ブログネタ:自分のまわりに、「所在不明高齢者」いると思う?
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所在不明者なんて、まだまだいると思う。
所在不明者なんて、まだまだいると思う。
今自分が住んでいる近くにもきっと。
日本は高齢者に優しい国じゃない。
自戒も込めて思う。
大好きなお婆ちゃんに、実は数年間会えなかった。
実家を離れて、全国津々浦々移動していて
忙しくてなかなか時間がとれなかった。
耳が遠くなったお婆ちゃんに電話をすることもできず、
母を通してお婆ちゃんの様子を伺い知る日々だった。
返信がこなくてもハガキを出した。
近況報告を兼ねて…
今年、ようやく仕事が落ち着いてきて
数日間のまとまった休みがとれた。
実家に帰った翌日にはお婆ちゃんに会いに行った。
笑顔だった。
こちらの話など聴こえていない。
でも笑顔だった。
すごく嬉しそうでそれだけで安堵した。
前よりもっと
最後に会ったあの日よりもっともっと
皺くちゃな手になって
私の頭を撫でる
苦しくなった。
こんなに会えなかったのに
咎めもせず、ただ包んでくれるその笑顔に
苦しくなって、言葉が出てこない。
30分ほどかけて車で行ける距離で、
私の住んでいる場所からは明らかに近いところにいる
私の両親は何やら表情がおかしい。
恥ずかしい話だが、母の弟夫婦が隣に住んでいるにも
関わらず、一切おばあちゃんのことなど気にかけていないのだ。
それに腹をたてて、母はおばあちゃんの家にくることも
隣を避けたいことで控えていたのだ。
母の思いもわかる。
ただ。
弟夫婦の思いもわかる。一部の非情な感覚を除けば
どの家にも必ずある問題だ。
貧しさゆえに必死に働く夫婦。
その夫婦にも25歳~30歳の子供がいる。
保育士をしている。
そこから4時間の距離に住んでいる。
私よりは会える距離だ。
でも…
自分の生活を守ることに、家計を支えることに必死にならないと
いけない場合、酷な話だけれど、お婆ちゃんを気にかける
余裕がどうしても生まれない。
哀しい現実。
私は祖母のことを、母や隣に住む夫婦がいることで
安心しきって、気まぐれにハガキを送っていただけだ。
お婆ちゃんの笑顔をしばらくみていた。
仏壇に手を合わせ、おじいちゃんに少しの文句をとなえた。
「こんなことになってるの、どうして知らせてくれなかった?
弟夫婦に怒ってやってよ!何やってるの?微笑んでる場合じゃないよ!」
会話をすることもままならないお婆ちゃんに写真を持ってきていた。
それをみて涙を流す彼女に苦しさと悔しさがこみあげた。
帰り際、父と母はすぐ車に乗り込んだ。
きっと何かあったのだろう。
私の知らない時の中で、そうなってしまう何かが。
ただ、私は自戒のかたまりだった。
玄関で見送るお婆ちゃんを、ただ抱きしめた。
何度も謝った。
「会えなくてごめんね。こんなに何年間も寂しい思いさせて…」
お婆ちゃんは胸をたたいて言った。
「思ってくれてるだけでここに伝わってるから大丈夫…」
でも涙が流れていた。
しばらく抱き合い、背中をさすった。
当時、モガと呼ばれたお婆ちゃん。
どんな時も、どんなに歳を重ねても
背筋一つ崩さない、素敵な婦人だった。
その影は今も充分すぎるほど備わっている。
ただ、背中がすごく寂しく感じた。
まっすぐだった背筋が少し小さく感じた。
「またすぐ来るから。写真いっぱいとって送るからね」
数十分抱擁したあと、やっとの思いで離れた。
涙をこらえるのができなかった。
車に乗った私は無言だった。
私は、連携が必要だと思った。
誰かに、誰か一つの家族に負担を全て任せるのは
たとえ、血筋だとしても大変だと思った。
みんなが裕福で、悠々自適な生活があるなら
余裕もある。
こんなことを言う自分を恥じている。
ただ、これが現実だ。
恥じないといけない現実に
これからちゃんと向かおうと誓った。
お婆ちゃんは短歌を詠む。
私も返歌を届ける。
これだけは必ず続けよう。
写真と折り紙を添えて…
そしてまた会いにいこう。
公園で散歩をしよう。
そして、隣に住む夫婦にもお礼を言おう。
謝罪をしよう。
今年84歳のお婆ちゃんが言う。
「向かえの○○さん、私と同じくらいだけどまだ元気なの。
まだまだ頑張らないと。あ!あと、2丁目の○○さん、この前
会ったの。いろいろ大変だって。」
お婆ちゃんは8人兄弟姉妹の長女だ。
昔は長屋に住んでいて、近所の、両親のいない子供たちの面倒を
見てまわっていた人だ。
その質がまだしっかり存在している。
隣の夫婦どころか、一度や二度、関わった人の顔や名前を
覚えていてちゃんと気にかける。
皺くちゃな手でも、小さくなった背中でも…
この元気な私がどんな理由で会えないと言うのか。
生活の支え一つできなかった私は
これから必死で心の支えになりたいと思った。
所在不明…
いろんな理由がある。
大嫌いな父や、大嫌いな母だった場合は老後の面倒なんて…
という思いを拭いさることができずに断絶してゆく。
この果てが不明。
ただ、どんな頑固親父でも、どんなに何もできない母でも
老いてゆく姿を讃えなければならない。
どんな親だったか。
それはわかる。
ただ、生き抜いたことへ、
少しの賛美すら無駄だと言えるのか。
生きるためにやってきたことを
自分のエゴだけで批判できるのか。
私は自分で子供を育てあげて、必死で生きてみてこそ
両親の立場がわかると思う。
だから今の私にはまだその立場を完全に理解はできない。
私は両親に対して、一部に対して激しい憎しみがある。
ただそれを老いた身体にぶつける気は一切ない。
今は彼らの生を讃えている。
綺麗ごとかもしれない。
でも、やってみせる。
近所との関係…
親子関係…
そんなことだけで済まされない。
高齢社会。
少子化。
私は一つの策を持って、また実家に戻る。