ブログネタ:浴衣と水着、どっちがセクシー?
参加中本文はここから
水着。
絶対に。
きっと、着ているものに対して、
見え隠れする妖艶な恥じらいがそうさせる。
ただ…
ここでちょっとした条件を提示したい…
好きな人、若しくは気になっているあの人、
または憧れのあの人に
「今日の私を見てもらうのが目的なの
」
っていう女の子が、勝負服として着る場合に限って、
どちらがセクシーか。
まずは浴衣。
浴衣…ってだけで、ただそれだけで、
「あれ!!いつもの、あの元気いっぱいのあの子が…」
「あ!!あの子、やっぱり…俺の思った通りかも…」
なんて、浴衣…っていう装いに抱く幻想みたいな、
イメージみたいな、日本人特有の「しおらしさ」みたいなものが加味される。
加味される…というより、
その子の、本来の「利かなさ」みたいな、
ちょっと手に負えなかった嫌な部分を容易に隠してしまうことに
成功する。
若しくは、普段は抑えているからそう見えてしまっているだけ、
人見知りでおとなしくしてしまっているがためにそう見える、
その風貌を、そのまま、誤解のまま、助長させることになる。
本来は備えてないはずの「しおらしさ、嫋やかさ」が
浴衣によって、備わっているかのような幻想を抱かせる。
「本当は古風な子が好き…っていうあの人への
アピールになる!!」
女の子も女の子でそんな戦略が少しはある気がする。
あの人に対しての、嘘つきのような、女のずるい強かさが
女である自分自身の戒めも込めて、そう思う。
水着はその点、そんな技は通用しない。
その変わり、覚悟を決めて、全てさらけ出して、
ひらきなおって全身をアピールしたものの、
隠そうとしても隠しきれない、純粋な「照れ」が
どこかでふっと身体から滲み出る瞬間がある。
それは、射止めたいあの人の視線を
自分の身体で、素肌で感じるわずかな時間だ。
好きな人もいないし、この辺にいるかっこいい男なら誰でもいいや…
…なんて、飢えた動物みたいに卑しい顔を知らない間に
さらしてしまっている女の子には、水着にしろ、浴衣にしろ、
そんな作用はまず起きないけれど…。
どうでもいい人に見られても、たいした作用はない。
「もう!!何見てんだよ…」→→全くタイプじゃない人に対して。
「あーあ。痛い目つきだなぁ。」→→イマイチの人に対して。
「どお?私!!すごいでしょ!!」
→→かっこいいけれど、そんなに魅かれる気配のない人に対して。
※同じ水着を着ている同性に対しての宣戦布告の場合もある。
大まかにこの3つのどれかに関しては、
彼らの熱視線を感じて何かを思ったとしても
そこに何ら恥じらいはない。
ただ。
あの人の視線を浴びた時だけはそうもいかない。
目が合った瞬間、その瞬間、次にどこに視線がいくか。
あの人だって…自分をみる顔が照れていたりする。
素敵な相互作用がそこに存在する。
どんなに自信があろうと
緊張の一瞬。
見てほしいと思って、今日まで頑張ったんだとしても
実際、本当に見られてると思った瞬間
身体全体を、何とも言えない緊張感が走る。
その一瞬の恥じらい、そのものが
セクシーさの醍醐味。
…なーんて、私はいつも思っている。
今まで2~3回ほどしか水着を着たことがない私の
勝手な見解…。