いつもの軽快なjazzが流れる。
居心地は悪くない。むしろ心の高揚に連動したリズムに
いつのまにか浸かってしまっている。
友達としてはいい人だった。
ぶっきらぼうで話下手だが、根の優しさを感じるには十分な口調。
私がjazzにはまったのも彼の影響。
彼が仕事場の私を見つけて、こう言った。
話したこともない人なのに突然。
しかも、近距離で言うものだから反射的に仰け反ってしまった。
「仕事終わった?今晩送ってくよ。」
「夜道ひとりで歩いて帰るのをいつも見ててさ。後ろ姿が寂しそうだったから。」
「…ありがと。じゃ、ちょっと待ってて。」
何となく合意した。
何だか、彼こそ寂しそうに言うもんだから、私の方が同情したのかもしれない。
それが単純な始まり。
それから彼は仕事が終わると車で私が来るのを待つようになった。
そんな状況を知った私の仕事場にいるおばさん達がいつも助言する。
「あの子はやめなよ。何考えてるかわかったもんじゃないんだから」
まぁね。彼とはたいして話もしてない人たちが言うんだから、
何かしらの先入観だろうと気にもしなかった。
Donny HathawayやMarvin Gaye…
「これがいいんだよ」なんてノリノリで彼は待っている。
聴こえたものの、私が無言で車に乗りこむと、
急にじっと私の顔を見つめるその眼差しが痛くもあり、変に艶もあり…
今まで経験したことのない、不思議に色めきたつ空気感に、
心臓が破裂しそうな熱い緊張感に包まれた。
「疲れた…?」
「ちょっとね。」
これで精いっぱいの会話。
その時、さっきまでの軽快さが消え、
深い夜へ導くような、彼の充分なほどの艶を
さらに助長するようなメロディーが狭い車内を漂い始めた。
Donny Hathaway の"We're Still Friends"だった。
http://www.youtube.com/watch?v=QVyJkxyiKKk