それにしても。
こんなにブログを更新しているのは要するに眠れないのです。
発端は金曜日。
ある会社が手形の不渡りを出しそうだということで、破産の打ち合わせを3時間以上にわたって行い、疲労困憊したところで、夜は、顧問先との飲み会で、帰宅したのが午前1時過ぎ。
それから、つい、ネットを見たりして、寝たのが4時過ぎ。
土曜日は、ひどい頭痛で一日を棒に振り、
「飲み会は百害あって一利なしだ」と、いつも飲み会の翌日に思うことを懲りもせず反芻して、いままで頭痛に苦しみ、ようやく落ち着いてきました。
で、いまになってなんだか眠れなくなって、午前2時ころから、最近読んでいる塩野七生のローマ人の物語の続きを読み(いま、まさにカエサルの「ガリア戦記」のあたり)、それも手持ちを読んでしまって、仕方がないから、だいぶ前に読んで何度か読み返している、村上春樹のマラソンに関するエッセイを読み、で、出てきたのが、以下の下り。
(引用するので、出典を明示します。村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」)。
「いずれにせよ、僕はそのようにして走り始めた。三十三歳。それが僕のそのときの年齢だった。まだじゅうぶん若い。でももう「青年」とは言えない。イエス・キリストが死んだ歳だ。スコット・フィッツジェラルドの凋落はそのあたりから既に始まっていた。それは人生のひとつの分岐点みたいなところなのかもしれない。そういう歳に僕はランナーとしての生活を開始し、おそまきながら小説家としての本格的な出発点に立ったのだ。」
私も33歳だよ。。。
そっか、キリストが磔になったのは33歳のときだったのか。
さっき、新約聖書を読み返していたため、よりリアルに感じられる。
フィッツジェラルドの凋落は33歳で始まったのか。
華麗なるギャツビーの良さは(村上氏が力説するにもかかわらず)、私にはまだ分からず、読み通せてすらいない。