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~ぴよちゃん里親さん募集中~
オスのキジトラ、推定6ヶ月。猫風邪で左目が天然ウインクになってしまいましたがとってもチャーミングなイケメン君!詳しくは3月25日「里親さん募集」の記事をご覧下さい。転載ご協力を宜しくお願い致します。私の所に飛べるバナーはpotojakamamaさんが作って下さったので、そちらからお持ち帰り、貼り付けて下さい!
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以前「子供の頃のピアノコンクールの思い出」(12月11日記事)を書きましたが国際コンクールの方はエピソード満載の珍道中です!
パリでどうにか大学を卒業した私は(大学院にあたるところを卒業したのはこの翌年)、調子に乗って国際コンクールを受けてみることにしました。と言うかクラスメートだった子や先生にそそのかされたと言った方がいいかもしれません。コンクールマニアだったクラスメートに、“ねぇねぇ、一緒に受けに行こうよ”と、それまでにも何度もいろんなコンクールに誘われていたのですが、課題曲が合わなかったり面倒だったりで断っていました。彼女がパンフレットやら要項やらをしきりに渡してくれて(今でもなんであんなに一緒にコンクールを受けたがったかがちょっと意味不明なのですが(^_^;))、フランスから近いと言うことと、課題曲が手持ちの曲でどうにかなることが決め手になって受けに行きました。
スペインとフランスの間にあるアンドラと言う小国です。とても小さな不思議な国なので知らない人も多いのではないでしょうか?スペイン語とフランス語が8:2ぐらいで話されていて、まだユーロに変わる前でしたがフランも少しは通用しました。温泉とスキーとアウトドアスポーツの盛んな国で、不思議なのはアルコール類とタバコが破格に安いこと!詳しい理由はわかりませんが、税金が掛からないらしく、その為に両隣のフランスとスペインはもちろん、ヨーロッパ中からこれを買う目的で訪れる人が随分いるとか。
フランスではタバコが1箱5百円ぐらいしたので、みんな小躍りしてこぞって買っていました。
パリ シャルルドゴール空港からトゥールーズまで飛行機で、トゥールーズからアンドラへはバスで行くことにしました。飛行機はまず問題なし。
ところが、アンドラ行きのバスが待てど暮らせど来ない!問い合わせてみると
“あぁ、予約しないと来ないんだよ。もぅ今日は来ないよ”
ガビーン( ̄○ ̄;)バスなのに予約制だったとは!って事は私たち以外に乗る人は誰も居なかったワケね、と妙に感心しながら、仕方なくタクシーに交渉してアンドラまで行って貰うことにしました。
ところがスキーをするような山ですから、当然ながらクネクネ道。しかもトゥールーズからアンドラは約3時間の道のり。乗り物酔いしやすいのに酔い止めを持っていなかった私、もぅ顔は真っ青で黙り込みました。すると調子良く喋っていたタクシーの運転手、いきなりタクシーを止めて
“吐くなら外で!”
って!他に言い様があるでしょ?“少し休憩しますか?”とか“カフェか薬局に寄りましょうか?”とか(-_-#)
ちょっと腹立たしく思いながらもスキーを楽しむ人達を横目に、雪で顔を冷やして少しは気分がマシになりました。そしてようやくアンドラの街に到着。車酔いから解放される気の緩みからうっかり1万円ぐらい運転手に余計に渡してしまいました。道理でニコニコしながら逃げるように去ったワケです!
街はパリと違って空気が素晴らしく澄んでいて、直ぐに気分も良くなってホテル探しを始めました。この時、何故か例の友人はパリから電車でバルセロナまで南下して、そこからバスでアンドラに入る行程を選んだので(こちらは更に時間もお金も掛かって大変だったらしい!)、私はpopさんと一緒に来ていました。コンクール会場や、練習場を確認して何軒かホテルを当たったうちの1つに決定。
これが素晴らしいホテルでした。popさんとはこの時初めての泊まり掛けの遠出だったので、今思えばあれが新婚旅行みたいなものだったかもしれません(私はコンクール、popさんはちょうど事故でケガをした後だったのでアンドラ温泉療養でしたが(笑))
コンクール運営委員会が推薦して予約を受け付けていたホテルよりも安い上に、運動会が出来るほど広かった!
ダブルベッドが2つある部屋には大きなクローゼットがあり、テレビの部屋には立派なソファーとテーブル、そしてキッチンに冷蔵庫、食堂まで付いていました!温泉のお湯が出るお風呂も凄い広さ☆しかも綺麗!ベッドメーキングと掃除の人はチップを受け取らない人の良さ!やはり大都会パリとは違います。
ホテル内には美味しいピザを焼く店や、直ぐ向かいにはスペイン料理のお惣菜屋さんがあり、ここのギリシャ風マッシュルームは劇的に美味しかったです。もちろん本場パエリアや、ワインと軽食の美味しいバールもあり、何度か通いました。
コンクールは始まると思っていた日には演奏順をくじ引きしただけで、その後もジュニア部門とかをいつまでもやっていて、結局大人の部はアンドラ入りしてから1週間後に始まりました(-"-;)それがわかっていたらトゥールーズで1泊して国をまたぐ長距離タクシーなんか乗らなかったのに~!
コンクールには招待選手と思われるロシア人が沢山来ていて、少し異様な雰囲気でした。コンクール大好きな日本人はここでも大勢来ていました。あとはヨーロッパ人、アメリカ人、韓国人等など。予選→セミファイナル→ファイナルと言う流れで、予選で大部分の人が落とされました。
この間に何故かpopさんがアンドラのテレビ局の取材を受けたり(コンクールの受験者と間違われた(笑))、審査員の先生が事務局の綺麗なお姉さんにチョッカイを出してたり、留学先のイタリアやロシアから受験に来ていた日本人の友達と何年ぶりかに再会したりもしました。
大したコンクールじゃなかろう、と思っていたのに既にピアニストとして活躍している人達が何人も居て驚きました。
それで結局、1位は日本でもお馴染みセルゲイ・タラソフ、2位もヨーロッパで活躍していたロシア人ピアニスト、3位はロンティボーを既に制していたエブリナ・ボルベイでした。全部ロシアやないか~!
私はと言えば何とか4位に入りましたが、悔しいことに賞金が出るのは3位までだった~(ノ△T)コンクールで仲良くなったフランス人達に
“1位だったら賞金結構スゲ~じゃん!何に使うの~?帰りに一緒にスペインで遊ぼうよ(←おごれってことか?)”
なんて聞かれて妄想していたのに(笑)スペインでガウディやピカソでも観ながら豪遊するか~とか(^▽^;)
授賞式も終わり帰途へ。帰りはちゃんとバスの予約をしました。酔い止め薬もちゃんと飲みました。が、バスとか言いながらやって来たのは普通の車でした。だって乗るのは私たちだけ(笑)
気のいいおじさん運転手、お喋りもなかなか楽しい♪
ところが今度は運転していたおじさんが車に酔ってしまうと言うハプニング!途中のへんてこりんなカフェで何故か私たちがおじさんの介抱をして、やっとトゥールーズ空港に到着。気の毒な(?)おじさんにはフランスでは使えないから、とスペイン硬貨を全部チップがわりに渡して笑顔でさよなら~。その後は無事にパリへと帰りましたとさ。
国際コンクールは後にも先にもこれ1回きりでした。その後も先生や校長までが
“コンクール受けろ受けろ~!あなたならば大きな国際コンクールにあと2、3は入賞出来る!”
とコンクールコールでやんや言われましたが私のコンクール嫌いは加速し、コンクールで名を売ってアイドルか芸能人まがいの活動をする気も無く、そんな煩わしさもあって帰国したのでした。
でも今になってみればこのたった一度の国際コンクールは良い思い出になりました☆
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以前「子供の頃のピアノコンクールの思い出」(12月11日記事)を書きましたが国際コンクールの方はエピソード満載の珍道中です!
パリでどうにか大学を卒業した私は(大学院にあたるところを卒業したのはこの翌年)、調子に乗って国際コンクールを受けてみることにしました。と言うかクラスメートだった子や先生にそそのかされたと言った方がいいかもしれません。コンクールマニアだったクラスメートに、“ねぇねぇ、一緒に受けに行こうよ”と、それまでにも何度もいろんなコンクールに誘われていたのですが、課題曲が合わなかったり面倒だったりで断っていました。彼女がパンフレットやら要項やらをしきりに渡してくれて(今でもなんであんなに一緒にコンクールを受けたがったかがちょっと意味不明なのですが(^_^;))、フランスから近いと言うことと、課題曲が手持ちの曲でどうにかなることが決め手になって受けに行きました。
スペインとフランスの間にあるアンドラと言う小国です。とても小さな不思議な国なので知らない人も多いのではないでしょうか?スペイン語とフランス語が8:2ぐらいで話されていて、まだユーロに変わる前でしたがフランも少しは通用しました。温泉とスキーとアウトドアスポーツの盛んな国で、不思議なのはアルコール類とタバコが破格に安いこと!詳しい理由はわかりませんが、税金が掛からないらしく、その為に両隣のフランスとスペインはもちろん、ヨーロッパ中からこれを買う目的で訪れる人が随分いるとか。
フランスではタバコが1箱5百円ぐらいしたので、みんな小躍りしてこぞって買っていました。
パリ シャルルドゴール空港からトゥールーズまで飛行機で、トゥールーズからアンドラへはバスで行くことにしました。飛行機はまず問題なし。
ところが、アンドラ行きのバスが待てど暮らせど来ない!問い合わせてみると
“あぁ、予約しないと来ないんだよ。もぅ今日は来ないよ”
ガビーン( ̄○ ̄;)バスなのに予約制だったとは!って事は私たち以外に乗る人は誰も居なかったワケね、と妙に感心しながら、仕方なくタクシーに交渉してアンドラまで行って貰うことにしました。
ところがスキーをするような山ですから、当然ながらクネクネ道。しかもトゥールーズからアンドラは約3時間の道のり。乗り物酔いしやすいのに酔い止めを持っていなかった私、もぅ顔は真っ青で黙り込みました。すると調子良く喋っていたタクシーの運転手、いきなりタクシーを止めて
“吐くなら外で!”
って!他に言い様があるでしょ?“少し休憩しますか?”とか“カフェか薬局に寄りましょうか?”とか(-_-#)
ちょっと腹立たしく思いながらもスキーを楽しむ人達を横目に、雪で顔を冷やして少しは気分がマシになりました。そしてようやくアンドラの街に到着。車酔いから解放される気の緩みからうっかり1万円ぐらい運転手に余計に渡してしまいました。道理でニコニコしながら逃げるように去ったワケです!
街はパリと違って空気が素晴らしく澄んでいて、直ぐに気分も良くなってホテル探しを始めました。この時、何故か例の友人はパリから電車でバルセロナまで南下して、そこからバスでアンドラに入る行程を選んだので(こちらは更に時間もお金も掛かって大変だったらしい!)、私はpopさんと一緒に来ていました。コンクール会場や、練習場を確認して何軒かホテルを当たったうちの1つに決定。
これが素晴らしいホテルでした。popさんとはこの時初めての泊まり掛けの遠出だったので、今思えばあれが新婚旅行みたいなものだったかもしれません(私はコンクール、popさんはちょうど事故でケガをした後だったのでアンドラ温泉療養でしたが(笑))
コンクール運営委員会が推薦して予約を受け付けていたホテルよりも安い上に、運動会が出来るほど広かった!
ダブルベッドが2つある部屋には大きなクローゼットがあり、テレビの部屋には立派なソファーとテーブル、そしてキッチンに冷蔵庫、食堂まで付いていました!温泉のお湯が出るお風呂も凄い広さ☆しかも綺麗!ベッドメーキングと掃除の人はチップを受け取らない人の良さ!やはり大都会パリとは違います。
ホテル内には美味しいピザを焼く店や、直ぐ向かいにはスペイン料理のお惣菜屋さんがあり、ここのギリシャ風マッシュルームは劇的に美味しかったです。もちろん本場パエリアや、ワインと軽食の美味しいバールもあり、何度か通いました。
コンクールは始まると思っていた日には演奏順をくじ引きしただけで、その後もジュニア部門とかをいつまでもやっていて、結局大人の部はアンドラ入りしてから1週間後に始まりました(-"-;)それがわかっていたらトゥールーズで1泊して国をまたぐ長距離タクシーなんか乗らなかったのに~!
コンクールには招待選手と思われるロシア人が沢山来ていて、少し異様な雰囲気でした。コンクール大好きな日本人はここでも大勢来ていました。あとはヨーロッパ人、アメリカ人、韓国人等など。予選→セミファイナル→ファイナルと言う流れで、予選で大部分の人が落とされました。
この間に何故かpopさんがアンドラのテレビ局の取材を受けたり(コンクールの受験者と間違われた(笑))、審査員の先生が事務局の綺麗なお姉さんにチョッカイを出してたり、留学先のイタリアやロシアから受験に来ていた日本人の友達と何年ぶりかに再会したりもしました。
大したコンクールじゃなかろう、と思っていたのに既にピアニストとして活躍している人達が何人も居て驚きました。
それで結局、1位は日本でもお馴染みセルゲイ・タラソフ、2位もヨーロッパで活躍していたロシア人ピアニスト、3位はロンティボーを既に制していたエブリナ・ボルベイでした。全部ロシアやないか~!
私はと言えば何とか4位に入りましたが、悔しいことに賞金が出るのは3位までだった~(ノ△T)コンクールで仲良くなったフランス人達に
“1位だったら賞金結構スゲ~じゃん!何に使うの~?帰りに一緒にスペインで遊ぼうよ(←おごれってことか?)”
なんて聞かれて妄想していたのに(笑)スペインでガウディやピカソでも観ながら豪遊するか~とか(^▽^;)
授賞式も終わり帰途へ。帰りはちゃんとバスの予約をしました。酔い止め薬もちゃんと飲みました。が、バスとか言いながらやって来たのは普通の車でした。だって乗るのは私たちだけ(笑)
気のいいおじさん運転手、お喋りもなかなか楽しい♪
ところが今度は運転していたおじさんが車に酔ってしまうと言うハプニング!途中のへんてこりんなカフェで何故か私たちがおじさんの介抱をして、やっとトゥールーズ空港に到着。気の毒な(?)おじさんにはフランスでは使えないから、とスペイン硬貨を全部チップがわりに渡して笑顔でさよなら~。その後は無事にパリへと帰りましたとさ。
国際コンクールは後にも先にもこれ1回きりでした。その後も先生や校長までが
“コンクール受けろ受けろ~!あなたならば大きな国際コンクールにあと2、3は入賞出来る!”
とコンクールコールでやんや言われましたが私のコンクール嫌いは加速し、コンクールで名を売ってアイドルか芸能人まがいの活動をする気も無く、そんな煩わしさもあって帰国したのでした。
でも今になってみればこのたった一度の国際コンクールは良い思い出になりました☆
