問題ほど間違えることが多い。

特殊算はや、ちょっと考えないといけない問題はちゃんと集中してやっているのに、「これは分かる」という問題になると、計算を間違えたり、
数字を転記するときに間違えたりする。

 

難しい問題が分からなくて間違えるなら、まあ仕方ない。

でも、やり方も分かっている問題をこういうミスで落とすのは、
本当にもったいない。


 

たぶん、分かっているからこそ気が抜けるんだろうなと思って、
本人にも「なんで簡単な問題の方が間違えるんだと思う?」と聞いてみた。

 

本人も「難しい問題の方が集中してるから」と言っていた。
 

やっぱりそうなんだろうね。

難しい問題やややこしいは最初から
「考えないと」
「ミスしないように」
と思って取り組むから集中する。


でも、見たことがある問題や、やり方が分かっている問題は
「これはできる」と思う。
その時点で少し気が抜けて、結果しょうもないところで間違える。

 

なので最近は、「簡単な問題ほど気を抜くな」と何度も言っている。
 

受験勉強を始めた頃は、
そもそも分からない問題がたくさんあったので、
できないものをできるようにすることばかり考えていた。

でも今は、
できるようになった問題をちゃんと一回で取ること
も同じくらい大事になってきた。

 

本番では「本当はできる」は何の意味もないのよ。
できないと判断されるわけ。

転記を間違えても、計算を間違えても、問題を読み飛ばしても、不正解は不正解。
やり直しはきかないんだよと。

しっかり息子に伝えてます。

そして、もう一つ最近よくあるのが、
前にできるようになったはずの問題が、
久しぶりにやるとできなくなっていること。

 

「これ、前はできてたよね?」
という問題ができなくなってるときが結構ある。
 

できたからといって、そのままずっとできるわけじゃない。
そんなの当たり前なんだけど、実際に何度も目の前で起きると、
新しいところをどんどん進めればいいわけじゃないんだなと改めて思う。

 

これから面積や図形も進めて強化いきたい。
でも、今までできるようになったことも忘れないようにしないといけない。

時間はどんどん減っていくし、やりたいことはまだまだある。

 

だからこそ、まずは取れる問題をちゃんと取る。

難しい問題より、簡単な問題ほど気を抜くな。

しばらくはこれを言い続けることになりそうです。

受験まで、あと68日。

 

 

昨日、私は仕事で家にいなかった。
 

学校が早帰りの日で、
午後時間があるから息子の勉強はどうしようかなと思ったけど、
やるものだけプリントして置いて、あとは本人に任せることにした。
 

帰ってきて確認したら、ちゃんと全部やってあった。
まあ、これは想定内。
 

やるものを明確にしておけばやっておくタイプ。
 

ただ、そのあと息子から聞いた話がちょっと意外だった。

最初にプリントをやり始めた時、途中までやってから自分の字が汚いことに気づいたらしい。

 

問題の11番くらいまで進んでたから、めんどくさいし
このまま続けるかどうしようか迷ったけど、

「やり直した方がいいと思って、最初からやり直した」

と。
 

へえ。

今日は自分で気づいたんだ。
 

私は普段から息子の字には結構うるさい。

別にお手本みたいなきれいな字を書いてほしいわけではない。
 

ただ、ずっと勉強を見てきて、
息子の場合は字が汚くなってくると
大体そのあとのやり方も雑になることがわかってきた。

 

途中式も雑になるし、数字も適当になるし、
自分で書いた数字を見間違えて計算を間違えることもある。
 

なので、字が汚くなってくると私はすぐ言う。

「字汚いよ」

「それ自分で読める?」

「もうちょっとちゃんと書いて」
 

何回言ったかわからない。
 

昨日は私がいなかったので、当然それを言う人はいないから

そのまま最後までやっても、少なくともその場では誰にも何も言われない。
 

それなのに途中で自分の字を見て、
「これはやり直した方がいいな」と思ったらしい。


 

なので、

「母さんに怒られると思ったから?」

と聞いてみた。
 

「うん、それもあるけどー……」

やっぱりそれもあるんかい(笑)。
 

そのあとぶつぶつと何か言っていたけど、
やりなおしたほうがいいと感じたからだってさ。

 

でも、今まで私が何度も言ってきたことで、
「字が雑になってる時はこのままやらない方がいい」
という感覚は少し本人の中にも入ってきてるのかなと思った。

 

受験勉強を始めてから、私は息子の勉強にかなり口を出している。

何をやるかも決めるし、丸付けもするし、間違えたところも見る。

少し考えればわかりそうなのに止まっていたら声もかけるし、
雑にやっていたら普通に怒る。
 

でも、これっていつまでも私が横でやるわけにはいかないんだよね。

本番では、字が汚くなっても誰も
「その字で大丈夫?」とは言ってくれないし、
雑にやって間違えても止めてくれない。
 

自分で気づくしかないのよ。

だから昨日のことは本当に小さいことなんだけど、私は結構嬉しかった。
 

「ちゃんと勉強してあった」ことよりも、
途中で自分の状態に気づいて、自分でどうするか考えて、
最初からやり直したことの方が嬉しかった。
 

まあ、そこに「母さんに怒られるから」
がどのくらい含まれているのかはわからないけど。
 

でも今はそれでもいい。

散々言われてきたことが、
少しずつ自分で気づけるものに変わっていけばいいなと思う。


 


私はAIをかなり使っている。

仕事でも使うし、息子の中学受験でも使うし、何か悩んだり考えたいことがある時も、とりあえずAIに話してみることが多い。

でも、AIに管理されるのは好きじゃない。

「今日はこれをやりましょう」 「次はこれをやってください」 「この順番で進めましょう」

みたいに全部決められて、その通りに進むのは多分向いてない。

私がAIを使っていて一番好きなのは、とにかく壁打ちすること。

何か気になることがあったら、まず思っていることを全部出す。

そうするとAIから色々返ってくる。

それに対して、

「いや、それは違う」 「そこはそう」 「でもそれだとこうじゃない?」 「それは考えてなかった」

みたいなことを延々やる。

AIが出してきた意見を全部「なるほど!」と採用しているわけではなくて、むしろ結構却下している(笑)。

でも、何度もやり取りしていると、自分では思いつかなかった意見やアイデアが出てくることがある。

それも面白いんだけど、私にとってもう一つ大きいのが、自分の考えが整理されること。

最初は自分でも何が気になっているのか、よくわかっていないことが結構ある。

「あれも気になる」 「これもうまくいってない」 「なんか違う気がする」

みたいな感じで、頭の中では全部つながっているような、つながっていないような状態。

それをAIに説明して、返ってきたものにまた答えているうちに、

「あ、私が気になってたのここだ」

となる。

複雑だったものが整理されて、何が問題なのかが明確になる。

頭の中だけにあったものが、見えるようになる感じ。

最近の息子の勉強でもそうだった。

できるようになったはずの問題をまた間違えている。

でも、やり直すとできる。

じゃあこれは、本当にわかっていないのか。

それとも別のところに問題があるのか。

一つ気になり始めると、私はこういうのをものすごく考える。

そこでAIと壁打ちする。

「あれは違う」 「これはありそう」 「じゃあ過去の結果も見てみよう」 「これも同じじゃない?」

そんなことを繰り返していると、最初はごちゃごちゃしていたものが少しずつ整理されてくる。

もちろんAIが言っていることが全部正しいわけじゃない。

実際、今までにも「それ違うじゃん」となったことは普通にある。

だから最後に決めるのは自分。

でも、自分一人でずっと考えていたら出てこなかった考え方が出てきたり、なんとなく感じていたことを言葉にしてもらったことで急にわかりやすくなったりする。

そこが私は好きなんだと思う。





AIに答えを出してもらって、その通りに動くというより、AIを使いながら自分で考えて、自分で取捨選択して、自分なりの答えを作っていく。

整理できれば、そこからは自分のペースで進められる。

たぶん私は、AIに何かをやってもらうことより、AIを使うことで今まで自分だけではできなかったことができるようになったり、考えられなかったところまで考えられるようになることの方が楽しい。

だからAIはめちゃくちゃ使う。

でもAIに管理されるのは嫌。

なんか矛盾しているようだけど、

AIに動かしてもらいたいんじゃなくて、AIを使って自分が前に進みたいんだと思う。