大連 旅順旅行記②
私にとって早くもこの旅のクライマックス 旅順編です。
北堡塁とよばれる東鶏冠山、水師営会見所、そして203高地。
1904年2月から'05までの日露戦争における最大の激戦地で映画にもなりました。
ロシア軍の塹壕や日本軍による銃弾の跡が生々しく残っていました。
203高地の頂上から見渡す旅順港は、映画で見たあの風景でした。
堡塁は幅10m 深さ6m
ここを訪れる観光客は日本人とロシア人くらいだと聞いていたけれど
ハングル表記があって意外。
分厚いコンクリート製。
当時 世界最強の堡塁です。
うわ〜っ映画が蘇る〜っ
兵舎です。二階建てになっているけれどかなり狭い
ロシア軍が降伏し1905年1月
乃木希典将軍とロシアのステッセル将軍が旅順開城の交渉をした場所。
これはその時の有名な写真ですが
👻が写っちゃってるのはガイドさんに聞くまで知らなかった💦
二ヶ所ありますが、わかりますか?
答えは最後に。
その写真を撮った場所です。
石垣がそのまま残っています。
203高地へ。
観光地化してますね😅
途中まではカートで。
ここからは徒歩です。10分くらいかな
結構な急斜面で息切れ😵
着きました!頂上です。203高地の山頂は当時を思わせるものはありません。
乃木将軍が命名した爾霊山の慰霊塔があります。手を合わさずにはいられません。
ずいぶんとビルが建ってるけど旅順港です。
獅子口と呼ばれる湾の最狭は91m
司令部の児玉じゃ!
そこから旅順港は見えるか!?
ここにも塹壕が。
今でこそ木々が生い茂っていますが当時はハゲ山。身を隠すところもない突撃作戦だったんですね、、、
ここで砲撃の司令を出したそうです。
次は心霊写真の答えです。
手はすぐにわかりました。
顔は、、見ようによってはもう1人!?




































