【再掲】さよならの階段 | かもすっ!~120分・言いたい放題~

【再掲】さよならの階段


新社会人になって
 地元の東北を初めて離れて
  東京で1年 新人研修を受けていた頃

ふと

会社の寮から少し歩いた ゴミ収集所に 白い箱が落ちていた

 「 ネコの死体です 」

一瞬目を疑った
でもすぐに ( ああ 都会なんだな。。。 ) と思った

箱は 前の晩の雨を吸い 灰色にくすんでいた
そして
収集場の端っこで カラス避けのネットにからまり
言葉の通り ゴミとして扱われて 捨てられていた 










先日 親族が亡くなった
 妹の旦那の父 だった

 「 ○○君のお父さん 亡くなったって・・・ 」

母からの電話の声を聞き 妹の泣き顔が目に浮かんだ
僕と父と母は 会社を休み 通夜に駆けつけた










小学生の頃 祖母が亡くなった
 祖母はいつものように近所のスーパーに出掛けて 倒れ
  そのまま戻らぬ人となった

田舎に帰ると 白い箱があった
 その中には 身体を白い布に包まれて
  顔のまわりに花を詰め込まれた 祖母が目を閉じていた

母は号泣して 僕の顔と祖母の顔を何度も何度も繰り返し見比べて
 おんおん・・・と声をあげた
  父は目を開いて ただ祖母を見ていた

それから 何年かの間
 墓参りのために 実家を訪ねて
  玄関をあけると
   かつお節と味噌の優しい香りと 台所でまな板を打つ
    祖母の背中が迎えてくれる錯覚を見続けた



  「 おばあちゃん ただいま 」



そう言いかけて だまりこんだ記憶は
 今もなお 僕にくすぶり
  時々タバコをくわえていると ふと思い出す










豪雪に阻まれて 妹の待つ旦那方の実家についたのは
 ちょうど 納棺が始まる直前だった

妹の義理の父は
 妹の結婚式で会ったときのふっくらとした骨太の長身の父親ではなかった
  昨晩亡くなったばかりだというのに ミイラのように茶色く 乾いていた

納棺の前に 皆で 義理の父の顔と手を拭いた



 「 お別れのために キレイにしてあげましょう 」



葬儀屋はそう言った


静かな 時だった
順番が回ってきて
僕はガーゼを受け取り 遺体の前に座った
妹の義理の父の顔を見た
目は堅く閉じられ 唇は薄くなり 皮膚が肉にぴったりと張り付いていた
指は とても とても 小さく痩せていた

「 これから家族だね よろしく 」

妹の結婚式でそう言葉をかけられ 握手をした時の
あの力のある指は もう失われたのだと思った










祖母の通夜を覚えている
 和室の奥に 明かりを落としたまま
  白い箱が置いてあって
   僕はそれをじっと見ていた

 おばぁちゃんは そのうち むっくりと起き上がる

そう 思っていた

でも 箱は静まり返ったまま 次の朝を向かえ
 棺桶に 釘が打たれた










妹の義理の父を 納棺した
 男が 6人で四方を囲み 包み布の端を持って 棺桶に入れるために
  持ち上げた

重くはなかった
ただ 固い肉 だった
ミイラのような遺体は 箱にギリギリいっぱいに入り込んだ



 「 お花を飾りましょう 」



葬儀屋が 静かに 壁の向こうから聞こえてくる声のように 言った

 遺体の妻と
  妹の旦那と
   旦那の兄弟と
    妹と
     血族と
      そして僕ら姻族が

順番に 花を 白い箱に 詰めていった



少しづつ
 すこしづつ
   かなしみが ひろがって
    すすり泣き が 伝染していった

葬儀屋から 花を受け取り
棺桶を回るように 花を中に埋めながら
ふと 妹の義理の父を見た時

涙がでた

東京で ネコの死骸の詰まった 白い箱を見た時
 僕はただ ごみ収集所を素通りした

祖母の真っ青な死に顔を見ても
 泣かなかった

これは歳をとったせいなんだろうか
あの頃よりも 深く 情に入る性格になってしまったんだろうか

わからなかった

時が 雨のように しんしん・・・ と降り積もることを感じた

ただ 涙がでた










生きる ということは 死んでいく ということだ
同時に
死ぬ ということは 生きてきた ということでもある

箱に詰まった連れ合いを 棺桶に取り付けられた小窓から覗いた妻は
わっ・・・ と泣いて崩れ落ちた
妹は旦那の手を握っていた
それを見守って 僕の父と母は目元を拭った
長男である旦那は じっと歯をかみ締めて 宙を睨んでいた
僕は 目を伏せた



 こんなに哀しいのなら
   こんなに深い優しい苦しい傷を残してしまうのなら
    さよなら なんて いらねぇ
     出あうことなんて ほしくねぇ



涙が ぽたぽた 落ちていった









僕らは
 生きるたびに 出会いを繰り返していく
  喜びの階段を のぼっていく
   同時に それは
    さよならの階段 をのぼっていくということでもある

毎日 生きるたびに 感じることがあって
 それは 啓示のように 一瞬 脳にこびりつく
  でも その数秒後には
   生きるあわただしさに
    真理は消されてしまう



 「 やっと 手に入れた! 」



と思えたことが
 次の瞬間
  ぱっ と消えてしまう

ネコの死骸を見た時
 祖母の亡骸の唇が
  そっと微笑んでいるのをみた時
   母の切り裂く泣き声
    父がじっと見つめた先
     恋人の柔らかさ
      その背中に隠したエゴ
       仕事という名のゲーム
        マスメディア
         コンビニの店員
          バスタブの水が溢れる瞬間
           携帯が鳴る音
            誰かの舌打ち
             CMで光る涙
              ぬいぐるみの泣き笑い
               漫画
                光
                 闇
                  空気
                   雲
                    生きる意味を説いたベストセラー
                     埃
                      リストカット
                       雨
                        乾き
                         笑いごえ
                          魂
                           振り返った誰かの表情
                            アート
                             つぶやき
                              血の匂い
                               カルマ



幾種類ものパズルピースを混ぜ合わせ
目の当たりにして
迷い 悩んだあげく
それを 組み合わせて 壊して また組み合わせて



 「 わかった! 」



って言いかけた瞬間に

いつも
 目が覚める

そんなことを 繰り返している

何年も 繰り返している

これからも ずっと 繰り返していくんだと思う









いつか 僕の父も白い箱に詰める日がきて
 同じように 母も詰めるだろう
  やがて妹すらも
    その細い指を結んで ミイラのように枯れて眠る

僕は それを看取り
 その後 自分を終えたい
  大切な者を全て看取った後 倒れることができるのなら
   それ以上の幸福は ない

そうすることで もう
 さよならの階段 を上ることはなくなる
  それ以上の幸福なんて ありはしない
   あるわけなんて ない



 「 さよならだけが人生だ 」



誰かがそう 言ってたっけ
 


 「 人生は 喜びと哀しみの 足し算じゃあ語れない 」



そういう人もいる

どちらが 正しい も 間違い もないんだと思う
 どちらを選ぶか?
  が 人生 なんだと思っている











休日は 味噌汁を丹念に作って 飲む
 ふんわりとした香りが
  目を閉じると
   あの祖母の実家へと 僕を還してくれる




   「 おばあちゃん ただいま 」



ただいま



ただいま




ただ

 そう 言いたい

  その言葉を

   愛する人に言いたい

    愛する人にだけ 本当の気持ちで言って 生きていたい

     僕は 言いたいんだ





 ただいま






きっと そうなんだ









6年前 哀しい出来事があって
 死のうと決心した夜
  死の引き金を引く瞬間に



  「 がんばってね 」



と 祖母の声が聞こえた

その日 枯れるまで泣いて
 一度心を死なせ 再び 生き直してからは
  家族以外の人を愛することを忘れて

今を生きている





僕の目の前には
 三段
  さよならの階段 が見える

父と
 母と
  妹と

その階段を越えた後
 やっと 本当に笑える日がくるのだろう




やっとまた ただいま を

言える日が

くるのだろう